二百十話 ダンジェの森の護衛戦
※戦闘描写あり!
「それでは、まいりましょう」
「行きますかね~!」
「うん! 出発!!」
穏やかに紡いだ私の言葉に、ぐるりと肩を回したアルさんと、天へと拳を突き上げたノイナさんが前へと歩みはじめる。
うっそうとしたダンジェの森へ、まずは一歩と足を踏み入れた――その直後。
「わ、あっ!?」
「おっと!!」
樹の根につまずいたノイナさんを、アルさんと二人で手を差し伸べて支えた。
「大丈夫ですか?」
「う、うん! ありがとう二人とも!」
「いえ、お気になさらず」
問いかけにすぐさま返答してくださるノイナさんに、穏やかに微笑み言葉を返す。
「足元には気をつけろって、最初に言ったほうが良かったか~」
苦笑するアルさんの言葉に、そう言われてみると、草原と森では歩く際の足運びなども変わってくるのだと気づいた。
思わず引きしめた表情で、アルさんへとうなずきを返す。
「たしかに、草原と森の中ではまったく地面の様子が違いますからね……失念しておりました」
思いのほか、真剣な声音となった私の言葉に、しかしアルさんはぱちっと深緑の瞳を見開いたのち、すぐに首を横に振った。
「や、違う違う。コレはリーダーが運動音痴だからだ。伝えてなかったリーダーと、伝え忘れてた俺のミスだな」
「ご、ごめん……その、リアルでも運動が苦手なせいか、ゲームでも動くのが下手で……」
ひょいっと肩をすくめるアルさんと、恐縮した様子で告げるノイナさんに、なるほどと納得する。
「おや、そうでしたか。たしかに【シードリアテイル】は没入ゲームの中でも最新のゲームなだけはあり、大地の造形がとても鮮明ですから、動きかたを身につけるまでは……少したいへんでしょうね」
「まさに、そう言うことだ」
「うぅ……アルさんもロストシードさんも、すっごく上手に歩いてるのに、あたしだけ歩けないなんて~~!」
「ま、得意不得意はあるものだからな。どのみちこの森の中だと、慎重に進まないといけないんだから、気にするなって」
「えぇ。転びそうになった際は、また支えますので」
「本当にありがとう!!」
もし涙を流すエフェクトがあれば、有効活用していたかもしれない表情と声音のノイナさんに、アルさんとそろって微笑ましくうなずきを返す。
そうして、時折ノイナさんを支えつつ、もう少し奥へと森の中を進んで行くと、ふいに前方でスキル《存在感知》が反応した。
どうやら――ついに魔物と戦う必要が出てきたらしい。
「お二方、魔物が来ます」
「だな。多数の反応ってことは、案の定、フォレストハイエナか」
襲い来るのは、内容が更新されていた魔物図鑑に載っていた、十匹一セットの群れで行動する濃い緑のたてがみと緑の毛並みをもった魔物、フォレストハイエナ。
単純な数の多さも厄介だが、上手くその数を活かした攻撃をする魔物だと書かれていたため、護衛対象がいる今回は特に用心して戦う必要がある敵だろう。
迎え撃つため、視線を交わし合ったアルさんと一緒に数歩前へと進んだあたりで、
「あたしはどうすればいいっ!?」
と後方からノイナさんの声が響く。
ちらりと再度アルさんと視線を交わし合った後、先にアルさんが口を開いた。
「とりあえずそこにいろ~!」
「えぇ。ノイナさんはその場で待機をお願いいたします」
「わかった!!」
必死さがひしひしと伝わってくるノイナさんの返答に、ふ、と軽く笑うアルさんの穏やかな表情を確認して、おそらくアルさんはご自身が言うほど戦闘が苦手なわけではないらしい、と推測をする。
より正確に表現をするのであれば、苦手ではあるが、戦い慣れていないわけではない、と言ったところだろう。
……で、あれば。
閃いた案を、静かにアルさんへと問いかける。
「アルさんには、私が倒しきれなかった場合の補助を、お願いしてもよろしいでしょうか?」
「おぉ、分かった。――ま、なんとかなるだろ」
肯定と、どこか確信を宿した楽観の言葉が、戦闘の合図となった。
ザッと茂みの奥から現れた、緑の姿は五匹。
一つの群れの半数にあたるフォレストハイエナが、素早くこちらへと迫ってきた。
とは言え――あるていど、固まって動いてくれるのは、好都合。
フッと不敵に笑み、アルさんを護るようにさっと払った右手の動作を合図にして、〈オリジナル:吹雪き舞う凍結の細氷〉を発動!
まずは様子見にと放った細氷の吹雪が、地面を駆けていた五匹の魔物を一瞬で凍結させる。
「なっ!?」
「えっ!?」
アルさんとノイナさんの驚愕の声が重なるのを聴きつつ、敵側の空白の時間を利用して、詠唱を凛と響かせた。
「〈ラ・フィ・ラピスリュタ〉!」
瞬間、ぱっと周囲に現れた小さな風と土の精霊さんたちが、まるで弾丸のように素早く、鋭い石を幾つも氷漬けとなったフォレストハイエナへと撃つ。
バキバキィン! と派手に響いた氷を割る音が、次いで緑のつむじ風が立てる風の音となって、かき消える。
これで、残りは五匹。
刹那に《隠蔽 三》の残していた一つ分を使い、隠した状態で〈オリジナル:風まとう水渦の裂断〉を発動し、すぐさま二段階目へと移行する。
七つの円盤状の水の渦が姿を隠して、四方の茂みに潜んでいた残り五匹のフォレストハイエナを襲う。
『キャンッ!?』
「うおっ!?」
「ひぇっ!?」
突然響いたフォレストハイエナの鳴き声に、アルさんとノイナさんまで驚かせてしまったのは、申し訳ない限り……。
しかし、謝罪の言葉を紡ぐより速く、敵が動いた。
素早く振り向いた先――もっともノイナさんに近い位置で潜んでいた、一匹のフォレストハイエナが茂みから飛び出し、彼女に迫る。
急なことで動けずにいるノイナさんへ飛びかかる魔物に、振り向きながら発動していた〈オリジナル:迅速なる雷光の一閃〉が空中を閃く紫の軌跡だけを残して、敵へと鮮やかな雷光を輝かせた。
「――させませんよ」
いっそう穏やかに、不敵な笑みのまま、そう紡ぐ。
ノイナさんへと飛びかかる寸前で、つむじ風となって消えたフォレストハイエナに、つい笑みが深まった。
護衛の役目は守護してこそ。
かすり傷一つ、つけさせはいたしませんとも!
雷光の一閃と共に発動していた、夜の時間帯で使用するすべての魔法の効能が少し向上する〈恩恵:夜の守り人〉に、とある神様へと感謝を捧げつつ……後ろと左右から飛びかかってきた残り四匹へと、振り向きもせずに魔法を放つ。
またたく間に展開した魔法の一段階目の攻撃によって、風の刃と水の針、そして土の杭が突き刺さり、見事フォレストハイエナの動きをにぶらせる。
一歩後退りしたアルさんをかばうように、振り向きざま足を前へと進めて、やわらかに紡ぐ。
「チェックメイトです」
そうして、現在最高傑作である中級のオリジナル魔法を――容赦なく、二段階目へと移行した。
〈オリジナル:隠されし刃と転ずる攻勢の三つ渦〉の一段階目が転じて、美しくも残酷な風と水と土の渦へと形を変え……またたく間も必要なく、残り四匹のフォレストハイエナを、巻き上がる旋風にして消し去る。
戻ってきた静けさの中、振り返るとそこには、唖然とした表情のアルさんとノイナさんがいた。




