二百二十七話 土産話に花を咲かせて
不穏な謎を残しながらも、クインさんの推測から今後の冒険に気をつけて挑む学びを得たのち。
――せっかくエルフの里に来たのだから、他のノンプレイヤーキャラクターのみなさんにもご挨拶をしておこう、と閃きに笑む。
クインさんへと改めて感謝を伝え、美しいエルフ式の一礼でもってその場を後にすると、次いで朝の眩い陽光が射す土道へ。
予想通りまだまだ増えつづけている、後発組のシードリアを横目に、さっそくとまずはリリー師匠の装飾品のお店に入店する。
楽しげな会話が飛び交う店内で、後頭部で結った黄緑色の長髪をゆらし、くるりと振り向いた深い蒼の瞳が、私の姿を映し――キラリと美しく、嬉しげに煌めいた。
『まぁ!! ロストシード!! おかえりなさ~いっ!』
「ご無沙汰しております、リリー師匠」
ぴょんっと跳ねるような軽快さで駆けよってきたリリー師匠に、あいさつを紡いでから、互いにエルフ式の一礼を丁寧に交し合う。
素直に、今回は用事があったがゆえの一時的な里帰りなのだと告げると、それでも可愛らしい師匠は満面の笑みで再会を喜んでくれる。
こちらまでほくほくとあたたかくなる胸中のまま、微笑みを深めると、ふいに私の左手へと視線を向けたリリー師匠が、小首をかしげた。
『あらっ? あたらしいものをつくったのね! でも、これ……』
どうやら、リリー師匠は新しくつくり飾った私の自作装飾品が、以前とは異なるものだと気づいたらしい。
さすがの観察眼に感動を覚えながら、しかし静々と返事を紡ぐ。
「えぇ。その……少々、素敵なご縁がありまして」
『まぁ! それなら、その縁を大切にするのよ!』
「はい、心得ております」
水晶卿の件を、他のシードリアのかたがた……それも、このゲームをはじめたばかりのかたがたがいらっしゃるこの場で、伝えることはできない。
ネタバレ厳禁のその事情までは知らないとしても、リリー師匠はしっかりと私がにごした意図をくみ取ってくださったようだ。
明るく返された大切な言葉に、力強くうなずき、そろそろ周囲の視線が気になってきたためご挨拶を切り上げる。
大きく手を振るリリー師匠に笑顔で一礼を捧げ、お次はと足を向けた。
フィオーララさん、ロロさん、マナさんとテルさんへとつづけてそれぞれのお店を回り、ご挨拶をすませたのち、アード先生のお店に入り込む。
植物の香りが満ちた店内の奥で作業をするアード先生とは、すぐに視線が合った。
『ロストシードか』
「はい、アード先生。ご無沙汰しております」
『あぁ』
切れ長の深緑の瞳を見返し、やはりアルさんの瞳のお色と似ているなぁと思いながら、丁寧に一礼をおこなう。
要件を問う眼差しに、微笑みながら来訪理由を紡いだ。
「少しクインさんに用事がありまして、一時的に里へ帰ってまいりました。せっかく戻ってきたのですから、みなさんにも一言だけでもご挨拶をと、回っているところでして」
『……そうだったか』
納得に小さくうなずくアード先生には、実はお土産話があるのだと、言葉をつづける。
それは、エルフの錬金術の先駆者で、アード先生にとっての最初の優秀な生徒であるアルさんと、偶然知り合って現在は同じアトリエに所属しているという、近状報告。
ついでに、新しくつくったことを思い出した水ポーションを見せ、これもアルさんと一緒につくったのだと語ると、アード先生は淡く微笑んでくださった。
『共に学び、共に技術を高め合うことのできる存在は、貴重だ』
「はい。私もアルさんと錬金術について語り合う中で、そのように感じました」
『――よき友となってくれて、良かった』
たくさんの思いを込めて紡がれたアード先生の言葉に、私も万感を込めて深くうなずきを返す。
私も心から、アルさんと出逢えて好かったと、そう素直に思っているから。
珍しくはっきりとした笑みを見せてくださったアード先生とも笑みを交わし、お次はと移り変わった昼のあたたかな木漏れ日を浴びながら、シエランシアさんがいる広場へと向かう。
やはり大人気な訓練場でもある広場には、多くの後発組のみなさんが剣や弓や魔法の練習を楽しんでいた。
その様子を、広場の端から眺めるシエランシアさんのそばには、さいわいにも今はちょうどどなたもいらっしゃらない。
今のうちにと足早に近づくと、淡い金の長髪と緑のローブがゆれ、さっと向けられた澄んだ空色の瞳と視線が合う。
わずかに上がった眉が、シエランシアさんの驚きを表していた。
「ご無沙汰しております、シエランシアさん」
『これは驚いた。数日前に旅立ったばかりだっただろう? ロストシード』
「はい。今回の帰還は、あくまでも一時的なものです」
『そうか。――それで、あちらでは存分に暴れることができているのか?』
……なぜ、暴れることが前提なのでしょう?
思わず、口から出そうになった問いかけを、寸でのところでのみこむ。
眼前の勝気な笑みが一転、不敵な笑みに切り替わったのを見て、いつものシエランシアさんのイタズラなのだと気づき、小さく苦笑を返す。
しかしある意味では、この話題に関しては進展を伝えることができるとも言えるだろう。
「実は、さすがにお次の場所では、それなりに私自身十分な強さがあるのだと、少し納得いたしまして」
『ほう? それは何より。強者には強者の在り方というものがあるからな。君はその点に関しては、自らを過小評価していた。これを機に、しっかりと認識を改めると良い』
「で、出来得る限りは、そのようにいたしますね」
若干、墓穴を掘った気がしないでもない会話の流れに口元を引きつらせながら、シエランシアさんへのお土産話へと会話を転じる。
以前の秘密の依頼兼訓練のおかげで、根気の必要なノクスティッラの採取依頼を完了することができたのだと紡ぐと、シエランシアさんは再びかっこいい勝気な笑みに戻して満足気にうなずいた。
『わたくしの指示は、役に立っただろう?』
「――えぇ。素晴らしい学びになりました」
フッと互いがうかべ合った笑みが、鮮やかなほどに不敵なものだったのは、言うまでもない。
ちらちらとこちらをうかがっていた周囲からの視線が、いっせいに外されたのを合図に、怖がらせて申し訳ないと思いながら広場を離れる。
土道の上を神殿のほうへと歩みながら、私が大切なご挨拶をしていることを察し、静かに黙してくださっていた小さな四色の精霊さんたちへと、微笑みながら紡ぐ。
「さて。最後は、ロランレフさんへご挨拶にまいりましょう」
『はぁ~い!!!!』
元気いっぱいの返事を響かせ、肩と頭の上でぽよっと跳ねる精霊のみなさんに笑みを深めて、エルフの里の神殿へと静かに踏み入る。
変わらない神聖さをたたえた神殿内には、数人のシードリアのかたがいるだけで、後は見慣れたお顔の神官さんたちがお勤めをされていた。
驚きを表情に乗せる神官さんたちに会釈を返しつつ、精霊神様の巨大な神像のそばへと歩みよると、まるで生き別れの兄弟のような雰囲気をもつ青年神官さんが、癖の無い艶やかな金の長髪を小さくゆらして振り返る。
中性的な美貌にそろう、穏やかな光をたたえた翠の瞳が私の緑の瞳と交わり、そっと慈しみを帯びた。
『ようこそおいでになりました、ロストシード様』
「ご無沙汰しております、ロランレフさん」
やわらかに微笑むロランレフさんと、神官式の一礼を穏やかに交し合う。
一時的に里に帰ってきたので、ご挨拶にうかがいましたと告げると、ロランレフさんの微笑みはますます優しげなものとなる。
「かの地でも、お祈りはしっかりとつづけております」
『さようでございましたか。ロストシード様ならば、そうなさることでしょうと、神官一同信じておりましたとも』
「ふふっ、ありがとうございます」
同じ造りでも懐かしさを感じる白亜の神殿の中、ロランレフさんと言葉を交わす時間は、胸の中をあたたかさで満たしてくれた。
『――これより先も、御身の旅路に祝福を』
真摯に紡がれた祝福の言葉に、じんと感激が胸に灯る。
やはり、里のみなさんのもとを巡り、ご挨拶にうかがったのは名案だった。
これほどまでに……たくさんのかたがたから、また優しく背を押してもらえたのだから。




