二百十二話 ツムギワタの花園と冒険の終わり
無事にアクアキノコを採取して、ダンジェの森からノンパル草原へと戻ってきた頃には、ちょうど宵の口から夜の時間へと移り変わった。
「それでは、お次はノイナさんのお目当ての素材を、採取しにまいりましょうか」
「わ~い!! 案内はまかせて!!」
「採取するのは、ツムギワタ……だったか?」
「うん! 服って言うか、布の素材なんだ~!」
「なるほど」
「了解」
なごやかに会話をしながらも、足は石門から言うと前方と右側の、ちょうど間あたりのノンパル森林へと進めていく。
その奥地に、布の素材となる綿の花の小さな花園が点在しているらしい。
ノンパル草原を横切り、森林へと踏み入り、更にその奥へ。
今回はさいわいにも、特別戦闘が起こることもなく、順調に目的地へとたどり着くことができた。
「とうちゃ~くっ!!」
両手を振り上げ、二本のお下げを跳ねさせながらそう喜びを叫ぶノイナさんの前方――白いふわふわの花園に、思わず緑の瞳が煌くのを自覚する。
「ふわふわです!!」
『ふわふわ~~!!!!』
おっと、うっかり声まで出てしまった。
まぁ、小さな四色の精霊さんたちもふわふわに夢中なようなので、多少私もふわふわに心惹かれていても、きっとおかしくはないはず。
……たぶんきっと、そうに違いない!
「ははっ! なんだ? ロストシードさんもツムギワタに興味があるのか?」
「あぁ、いえ! ツムギワタに、というよりは、私はふわふわやもふもふに、多少心が惹かれてしまう傾向がありまして……」
『ふわふわ!!!! もふもふ!!!! すき~~!!!!』
「あ~! なるほどな。魅惑のってヤツか」
「その通りです!」
笑いながらのアルさんの問いかけに、精霊のみなさんと一緒に答えた結果、どうやらアルさんには心惹かれる生態を理解していただけたようだ。
思わずにこにこの笑顔で、前方の小さな花園を見つめる。
白いふわふわの丸い綿毛の花、ツムギワタが寄りそって咲くその場所は、まさしくふわふわの花園……いや、ふわふわの楽園とさえ呼べるかもしれない!
そろり、そろりと近づき、ノイナさんの採取のお邪魔にならない場所で、そうっとツムギワタをつついてみる。
――ふわっふわの感触が!!
ついつい、しばしその場でふわふわを堪能してしまう。
「お~い! 次の群生地に行くから、こっち側に返って来てくれロストシードさ~ん!」
「あっ! 失礼いたしました!」
少し離れた場所から届いたアルさんの声に、慌ててお二方のもとへと移動する。
どうやら、すっかりふわふわのトリコになってしまっていたらしく、その間にノイナさんはここでの採取を終えていたらしい。
アルさんのどことなく生暖かい眼差しと、ノイナさんのなぜか嬉しそうな笑顔を注がれつつ、いくつかの花園を回ったところで、ノイナさんのほうの採取も無事に終わった。
……ということは、今回の冒険はこれにて閉幕、だろうか?
「いやぁ、本当にロストシードさんがいてくれて、助かった!」
「うんうん! 護衛ありがとう!!」
「いえいえ。はじめての護衛でしたが、お二方をお護りすることができて、なによりです」
晴れやかな笑顔のお二方に、穏やかに言葉を返しながらも、ほんのりとさみしさが胸に灯る。
けれどこれは、はじめてのパーティーでの冒険が、とても楽しかったという証のようなもの。
戸惑う必要も、かなしむ必要もない。
そもそも、アトリエ【紡ぎ人】に参加している限り、ノイナさんやアルさん、それにナノさんやドバンスさんとも、冒険をする機会はまたあるはずなのだから。
ふっと、自然と微笑みが深くなる。
――と、ふいにアルさんがぽんっと手を打った。
「それはそうと! ロストシードさんは、何か採取したい素材とか、倒したい魔物がいるとか、そう言うのはないのか?」
「採取したい素材や、倒したい魔物、ですか?」
唐突なアルさんの言葉に、思わずぱちりと緑の瞳をまたたきながら、オウム返しで問いかける。
それに、アルさんはノイナさんと視線を交わして、大きくうなずいた。
「あぁ。ほら、今回は俺たち二人の素材収集に、付き合ってもらう形だったわけだし、あんたのほうも何かやりたいことがあるなら手伝うぞ。……まぁ、魔物に関しては、必ずしも力になれる保証はないが」
「なんでも言ってみて!」
アルさんの説明と意気込むノイナさんの様子に、なるほどとうなずきを返す。
……とは言え、とっさに思いつくほど、手持ちの素材がないわけでも、倒したい魔物がいるわけでもなく。
しばし片手を口元にそえながら思考したのち、残念ながら今回は何も思いつきそうにないと言う結論を出して、ゆるく首を振る。
改めてお二方へと視線を合わせ、嬉しさを宿してふわりと微笑み、言葉を紡ぐ。
「ありがとうございます、アルさん、ノイナさん。ただ、今は特別思いつくものがなく……。その代わりに、と言うわけではありませんが、もし今後私がお二方とパーティーでの冒険を楽しみたいと思った際には、お声がけをさせていただいても……よろしいでしょうか?」
少しだけ、最後に緊張を秘めた問いかけが、お二方に届き――ぱっと、二つの笑顔が咲いた。
「それは大歓迎だ!」
「わぁ~!! うんうん! いつでも声をかけて!!」
「ありがとうございます! その時は、どうぞよろしくお願いいたします!」
「おう!」
「うんっ!」
――冒険が閉幕する際には、次の冒険の約束を。
お二方と笑顔で語り合いながら歩む帰路で、終わりは新たなはじまりのきっかけなのだと、そんな風に思った。




