二百二十三話 あずかり知らぬ高名
戸惑いと疑念に満ちた作業部屋の中、静かに流れた、若干の沈黙ののち。
「い――」
「い?」
『い?????』
不自然に紡がれた言葉を拾い上げて、小さな五色の精霊さんたちと共に小首をかしげて問いかける。
その私たちの反応に対し、すぅっと大きく息を吸い込んだアルさんが、くわっと口を開いた!
「いやいやいや!? あんためちゃくちゃ有名なプレイヤーだぞ!!」
「……えっ?」
思わず、今度は私の口から間抜けな声が零れ落ちる。
目が点になるとは、このような状態を表現した言葉だったに違いない。
アルさんの告げた言葉を処理できず、ぱちぱちと緑の瞳をとりあえずまたたく。
眼前では、アルさんがやや乱暴に、灰色の髪をガシガシと片手で散らしている。
「なんか話が噛み合わないと思ったら……なるほどな? まさかの本当に自覚がなかったってパターンなわけだな?」
「え、えぇっと……その、はい」
なにやら納得はできたらしいアルさんの言葉に、おずおずとつたないながらも返事を紡ぐ。
戸惑う私の様子に、大きくうなずいたアルさんは、やけに真剣な表情で改めて口を開いた。
「あのな、ロストシードさん。あんた、初日の夕方くらいにエルフの世迷言板で、精霊たちと仲良くなれる方法を教えてくれたの、憶えてるか?」
「あ、えぇ! それは憶えております!」
「それ! まさにその時が、はじめて【シードリアテイル】を遊んでる全プレイヤーに、精霊についての情報が開示された瞬間だったんだよ!」
ぐっとなぜか拳を握ったアルさんは、つづけて力強く「つまり!!」と紡ぐ。
「間違いなく! あんたが精霊に関する情報の第一人者――精霊の先駆者なんだ!!」
「な、なるほど……!」
ビシッと響いたアルさんの断言に、反射的に納得を返し……次いで、じわりと頬があつくなるような感覚が湧いた。
つまり、アルさんいわく――私自身は精霊の先駆者と認識されており、すでにおそらく私の想像以上に有名なプレイヤーとして、他のシードリアのかたがたに認知されている、と。
このように、アルさんが説明をしてくださったのだと理解した瞬間、気恥ずかしさで頬がほてってしまった。
個人的には、ただただのんびりと好きなことをして遊んでいただけだというのに、まさか周囲からはそのように認識されていたとは……!
思わず、額に片手を押し当てながら、しかしと一度軽く頭を振って、アルさんに問う。
「とは言え、偶然はじめて情報提供をおこなった存在が私であっただけで、本当に精霊のみなさんと一番に仲良くなることができた存在だとは、限らないのでは……?」
至極当然の疑問に、けれどもアルさんは半眼で首を横に振った。
「い~や! 俺もその情報を知った後、色々と調べてみたんだが、少なくとも語り板を見る限りは、ロストシードさんが先駆者で間違いなさそうだった。あそこには、リアルテイムで情報を書き込んでた、ネタバレ全開だから超気をつけてって感じの記録も載ってたからな」
「それは、また……」
「まぁ、たしかに実際には、あんたより先に精霊たちと仲良くなる方法を見つけていたプレイヤーも、いたかもしれないが……。だが事実上、あんたがくれた情報が、攻略系の人たちにとってさえ、精霊と仲良くなるきっかけになったのは間違いないんだ。胸を張って、精霊の先駆者だって自覚してくれ」
「そ、そうでしたか……」
ひょいっと肩をすくめたアルさんに、こちらはそろりと肩を落とす。
本当に、心底まさかと思うような、事実の発覚だ。
攻略系と同じく、先駆者と呼ばれるような存在となるためには、基本的には意識して未知の情報に触れる必要がある。
私は特別そのようなつもりではなかったのだけれど……とまで考え、はたと気づいた。
――そう言われてみると、精霊のみなさんそのものが、未知だったと!
密かな脳内での閃きに緑の瞳を見開いていると、アルさんが軽くため息を零して、生暖かな眼差しをこちらへと注いだ。
「っていうか、エルフの世迷言板どころか、エルフの攻略系の人たちにとっても、基本的にはもうあんたが精霊の先駆者って認識で通ってるからな? 今さら違いましたって言われても、正直あんたの精霊好きな態度を見たやつから、やっぱりロストシードさんが先駆者だと思うって認識されるのがオチだと思うぞ」
「えぇぇ……いえ、精霊のみなさんが大好きな気持ちは、たしかにどなたにも劣るとは思っておりませんが……」
「だろうなぁ」
一周回って、気の抜けたような表情でずるりと机にもたれたアルさんに、けれどこれだけは伝えておかなければならない、と決意に似た感覚と共に口を開く。
まずは、精霊の先駆者なのだと言う、自覚の件から。
「ご説明、ありがとうございます。今後は、アルさんのご助言通り、ひとまずは精霊の先駆者なのだと自覚をもってすごしますね」
「おう。ぜひともそうしてくれ~」
やわらかに笑むアルさんに、とは言え、と言葉をつづける。
……せめて、身近なフレンドさんくらいには、勘違いを解いていただきたい一心で。
「とは言え、実際の私は、マイペースに遊んでいるだけの、ロールプレイ型プレイヤーなので……可能な限りは、平穏に遊んでいきたいと思っております」
「ほほぅ」
意味深長な色をおびた、アルさんの深緑の瞳が見上げてくる様子に、あえてふわりと美しく、穏やかに微笑む。
言葉通り私はただ、ロストシードと言う名の穏やかなエルフの青年を演じるロールプレイにて、この【シードリアテイル】を楽しんでいる、平凡なプレイヤーにすぎない。
精霊の先駆者も、そうなろうと意識してなったものではなく、重ねて言えば今後も、意識的に先駆者や攻略系になりたいと言う野望などは、今のところまったく持ち合わせていないのだ。
だからこそ、しっかりとアルさんにはお伝えしておきたい。
そう――私はただの、マイペースに遊んでいるだけのプレイヤーなのだと!!
凛と、ゆるがない真実を込めて、笑顔のままに言葉を紡いだ。
「これから先も、意図的に先駆者になろうと動くつもりはありません。ですので、今後とも私のことは、マイペースに遊んでいるのだと、そう思っていただけるとありがたいです」
にこりと深めた微笑みに、アルさんの笑みの形にゆるんでいた口元が、かすかに引きつり――次の瞬間。
バッと机に伏せていた身体を起こしたアルさんは、なぜか両手を上げて降参のポーズをして、返答を紡いでくださった。
「分かった! 了解だ! ロストシードさんは、あくまでもマイペースに遊んでいるだけだってことだな!」
「はい!」
するりと届いた理解に、嬉しさで声音が跳ねる。
了解を示したアルさんと、もう少しだけ穏やかに会話を重ねたのち、そろそろ寝る時間だからと今度は宿屋に戻るために、クラン部屋を後にした。
石畳の大通りを歩きながらも、自身が精霊の先駆者だったという予想外の真実らしき情報への驚きが、まだ胸に残っていることに気づく。
……この驚愕は、眠って落ち着かせることにしよう。
そう考えながら、美しい夜明けの光が降り注ぐ宿屋、まどろみのとまり木へと戻り、各種魔法の解除と精霊のみなさんの見送り兼再開の誓いをおこなったのち、そっとゆれるハンモックの上でログアウトを紡いだ。
※明日は、世迷言板内のやり取りの記録の、
・幕間のお話
を投稿します。




