二百二十八話 華やかなる招待劇☆
あたたかな昼の陽光を時折見上げつつ、パルの街へ戻るためにと里の入り口にあるワープポルタのところへと足を進める。
じゃりっと踏みしめる土の感触を、またしばらくは楽しめないだろうからと、ゆっくりとした歩調で踏んで行き、それでもあっという間にたどり着いた里の入り口でふと記憶にある姿が視界をよぎった。
「あのお二方は……」
『めざめてたこだ~!』
「えぇ。間違いありません。偶然目醒めの瞬間を拝見したかたと、そのご友人らしきかたですね」
ゆるやかなウェーブを描くピンク色に近い金色の長髪と、首の後ろでひとまとめにしている白金の長髪をゆらす、その後ろ姿をちらりと見やり、小さな水の精霊さんの言葉に肯定を返す。
かつての日、鮮やかな目醒めを偶然目撃したお嬢様のような少女と、ごきげんようと束の間のあいさつを交わした男装の麗人さん。
後発組であるお二方のその後ろ姿は、あっという間にワープポルタの眩い蒼光に導かれて姿を消してしまった。
きっと、お二人そろってこの【シードリアテイル】を楽しんでいるのだろう。
そうのほほんと考えながら、同じようにワープポルタを使い、パルの街へと戻った――瞬間。
「あ」
そう響いた若い少年の声に、ぱちりと緑の瞳をまたたいて前方を向くと、以前クインさんの書庫でお話をした読書好き仲間な少女と、さきほどの声を上げたのだろう活発そうな少年が立っている姿が見えた。
少年の声に振り返った、数歩先にいたさきほどの二人の後発組のかたが、それぞれの色の瞳を見開く。
思わず、何かあったのだろうかと小首をかしげると、鮮やかな目醒めをしていたお嬢様のような少女が、カツカツとブーツの靴音を鳴らしながら目の前まで迫り、その金色の瞳でひたと私を見つめ――鮮やかに、自信たっぷりに口角を上げた。
「あなた、わたくしのサロン――【ユグドラシルのお茶会】に、入る気はありませんこと?」
「……ええっと?」
手に持っていたらしい、薄いピンク色の扇子をパッと華やかに広げ、口元にそえる所作はとても美しいと感じつつ。
甘やかで明るい声音にて、いきなり紡がれたお声がけには……さすがに、思考が追いつかない。
「へ!? お嬢マジかよ!?」
「わたくしはいたって真面目にお誘いしていますわ!!」
「いやいやいや! でも、その人……!」
「あら? ルンのお知り合いですの?」
「は!? ちがうちがう!!」
驚愕の声を上げた活発そうな少年が、お嬢様のような少女の言葉にあわてて大雑把に切ったような金髪を横に振り乱す。
碧の瞳は、困ったように眼前の少女と私の顔とを見比べている。
「えっ!? フローラさん、そのかたをご存じなかったんですか!?」
次いでまたしても驚きを宿す声を上げたのは、以前共に読書を楽しんだ少女。
肩口で整えられた金髪と水色のつぶらな瞳がゆれる様を見て、彼女の驚愕の度合いを察する。
二人の少年少女の驚きと困惑に対し、ひらりと扇子をひるがえした華やかな少女は、不思議そうな表情で口を開いた。
「あら! わたくしは今一目見て、彼のことを気に入ったのですわ。つまり! 彼は今この瞬間までは、凡人だったということでしょう?」
遠慮のない独特な表現に、思わず口元に淡い微笑みがうかぶ。
どうやら彼女は――何とも個性的なかたらしい。
このような独特さは存外に面白いのだと、ロールプレイの楽しさを知る身としては、彼女のサロンに対してすでに少々、興味が湧いてきた。
……などと、のんきに考えている場合ではなかったらしく。
「超がつくくらい有名だけど!? 最初期の世迷言板から有名だったけど!?」
「私たちエルフのシードリアが、精霊のみなさんと仲良くなれたのは、このかたのおかげといっても過言ではないと……思いますよ?」
「だよな!? そうだよな!?」
ついに我慢ならないとばかりの声量でツッコミらしきものを入れた少年と、静々と遠慮がちながらも、私が精霊の先駆者であることを知っているらしい口調で紡ぐ読書好き仲間の少女。
互いに顔を見合わせたお二方は、どうやら私のことをご存知のようだ。
次いで、どこか意味深長な笑みをうかべた男装の麗人さんが、そっと口を開く。
「ほう。ではあの知識は、彼からもたらされたものだったのか」
「……あれ? えっと、ロゼさん、前に世迷言板で」
「しぃ」
低いハスキーな女声で紡がれた言葉に、読書好き仲間の少女がなにかを紡ぎかけ、それを男装の麗人さんが人差し指を自らの口元に当てて、止める。
どうしたのだろうかとつい首をかしげた私とは正反対に、お二方のそのやり取りを見たお嬢様のような少女は、何かを察したように慌てはじめた。
「えっ? え?? お待ちになって! もしかして……こちらの彼が、あの!?」
「そのようだよ」
「なんっですってぇぇ~~!?!?」
今回の会話の中で一番の声量をほこる驚愕の叫びが、噴水広場に響き渡る。
素早く、しかし上品にこちらへと振り返った少女は、手早く扇子をたたみその先端で小さな口元を隠した。
「こっほん! たいへん失礼いたしましたわ!! 改めまして!」
綺麗な咳払いの後。
そう紡いだ少女は、扇子を持つ右手で器用にシンプルな薄緑のドレスのすそをつまみ鮮やかに広げ、左手で右胸の上を軽く二回たたいた。
それは――実に優雅な、エルフ式の一礼。
ふわりと美しく少女が披露した一礼に、思わず緑の瞳を見開く。
……はじめて、自身以外のシードリアのかたが、エルフ式の作法を用いる姿を見た!!
反射的な高揚に口角を上げ、こちらも優雅にエルフ式の一礼を返す。
お嬢様のような少女の後ろで様子を見守るお三方から、ほぅと感嘆とおぼしき吐息が零れ落ちたのを聴きながら、少女と金と緑の視線を交わらせる。
綺麗に口元をほころばせ、彼女がうかべたその微笑みは、とたんにさきほどまでの少女然とした幼さを含む華やかさから、落ち着いた女性の美を彼女の表情に宿した。
そっと開かれた口が、言葉を紡ぐ。
「わたくしは、レディ・フローラ。サロン【ユグドラシルのお茶会】のサロンミストレスですわ。――ぜひ、わたくしのサロンにご参加いただけませんこと?」
願う言葉に反し、強く煌めく金の瞳が、彼女の確信めいた思いの強さを表している。
あぁ……これは、迷う必要がない。
にこり、と微笑みを重ね、一礼のなごりで左手を右胸に当てたまま、まずはと名乗る。
「私は、ロストシードと申します。サロンにご招待いただき、光栄です」
次いで、深めた声音で答えを返す。
――彼女が望む、承諾の答えを。
「私でよろしければ、喜んで」
今回、参加を決める理由は、一言で充分。
それはもちろん――面白そうだから、だ!




