二百十四話 [水晶卿クリスタルスの願い]
※戦闘描写あり!
期待を胸に、さっそくと部屋の隅へと歩みより、岩の机の端に置かれている古い大きな石盤をのぞきこむ。
この部屋の謎の、ヒントとなるものを見つけたかもしれない――そう抱いた予感は、見事的中した。
「なるほど……この地下の家は、水晶卿と呼ばれたかたが遺した、遺産でしたか」
『すいしょうきょう????』
「えぇ。ここは昔、水晶卿クリスタルスさんと言うかたの、お家だったようですね」
『おぉ~~!!!!』
私の納得の呟きに、疑問符をうかべる小さな四色の精霊さんたちに説明をしながら、積み重なっていた三つの石盤に刻まれた文字を再度視線でなぞる。
見つけた石盤には、それぞれ水晶を愛する思いと、素晴らしい水晶を自身で生み出そうと研究したこと、そして最期の願いが刻まれていた。
[ここは、各地の地下に遺す遺産の一つ。
星の石に選ばれし者、我の水晶の美しさを愛する者。
そのゆるがぬ意志と強き力をもって、水晶の守護者を下すこと叶えば。
我が遺産を、そなたへ託そう。
水晶卿クリスタルス]
そう、三つ目の石盤に刻まれた文字を見つめ、緊張感と同時に好奇心が湧き上がる。
古き偉人とおぼしきかたが愛した、地下の空間で煌きつづける美しい水晶。
それだけでも、なんともロマンあふれる、ある種の素敵な物語だ。
けれどこの物語にはつづきが用意されていて、水晶の守護者を下すという条件を達成することで、あの水晶を遺産として受け取ることができるのだと、そう書かれている。
さすがに、このような心躍る展開まで用意されてしまっているのであれば――挑戦しないわけにはいかないだろう!
「もしかすると、裏路地の魔法陣による転移トラップは、条件を満たした者のみをこの地下に転移させるようなものだったのかもしれませんねぇ」
しみじみと呟きつつ、もしこの予想が当たっているのであれば、と言葉をつづける。
「さいわい、私は星の石と姫君から授かった星魔法の使い手ですし、水晶卿のおつくりになられた水晶の美しさにも、すでに心惹かれておりますから……やはり残る遺産継承の条件は、水晶の守護者を下す、という条件の達成のみでしょうか? しかし、守護者と言うのはいったい……?」
思考を整理しつつ、残る疑問に小首をかしげた、その時。
『しーどりあ!!!!』
「っ!」
警戒を宿して響いた小さな四色の精霊さんたちの声に、ハッと部屋の中を見回す。
刹那、カッ! と、裏路地で見たものと同じ魔法陣が、水晶の部屋へと繋がる空洞の手前で、銀と蒼と黒の光を放った。
「これはまた、何事でしょうか……!?」
『ぴかぴか~~!?!?』
片手で閃光の衝撃を防ぎつつ、警戒と共に戸惑いを紡ぐ。
精霊のみなさんまで、眩さにぱっと私の後頭部と肩甲骨のほうへとくっつく感触があり、暗闇での閃光は充分攻撃足りえるのだと、妙なタイミングで学びを得てしまった。
そうして、輝きつづける光がピタリと消え去ったのち――悠然と部屋の中に立つ姿を一目確認して、小さく息をのみ。
反射的に石の地面を蹴って距離を取り、眼前に現れた……水晶の守護者を見上げて、フッと不敵な笑みをうかべる。
「なるほど。透明な水晶の――ゴーレムが守護者とは。なかなか粋なことをなさいますね、水晶卿」
思わず水晶卿への賛辞を呟くと、透き通った水晶でできた巨体が、ぎこちなく一歩を踏み出した。
コォン……と、澄み渡る不思議な高い反響を足音にして、さらに一歩、二歩。
さして広くもない部屋の中、巨体が進めた数歩分の距離だけで、美しいゴーレムの守護者は私の眼前にたどり着いてしまった。
グッと、その綺麗で長い片手が持ち上がり――振り下ろされる寸前で、身体魔法〈瞬間加速 一〉を発動!
真横へと一瞬で加速して攻撃を回避し、さらに水晶の守護者の後ろ側へと軌道を変えて移動する。
後ろをとりながら、思い出すのは石盤に書かれていた文言。
すなわち、[星の石に選ばれし者]と刻まれた、その言葉!
それこそがきっと、この試練を乗り越える、鍵に違いない……!!
サッと振り上げた、手飾りがゆれる右手の動作と共に、迷いなくかの魔法名を宣言する。
「〈スターリア〉!!」
凛、と石造りの部屋に響いた、偉大なる星魔法の名は、すぐに形を成した。
コォン……と澄んだ足音を鳴らし、水晶の守護者が振り向いた、その瞬間。
私の頭上からサァ――と流れた、一つの脅威的な流れ星が、その透明な巨体の中央で煌いていた、丸い蒼の球体をあっさりと撃ち抜く。
またたく間にゴーレムの巨体に穴をあけ、銀と蒼の光の尾と共に星魔法〈スターリア〉が消え去った後、ゆったりと後方へかたむいた水晶の守護者は、ずいぶんと派手な音を立てて床へと倒れ、その身を水晶のカケラに崩してしまった。
この【シードリアテイル】におけるゴーレムと言う存在が、どのような存在なのかという知識を、私はまだ持っていないのだが……おそらくは、あの丸い蒼色の球体が、いわゆるゴーレムを動かすコアのようなものだったのだろうと推測する。
スライムにとって核が弱点であるように、ゴーレムにとってはコアが弱点なのかもしれない。
……何はともあれ。
「ええっと……これで、遺産を継ぐ条件は、整ったということでよろしいのでしょうか?」
疑問のままに小首をかしげながら紡ぐと、ふいに視界の端で蒼い光が見えた。
慌ててそちらを振り向くと、どうやら一つの石盤の下半分が光っているらしい。
またもや不思議な状況に、気を引きしめ直して石盤が置かれている石の机に歩みよる。
石盤を見やると、蒼い光を放っていたのは、遺産について書かれていた三つ目の石盤だった。
空白となっていた下半分に新たな文字が追加で刻まれており、その文字が淡く光を放っている。
「[水晶の守護者を下した、我が遺産を継ぐ者よ。
この石盤に名を刻み、この石盤を継承の証とせよ。
水晶卿クリスタルスの遺産継承者――]」
半ば無意識に読み上げた文言に、ふっと穏やかに微笑む。
そっと指先で石盤に触れ、魔力を流して書いた[ロストシード]の名は、どのような原理かは分からないものの、すぐに石盤へと刻み込まれて、淡く放たれていた蒼い光も消え去った。
どうやら――これで無事に、水晶卿の遺産を継ぐことができたらしい。
持ち上げた石盤は、貴重なものを託されたのだと示すように、ずっしりと重く感じた。




