二百十三話 裏路地のトラップは地下への招待状
いつかの日の、次の冒険への期待を胸に、のんびりと夜のパルの街を歩きクラン部屋である家の前まで戻ってきた。
扉の前で、アルさんとノイナさんが振り返る。
「今日は本当にありがとな、ロストシードさん」
「ありがと~~!!」
「こちらこそ、ありがとうございました。素敵なパーティーでの冒険、とても楽しかったです」
「それは良かった!」
「よかった~~!!」
鮮やかに笑うお二方は、これから作業のつづきをおこなうのだろう。
お互いに軽く手を振ったり、お辞儀をしたりして、クラン部屋の中と大通りへとそれぞれが分かれる。
ちょうど、夜から深夜へと時間が切り替わり、闇色がパルの街をおおうのを眺めながら、自然と足は中央の噴水広場のほうへ。
新鮮な冒険の楽しさをかみしめながら、気のおもむくままに足を進め、たどり着いた噴水広場からさらに以前魔法書を見つけた古本屋が建つ、裏路地へと入り込む。
静かな深い夜にしずむ裏路地を、興味本位で散策するのも、これまたロマン!
古本屋を通りすぎ、さらに奥へと進んで行くと、前方に古びた石造りの小さな倉庫のような建物が見えてきた。
ちょうど、この路地はその建物が行き止まりのようで、ではひとまず建物の前までは歩こうかと足を進め――コツン、とやけに石畳を鳴らす音が響いた、刹那。
「っ!?」
『わっ!?!?』
カッ! と足元で、銀と蒼と黒の光が鮮烈に輝いた!
精霊のみなさんと共に反射的に驚きながら、あまりの眩さに緑の瞳を閉じ……次いで、ふわりと身体をゆらす浮遊感に、いったい何事だと無理やり閉じていた緑の瞳を見開く。
とたんに嗅覚をくすぐった土と水の香りに、思わず驚愕よりも先に納得をしてしまったのは、サッと見回した周囲が、家々の間を通り抜ける裏路地とはまったく異なる景色だったから。
「……地下ダンジョン、でしょうか?」
ぽつり、と零した呟きがかすかに反響するこの場所は、どことなくエルフの里の地底湖ダンジョンを思い出すような空間だった。
古い岩の壁に光る蔦がはう様子は、どことなく洞窟にも似ているが、壁自体は人工的に岩のブロックをつみ上げてつくられていることが見て取れる。
決して広い空間ではなく、しかし通路と呼ぶには壁が近く、見回す限り連なる壁には所々、扉のない出入り口のような空洞があった。
地下ダンジョンと呟いてみたものの、この空間をより正確に表現するのであれば――部屋、と呼んだほうが適切だろうか?
『おみずある~!』
『かぜないよ~!』
『みどりあるよ~!』
『くらいけどあかるいよ~!』
「……なるほど」
小さな四色の精霊さんたちが、ふわふわと周囲を飛びながら、そう教えてくださる声に一つうなずく。
そっと片手を口元にそえ、現状を整理するために思考を巡らせる。
裏路地で眩く輝いたあの光……わずかに見えた曲線と文字のようなものが描かれていたのを思い出す限り、あれはいわゆる魔法陣というものだったのかもしれない。
突然の転移は、あの魔法陣がトラップのような役割をもっていた、とも考えることができる。
しかしもっとも気になるのは、そうしておとずれたこの謎の地下の部屋に――いったい、どのようなロマンが隠されているか、という点だ!
湧き上がるのは、好奇心。
さしずめ、パーティーでの冒険の次は、単独での冒険を、と言ったところか。
思わずふっと口角を上げて、前方を見やる。
まずは、あの出入り口のような空洞から、先へと進んでみよう!
「みなさん、慎重に、先へと進みましょう」
『うんっ!!!!』
静かに方針を告げると、小さな四色の精霊さんたちは、返事と共にひゅいっと肩と頭の定位置へと戻ってくれる。
それに微笑み、いざ、と足を踏み出した。
周囲を照らす光る蔦を眺めつつ、出入り口とおぼしき空洞を用心してくぐり抜ける。
すると、その先も蔦がはう部屋のような空間が広がっていた。
どこからか、ぽつぽつと滴り落ちる雫の音が、かすかな反響と共に聴こえる。
視線を巡らせると、左側の壁にある空洞が見えた。
『おみず、あっち~!』
「ありがとうございます。行ってみましょう」
ぽよっと右肩で跳ね、雫の音の場所を教えてくださる小さな水の精霊さんに、感謝を告げて先へと進む。
そっとくぐった空洞の先は、前方の壁に空洞がある、続き部屋のような空間で、部屋の隅には岩の机と椅子が置かれていた。
前方の壁の空洞の先へと視線を向け、思わず緑の瞳を見開く。
――そこは、さまざまな色の水晶が密集して生えた、水晶の部屋!
小さな物は小石ほど、大きなものは人の頭ほどの大きさや高さを有する水晶たちの上で、壁にびっしりと生えた淡く光るコケが雫を落としている。
コケの光に照らされ、ほのかにそれぞれの色を暗闇に灯す水晶の部屋は、とても幻想的に見えた。
ほぅ、と自然に零れた感嘆の吐息を、しかしゆっくりと引き戻した集中力と共に、深呼吸へと変える。
改めて、かつては誰かが使っていたのだろう、石造りの部屋を見回しながら、油断は大敵だと気を引きしめた。
となりの水晶の部屋も含め、この石造りの家とおぼしき空間は、たしかにとても神秘的で、心惹かれる場所だと感じる。
けれど、同時に明らかに普通の場所ではないことも、煌めく水晶の部屋を見たことではっきりと察した。
「ここは、いったい……」
どのような場所なのかと、疑問の呟きをとぎれさせる。
部屋の隅、ひっそりと鎮座する岩の机のその端に、石盤のようなものを見つけて――謎の答え合わせができるかもしれない期待に、ふっと笑みがうかんだ。




