二百二十二話 先駆者と交わす錬金術語り
「改めまして。こんばんは、アルさん」
「おう、こんばんは、ロストシードさん」
気を取り直して、まだ若干の生暖かさが残る視線をこちらへと向けるアルさんと、あいさつを交わす。
同時にわずかに明るさを落とした室内に、自然と四人揃って窓のほうを見やり、夜から深夜へと時間が移ったことに気づいた。
「そうだ! ロストシードさん、水ポーションつくるって言ってたよね!」
「そうだったのです!」
「そう言えば、そうでしたねぇ」
閃きに声を上げたノイナさんと、はっとした表情で私を見上げたナノさんに、穏やかに返す。
すっかりノイナさんやナノさんとのお話に夢中になっていたが、私は元々水ポーションをつくる予定で、こちらへと訪れたのだ。
そろそろ、作業に取りかかるとしよう!
ノイナさんとナノさんへ、それではと作業部屋へ移動する前のあいさつを紡ごうと口を開きかけ、しかしそれより先にアルさんが言葉を響かせる。
「なんだ、ロストシードさんも水ポーションをつくりにきたのか? ちょうど、俺も今からつくるところなんだよ」
「おや! 奇遇ですね、アルさん」
「ははっ! だなぁ」
偶然の行動の一致に、小さな愉快さが笑みを生む。
互いに笑顔を交し合い、それならばとアルさんへ提案を紡ぐ。
「もしよろしければ、一緒に作業をいたしませんか? 実は、水ポーションをつくるのは今回がはじめてでして。アルさんに見守っていただるのであれば、たいへん心強いのですが……」
少しだけ眉を下げ、ちらりとうかがうように緑の瞳を向けながら言葉を紡ぐと、深緑の瞳をまたたいたアルさんは、からりと人好きのする笑みをうかべた。
「それくらい、お安い御用ってやつだ! と言うか、俺もロストシードさんと錬金術について語り合ってみたかったんだよな~。――どうせなら、作業しながら語り合うってのは、どうだい?」
最後には、ニヤリとイイ笑顔を加えたアルさんに、思わず小さく笑みを零して、しっかりとうなずきを返す。
「はい! ぜひ、よろしくお願いいたします。私も、アルさんと錬金術語りができることを、楽しみにしておりました」
「それは光栄だな。ってことで、ロストシードさんは借りてくな」
つい弾んだ声音で本心からの言葉をつづけると、アルさんはやわらかに深緑の瞳を細める。
次いで、流れるようにノイナさんとナノさんへと視線を向けてそう紡いだアルさんに、お二方が笑顔を咲かせた。
「楽しんで!」
「ごゆっくり、です!」
「お二方も、お付き合いありがとうございました。とても楽しいお時間でした」
「えへへ~! こちらこそ!」
「ナノもたのしかったです!」
再度私とノイナさんとナノさんが笑顔を交し合う間に、視界の端ではアルさんが棚から幾つかの小瓶を取り出している様子が見える。
振り向くと、カチャリと小さく音を立てた小瓶たちを手に、アルさんが作業部屋の木製の扉へと視線を送った。
「よし、とりあえず作業するか」
「はい、まいりましょう」
朗らかに告げるアルさんに返事をして、二人そろって作業部屋へと場所を移す。
さっそくとつくりはじめた水ポーション自体は、変容型の技術系風魔法〈テムノー〉でアクアキノコを小さく刻み、魔力水とマナプラムを加えて普段通りの錬金手順をおこなえば、あっという間に完成した。
《同調魔力操作》にて、素材を空中にうかせておこなう作業は、隣の席でアルさんも披露してくださり、そのなめらかな動きに心が躍る。
作業自体はやはり慣れたもので、またたく間に三本の水ポーションをお互いにつくり上げ、問題なく完成していることを確認し合うと、その後は自然と会話に花が咲いた。
「やっぱり、ロストシードさんも最初の高速錬金には驚いたのか!」
「えぇ。感覚的なお話にはなりますが、速度についていくだけで、精一杯でした」
「ははっ! わかるわかる! 俺もそうだったんだよなぁ」
話の流れで、《高速魔力操作》を使った高速でのポーションづくりを、はじめておこなった時の感想が同じだと二人で笑い合う。
アード先生という同じ錬金術師の先生をもつ者同士、予想以上にアルさんとは広く深く、感想を共有することができた。
思わず、楽しさにほくほくと表情をほころばせていると、つづけてアルさんが紡ぐ。
「感覚ってのは、俺も結構大事にしてるものだ。イメージだけだと、俺は魔法の発動ほど上手くは、錬金できないんだよな~」
「なるほど……そう言われてみますと、はじめの頃、魔法はイメージを、錬金術は細やかな感覚を、それぞれ意識して取り組んでいましたねぇ」
「ほほぅ」
興味深げに声を零すアルさんに対し、同じく好奇心のまま会話を弾ませる。
エルフ族での錬金術の先駆者であるアルさんが持つ知識は、やはり私が理解しているものよりも多く、互いの感想を伝え合うだけでもさまざまな情報を学ぶことができた。
改めて、このアトリエ【紡ぎ人】への参加を決めて良かったと、そう心の中で紡ぐ。
――やはり、先駆者と呼ばれるかたとの交流は、貴重で素晴らしいものだ!
アルさんとの会話は、互いに笑顔で声音を弾ませたままつづき、背後の窓から射し込む明るい光にそろって振り返ったところで、自然と一時の空白が生まれた。
「おや、もう夜明けの時間ですか」
「はやいものだなぁ」
「そうですねぇ」
闇色に染まった深夜から、一転して薄青の幻想的な夜明け色に満ちた時間の変化を、のほほんとした雰囲気で確認し合う。
ぱっと現れた小さな光の精霊さんを迎え入れ、小さな五色の精霊さんたちとアルさんのところの三色の精霊さんたちが、眼前でくるくると舞う姿に癒されながら、しみじみと呟きを零す。
「やはり……先駆者のかたと、こうして直接お話ができることは、とても幸運なことだと感じます」
「ん? あぁ、まぁ確かに、リーダーの豪運には俺も常々驚いているところだけどなぁ」
ふいの話題に驚きつつもあいづちをうってくださるアルさんの言葉に、たしかにとうなずく。
「たしかに、アルさんを【紡ぎ人】にお招きしたノイナさんは、素晴らしい運の持ち主かもしれませんね」
「いや……それを言うなら、俺としてはロストシードさんを誘って参加までこぎ着けたところに、リーダーの豪運を感じてるんだけどな」
アルさんと言う先駆者を招いた、ノイナさんの豪運に同意したはずの言葉に、アルさんがどこか戸惑いをおびた表情でそう返してくる。
――はて? どうしてこの流れで、私の参加に焦点が当たるのだろう?
思わず、首をかしげながら問いかける。
「私……ですか?」
「あぁ。あんたも先駆者だろ? しかも、俺と違ってエルフ族の中での、とかじゃなくて、本物の第一人者のほうだしな」
一拍の、間。
停止しかけた思考を何とか動かし、かろうじて問いの言葉を重ねる。
「ええっと……?」
「ん~~?? 精霊の先駆者って、ロストシードさん、だよな?」
私の困惑に、腕組みをして一度首をかたむけたアルさんは、首の角度を戻しつつ、確認のようにそう問い返してきた。
しかし、問い返されても、私には何のことだかさっぱりなわけで……。
「……そう、なのですか?」
「――へっ?」
困惑が広がる中、こちらも確認の意を込めた問いを返した結果、見事にアルさんの間の抜けた声が、作業部屋に響いた。




