二百九話 認識の違いと確認事項
無事にノイナさんとアルさんと三人組のパーティーを結成したのち。
ちょうど夕方の時間から移り変わった宵の口の時間に、ぱっと頭の上から光の精霊さんが眼前へと降りてきて、くるりと一回転を披露してくれる。
次いで、ぱっと姿を消した白光の軌跡を、見事に黒光が引き継いだ。
光の精霊さんと交代して現れた闇の精霊さんが、ふよふよと頭の上へと降り立つのを微笑みながら見届け、ノイナさんとアルさんへと視線を戻すと――見開かれた薄い青緑と深緑の瞳と視線が合う。
……いったい、何をそれほどまでに驚いているのだろう?
思わず小首をかしげると、アルさんが軽く咳払いを響かせる。
「あ~~、ロストシードさん。その、黒い下級精霊さんは……?」
疑問よりも戸惑いが多く宿った問いかけに、そう言えば光と闇の精霊さんたちは少しばかり珍しい存在なのだと、遅まきながら思い出した。
「あぁ! こちらは小さな闇の精霊さんです!」
『ぼく、ちいさなやみのこ~!』
閃きに跳ねた声音での返答に、小さな闇の精霊さんも頭の上から眼前へと降りてきて、くるくると舞いながら自己紹介を紡ぐ。
その小さな可愛らしい黒の姿を前にして、ノイナさんは無言でまじまじと見つめ、アルさんはなぜか唖然としたような表情で『闇の精霊……』と呟いている。
はて? お二方共に、ずいぶんと驚いている様子だけれども、何もそこまで驚かなくとも……。
たしかにエルフの里の中で普通にちらちらと姿を見せてくれていた、水と風と土の精霊さんたちよりは珍しいのは事実ではあるが。
とは言え、この世界にはさまざまな属性の精霊さんたちが存在していることは、お二方もご存知だろうに。
自然と、小さな闇の精霊さんと顔を見合わせて首をかしげていると、気まずそうな咳払いが響いた。
はっと後ろを向くと、鍛冶部屋からこちらの広い部屋へと一歩足を入れた体勢で、微妙な表情をうかべているドバンスさんの栗色の瞳と視線が合う。
「……お前さんたち、もう出発の時間ではなかったかの」
「あっ!? そうだ時間になってたんだった!」
伸びたひげをゆらしながら紡がれたドバンスさんの言葉に、ノイナさんが声を上げる。
ご指摘の通り、宵の口の時間へと移り変わった時点で、約束の時間にはなっていた。
「――よし! 行くか」
「う、うん! 出発!!」
「えぇ、まいりましょう」
『しゅっぱ~~つ!!!!』
『お~~!!!』
さっぱりと何かをそこはかとなくあきらめたような表情で、口火を切ったアルさんの言葉に、ノイナさんに私、四色の精霊さんたちにアルさんのところの三色の精霊さんたちまでつづけて紡ぎ、一気に冒険への好奇心が広い部屋に満ちる。
ドバンスさんに見送られ、いよいよパーティーでの冒険の幕開けだと、【紡ぎ人】のクラン部屋から外へと踏み出し――さっそく移動を開始した。
まず向かうのは、アルさんご希望の錬金術の素材を採取できる、ダンジェの森。
通称は左の森と言うらしいのだと、道中アルさんのお話から学びを得つつ、石門を抜けてノンパル草原へと入り、そうそうにダンジェの森と対面する。
森に入る前にと、カバンから杖を取り出して握る新鮮な姿に、つい微笑みながらお二方を見つめていると、ふいにアルさんが口を開いた。
「実は左の森って、パルの街に来たばかりのシードリアが入り込むと、あっという間に神殿送りになるってことで、有名なんだよな~」
「そうそう。あたしも何度神殿で目が覚めたか……」
若干、苦手なものを見るような表情でそう呟いたアルさんに、ノイナさんが数回うなずきながら、げんなりとした表情で肯定を返す。
どこか哀愁ただようお二方の様子に、緑の瞳をまたたきながら、以前星の石への巡礼のため、多くの魔物を振り切りながらダンジェの森を駆け抜けた記憶が頭をよぎり、さもありなん、とうなずく。
「たしかに、多くの魔物に囲まれるような状態になりますと、一対一より格段に戦いかたに工夫が必要ですから、用心しないといけませんよね」
「だ、だよね! うん!」
「あ~~……まぁ、たしかに敵の数が多いと厄介なのは、事実だなぁ」
一対多数の戦闘の難しさは、ノイナさんもアルさんもやはり感じているらしい。
緊張が表情に表れているノイナさんは、かつての戦闘を思い出しているのだろう。
……ところで、なぜアルさんからは疑いの眼差しが向けられているのだろう?
「どうしました? アルさん」
「んや、やけに戦闘に詳しい発言だったから、ロストシードさんは集団戦も余裕なのかと思ってな」
「余裕、とまで豪語する自信はさすがにありませんが……」
私がどこまで戦えるのか、確認の意味も含んでいるのだろう会話に、少しだけ思案してつづきを言葉にする。
「少なくとも、今までの対複数戦では、戦略的撤退を選んだのは一度だけです。その際は、相手の魔物に対抗するための範囲魔法を習得していなかったため、いたしかたなく……。
ただ、その魔物との対戦以降は勝利を重ねておりますので、油断さえしなければおおよその魔物との戦闘では、勝てるのではないかと」
正直に告げた言葉に、アルさんの深緑の瞳がキラリと煌いた。
「ほ~う! なら、今回も戦闘面で期待してもいいか? 誘っておいてなんだが、実は俺もリーダーも、戦闘は得意とは口が裂けても言えなくてな」
「うっ! え、えへへ……」
期待と申し訳なさが含まれたアルさんの言葉と、それによって流れるように話題の渦中に引き込まれたノイナさんが、耳が痛いという表情をしたのち、なんとかそれを笑顔でとりつくろうのに対し、穏やかに微笑んでみせる。
「もちろん、かまいませんよ。お二方は主に生産職としてこの大地を楽しんでいらっしゃるのですから、戦闘時は戦いも楽しんでいる私が、お二方をお護りいたしますね!」
『まもる~~!!!!』
決意を秘めて紡いだ言葉に、小さな四色の精霊さんたちの元気な声が重なった。
勢いあまって、ぐっと握り込んでかかげた片手を下ろしながら、ぱっと華やいだお二方の喜びを宿した笑顔に、微笑みを返す。
「よろしく頼む! あんたがめちゃくちゃ強いのは知ってるから、期待は大きいぞぉ~!」
「せめて邪魔にだけはならないように、がんばるね!!」
「ええっと……アルさんのご期待に応えることができるよう励みつつ、ノイナさんをしっかりと護衛いたします、ね?」
「おう!」
「うん!!」
……若干、楽しそうなアルさんの発言の中に、なにやら気になる部分があったような気がしたものの、何はともあれお互いの戦闘面についての理解が深められたのは、良いことだ。
さぁ、重要な事項の確認が終わった後は、しっかりと集中して、戦場へ踏み込むとしよう!
――見やった明るい宵に染まるダンジェの森は、やはりどこかノンパル森林とは異なる、冷ややかな雰囲気をたたえていた。




