二百二十一話 【紡ぎ人】の技術観察
完成した新しい装飾品に、申し分ない使い勝手であった以前と同じ付与魔法をかけ、職人ギルドから大通りへと出ると、すでに空は紺色を残す星空で彩られていた。
宵の口からすっかり夜の時間へと移り、パルの街並みにも薄闇が広がっている。
とは言え、まだまだ大通りはにぎやかだ。
行き交う他のシードリアのかたがたの笑顔が視界に入り、ついこちらまで口元がゆるみかけて、穏やかに整える。
そのまま、軽やかな靴音と共に少しだけ移動して、アトリエ【紡ぎ人】のクラン部屋である家の前まで歩き、そうっと入り口の扉を開いた。
「あっ! ロストシードさん!」
「わぁ! こんばんはなのです!」
とたんに上がった弾んだ声音のあいさつに、ふわりと微笑みを返す。
「ノイナさん、ナノさん、こんばんは。お二方は作業中ですか」
「うん! ナノちゃんと一緒に、ローブづくり!」
「ロストシードさんも、なにか作業をするのです?」
簡潔に、けれど楽しげに答えるノイナさんにつづき、ナノさんがこてっと小首をかしげて紡いだ問いに、穏やかにうなずく。
「えぇ。せっかくノイナさんとアルさんとご一緒して、素材を採取したのですから、水ポーションをつくってみようかと」
「あ~! アルさんが言ってたやつ!!」
「ナノもアルさんがつくった物を、見たことあるのです!」
顔を見合わせて笑顔を咲かせるお二方に、つい小さく笑みを零しながら言葉をつづける。
「実は、今までつくったポーションは、生命力と魔力を回復させるポーションがほとんどでして。他の種類のポーションをつくるのは、とても楽しみなのです」
「あ~~! わっかる!! 新しいものをつくるのって、やっぱり楽しいよね!!」
「ナノも、たのしいと思うのです!」
小気味好く返される同感の言葉に、喜びと楽しさで自然と心が弾んだ。
交わし合う笑顔はそのままに、そう言えばと机に広げられたお二方が手にする布へと視線を注ぐ。
「そう言えば、裁縫技術を拝見するのは、はじめてです」
「そうなの!?」
「えぇ」
驚きに声を跳ねさせたノイナさんに、穏やかに微笑んでうなずいてみせる。
実際に、つくられた作品である衣類は見て買い、こうして身にまとっているわけだが、それらが完成するまでの過程を見るのは、今回がはじめてだ。
裁縫技術を習得する予定はないものの、技術そのものには興味があるため、失礼にならないていどにノイナさんとナノさんの手元を見やる。
私の視線に、ナノさんはぱたりと軽く、薄いピンク色を宿した二枚一対の翅をゆらしてにこっと笑みをうかべた。
「ナノが模様をぬうところ、ロストシードさんにみてほしいのです!」
「おや! よろしいのですか?」
「もちろんなのです!」
「ナノちゃんはあたしより上手だから、見ていて楽しいと思うよ!」
素敵な提案に確認を問うと、ナノさんの肯定にノイナさんの援護射撃が追加される。
このようなあたたかなおさそいに、のらないというのは失礼だろう。
そっと左手を軽く右胸に当て、微笑む。
「それでは、お言葉に甘えまして、少し見学をさせていただきますね」
「ぜひぜひ、です!」
可愛らしい笑顔でうなずくナノさんの対面の席に座り、なぜかまじまじと私の顔を見つめるノイナさんに小首をかしげる。
私の反応にわたわたと両手を振ったノイナさんは、どうやら一緒にナノさんの手腕を見るようで、すぐに視線をナノさんのほうへと移した。
つられるように緑の瞳を、ナノさんの手元へと流す。
小さな片手に白い布を持ち、もう一方の片手に銀糸を通した銀針を持つナノさんは、迷いなくすいっと針を持つほうの手を動かしはじめる。
その手さばき、もとい裁縫技術は――もはやある種の、魔法のように見えた。
煌くように波打つ銀針が、あっという間に風の流れのような模様を銀糸で描き、白い布に縫いつけるまで、ほんの数秒。
あまりにも見事な手腕に、思わず感動が胸をつき、称賛の言葉を紡ぐ前に両手が拍手を打ち鳴らした。
「素晴らしい技術ですね、ナノさん! とても美しい瞬間を見せていただきました!」
『すごかった!!!!』
「わぁい! うれしいのです!」
「ナノちゃんは、ほんと~~に上手なんだよね~!!」
弾んだ称賛の言葉に、小さな四色の精霊さんたちも褒め言葉をつづけて響かせる。
ぱっと笑顔を咲かせたナノさんと、満面の笑顔で声を弾ませたノイナさんに、微笑みを返す。
またまたそろって三人で笑顔を交わし合っていると、ふとノイナさんが銀縁の丸メガネを押し上げて、口を開いた。
「そういえば、ちょっと気になってたんだけど。もしかして、ロストシードさんが今つけてる飾りって、いくつか自作のものがあったりする……?」
「おや、よくお気づきに」
ノイナさんの鋭い観察眼に思わず小さな感動をおぼえながら、上品に左手を軽くかかげ、それぞれの瞳を興味深げにこちらへと注ぐノイナさんとナノさんに見せる。
「こちらの腕輪と指輪、それと両脚のブーツにはめている靴飾りが、自作のものですよ」
「あ~~! あの装飾品って、ロストシードさんがつくった物だったんだ!!」
「ナノも商人ギルドでみたことあるのです! 編み目がとってもきれいだとおもっていたのです!」
「お二方に知っていただけていたとは、光栄です」
まさか、お二方がすでに私の作品をご存知だったとは。
どうやら、編み込んでつくった装飾品の形状に、興味をもっていただけたらしい。
……密かに、素材である水晶卿の水晶のことをたずねられるかもしれないと、内心では身構えてしまったものの、杞憂だったようだ。
薄い青緑色の瞳とガーネットの瞳を煌かせて語る、ノイナさんとナノさんの言葉が嬉しくて、うっかりゆるみかけた口元を気合いで整える。
精霊のみなさんやエルフの里のノンプレイヤーキャラクターのみなさんもそうだったが、やはり交流をもったかたがたに褒めていただけるのは、純粋にとても嬉しく思う。
――同時に、他者の作品に対する興味も湧いた。
ノイナさんが両手首にはめている、細い銀色の腕輪へと視線を注ぎながら、たずねる。
「そちらの腕輪は、ノイナさんがおつくりになられた作品ですか?」
「あっ、うん!! いちおう、一番出来のいいやつだよ!」
「ノイナさんの装飾品は、とってもかわいいのです!」
「たしかに、繊細さと可愛らしさを感じる作品ですね」
「えへへ~! ありがとう、二人とも!」
それぞれの作品への興味深さに弾む会話が、とても楽しく心地好い。
つい微笑みを深めながら、ノイナさんとナノさんとの会話に夢中になっていると、カーンッ! と澄んだ高い音が突如響き、何事だと反射的に背筋が伸びる。
小さな四色の精霊さんたちまでぽんっと、私の肩と頭の上で驚きに跳ね上がる様子を見たノイナさんが、眼前で慌てて両手を振った。
「あっ! これ、ドバンスさんが武器をつくってる時の音だから、大丈夫だよ! ロストシードさんも精霊ちゃんたちもはじめて聞くから、びっくりしたよね!」
「え、えぇ、少し。しかしなるほど、こちらはドバンスさんの作業の音でしたか」
『びっくり~!!!!』
ノイナさんの説明に、精霊のみなさんと一緒に驚きを残しながらも、状況把握にうなずく。
穏やかな所作で見やった、奥の石造りの鍛冶部屋では、大きく金づちを振りかぶったドバンスさんが、それを振り下ろす様子が見えた。
再びカーンッ! と鳴り響いた音に、今度は好奇心が湧く。
うずく好奇心につられて、ゆったりと椅子から立ち上がると、ぴょんっと椅子から降りたナノさんが、小さく手招きをしてすいーっと扉のない石造りの小部屋の入り口まで、先導してくださった。
楽しげな笑顔のノイナさんも加わり、三人で入り口からそっと顔だけを出して、ドバンスさんの作業を密やかに眺める。
ドバンスさんの背中に隠され、すべてを見ることができなかったものの、夕陽に似た色の細長い棒状の物に金づちが振り下ろされ、そのたびに少しずつ形を変えていく様が実に面白く感じた。
何度目かの高い音を耳に入れていると、ふいに小さく扉が開く音が聴こえ、反射的に振り向いた先で、深緑の瞳と視線が合う。
ぱちりとその瞳をまたたいた、隣の作業部屋から出てきたアルさんが、なんとも言えない微妙な表情でそろりと口を開いた。
「あ~……何やってんだ?」
端的でもっともな問いかけに、思わず同じく壁にはりついていたお二方と視線を交わし――にこりと、全員でアルさんへと笑顔を向ける。
答えに、迷う必要はない。
なにせ、これは非常に単純な行動なのだから。
一つうなずき、笑顔のまま、答えを紡ぐ。
「見学、です」
「だよ!」
「です!」
「……なるほどな?」
私とノイナさんとナノさんの返答に、アルさんはなぜか生暖かい視線で、納得めいた言葉を零した。




