二百十五話 水晶と閃きと魔法陣
遺産を継承する証の石盤をカバンへと入れ、ひとまず崩れて床に散らばるゴーレムの残骸をどうするか悩んでいると、突然眼前にぱっと小さな白光が現れた。
『しーどりあ! きたよ!』
「おや、小さな光の精霊さん! いらっしゃいませ」
『いらっしゃ~い!!!!』
戻ってきてくださった小さな光の精霊さんを、小さな四色の精霊さんたちが歓迎する声が、可愛らしく石の部屋に響く。
光の精霊さんが戻ってきたということは、深夜から夜明けへと時間が移り変わったということ。
思いのほか、このトラップからはじまった突発的な継承の儀に、時間をかけていたらしい。
とは言え私としては、ロマンはじっくりと楽しむことも大切だと思っているので、ひとまずこの夜明けの時間は、水晶卿が愛した水晶たちと――語り合うとしよう!
まずはと、床に散り煌めく、ゴーレムを形作っていた崩れた水晶のカケラを《同調魔力操作》で集め、うかしてカバンへと収納する。
次いで、水晶卿から託された水晶が煌く部屋へと、慎重に足を踏み入れた。
『わぁ~!!!!! きれい~~!!!!!』
「えぇ……本当に、美しいですね」
とたんに、小さな五色の精霊さんたちが上げた歓声に、うなずきを返しながら感慨深く言葉を返す。
淡く光を放つコケに照らされた、大小さまざまな色とりどりの水晶は、水晶卿の本当に素晴らしいものを創ろうと励んだ努力が、形になったかのよう。
今度こそ、感嘆の吐息を深く吐き、称賛の眼差しを水晶に注ぐ。
足下に生えていた水晶たちを、膝をついて眺め、幾つもの小さな六角柱の形をした水晶たちの中から、小さな水色の水晶へと手を伸ばしてみる。
触れると、冷たさとつるりとした感触があり、生えている地面ギリギリのところで力を加えると、バキン! と小気味好い音と共に採ることができた。
思わずまじまじと、採取した水色の水晶を見つめる。
暗がりでも、その色合いは透き通った清らかな川の水面のように美しい。
にっこりと笑み、カバンに入れながら、次はどれを採取しようかと視線を巡らせる。
さすがに、大きな水晶は魔法や何かの道具がなければ、採取することは難しいと感じたため、ひとまず今回は小さな水晶を選んでいく。
コケから滴り落ちた雫が、ぽつりと音を立て――唐突に、閃いた!
「そうです! 今後つくる装飾品は、こちらの水晶をつかってつくりましょう!!」
『おぉ~~!!!!!』
精霊のみなさんの感激の声を聴きながら、我ながら名案だと深くうなずく。
水晶自体は、本来は水属性との親和性が高い素材だが、眼前で煌く水晶卿のつくりだした水晶たちは、さらに他の属性の特徴である色をその身に宿している。
これはその見た目が示す通り、他の属性との親和性も有しているということだろう。
二つ目の石盤に書かれていた、素晴らしい水晶をつくり出すための研究内容にも、本来の性質に加えて、他の属性を宿す水晶の可能性について書かれていたので、おそらくこの解釈であっているはずだ。
――それならば、これから私がつくっていく装飾品の素材として、美しさも性能も申し分ない!
むしろ、複数の属性魔法の効果を高める装飾品さえつくることができるのではないだろうか?
大いに可能性が広がる予感に、思わず口元の笑みを深めて、いずこかで眠る水晶卿へと感謝の念を捧げる。
そのまま湧き上がる高揚に身を任せ、さらに幾つかの水晶を採取していく。
各種属性の色の水晶を、ひと通りカバンに収納して満足さと共に立ち上がり、さて、それでは帰ろうか、と思ったところで――気がついた。
「……そう言えば、みなさん」
『なぁに~?????』
「この地下のお家から、地上へ帰る方法は……ご存知でしょうか?」
若干ぎこちない微笑みでの問いかけに、小さな五色の光が戸惑うようにかすかに明滅して、ふらふらとその小さな姿がゆれる。
……果たして、答えは。
『みち、ない~!』
『あのね、ここは、ここだけのばしょなの~!』
『うえにいけない~!』
『ひかり、とどかないよ!』
きっぱりとした水の精霊さんの言葉をきっかけにして、風と土と光の精霊さんが、地上につづく道がないと教えてくださる。
思わず片手を額に当て、悩みかけたところで、闇の精霊さんがすいっと胸元へと飛び込んできた。
『ほしのちから、むこうにあるよ~!』
「星の力、ですか?」
『うんっ! あっち~!』
小さな身を掌で受け止め問いかけると、ひゅいっと肩を越えて後方へと導いてくれる。
四色のみなさんと顔を見合わせ、なんとか帰り道を見つけることができそうだと、今度は穏やかに微笑む。
そのまま、小さな闇の精霊さんの導きに従い、進んできた道を戻りながら思考を巡らせた。
闇の精霊さんが教えてくださった、星の力とは……おそらく、星魔法のことではないだろうか?
裏路地と水晶の守護者が現れる直前に見た、トラップの魔法陣のあの光の色は、星魔法〈スターリア〉の色合いと、とてもよく似ていた。
それに以前、大老アストリオン様から教えていただいた、いわゆる空間移動系の魔法は星魔法にあたるのだという知識を記憶から引き出し、結論を出す。
すなわち――闇の精霊さんの導きの先には、地上へと転送する力を宿した星魔法の魔法陣が、あるのではないかと……!!
期待を胸に、口元の笑みを深めて歩んで行くと、ちょうどトラップのように発動した魔法陣によって降り立った、転移場所の近くまで戻ってきた。
しかし、この場所には短い通路以外は特別変わったものはなかったはず。
はて、と小首をかしげたところで、小さな闇の精霊さんがくるりと一回転をした。
『この、おく~!』
「この……ええっと、崩れた壁の向こう側、ですか?」
『うんっ!』
闇の精霊さんの言葉に、つい戸惑いながら前方へと視線を注ぐ。
元々は、部屋だったのだろう。
かつては積み重なっていたはずの石の壁は、今や崩れ去ったがれきの壁と化している。
本来出入り口としてあいていたはずの空洞も、すっかり埋もれてしまっていた。
「なるほど、そうきましたか……ならば」
埋れて通ることのできない壁を見つめ、笑みを深める。
――今こそ、すべてのものに干渉できる、星魔法の出番だと!!
「そこに出入り口がないのでしたら、つくってしまえば良いのですよね!」
『おぉ~~!!!!!』
思わず語尾を跳ねさせて紡いだ言葉に、五色の精霊さんたちの歓声が響く。
サッと振り上げた右手を、振り下ろすと同時に凛と魔法名を宣言する!
「――〈スターリア〉!」
いざ、星魔法の真価よ。
どうか私たちに、帰り道を示したまえ……!
そう、祈りに似た気持ちと共に放った一つの流れ星は、あっさりと崩れた壁の一部を消滅させ、穴をあけて役割を果たしてくれた。
綺麗にあいた丸い空洞の先に、広がる空間と床に刻まれた魔法陣らしきものを見つけ、思わず満面の笑顔になる。
軽く床を蹴って丸い空洞から部屋の中へと入り、まだ光を灯していない魔法陣の上に足を踏み入れた瞬間――カッ! と銀と蒼と漆黒の輝きに包まれ、緑の瞳を閉じ。
次いで開いた時には、無事にパルの街の裏路地へと、戻ってくることができていた。
ほっと零した吐息は、帰還の安堵に対するものか、はたまた空から降り注ぐ夜明けの光の美しさに対するものか。
裏路地にも等しく届く薄青の光を見上げ、夜明けの光も美しいが、水晶卿の水晶もやはりとても美しかったと、そう思った。




