二百六話 歓談のち冒険の約束
問題なくフレンド登録を終えた後は、昼のあたたかな陽光が射し込む窓辺で、大きな机を囲んでの歓談がはじまった。
そう言えばと、この流れで少しばかり気になっていたことをノイナさんへと問いかける。
「そう言えば……ノイナさんは、どの生産職を?」
「あたしは、裁縫と細工を極めたいと思ってます!」
「おや、では細工についてのお話には、今後花を咲かせることができそうですね」
「ぜひぜひ! いっぱいお話しましょう!!」
笑顔で快活に紡ぐノイナさんに、こちらも微笑みを深めてうなずきを返す。
アルさんとは錬金術、ノイナさんとは細工について、互いに言葉を交わし合う時間がこれからあるのだと思うと、いっそうこのアトリエ【紡ぎ人】に参加できたことを嬉しく感じた。
「あ! ちなみに、あたしがアトリエのリーダーで……」
「一応、わしがサブリーダーだ」
「そうだったのですね! ノイナさんがリーダーなのだとは察しておりましたが、サブリーダーはドバンスさんでしたか」
「そうなんです!!」
「おう」
ノイナさんの思い出したように告げられた言葉に、ドバンスさんがつづいたことが少々意外で、つい緑の瞳をぱちりとまたたく。
「ノイナさんが、アトリエをつくるためにドバンスおじさんをさそって、それで【紡ぎ人】ができたのです! ナノがはいったのは、そのすぐあとなのです!」
「で、その次に俺が入ったって感じです」
『です~!!!』
「なるほど……!」
ナノさんの幼げな見た目以上にしっかりとした説明と、アルさんがつけ加えた言葉につづく、アルさんのところの小さな三色の精霊さんたちの言葉に、再度うなずきながら納得を口にする。
なごやかにつづく会話はとても心地好く、このような体験こそが多人数同時接続式ゲームの魅力なのだと、再確認をすることができた。
弾む歓談の中、自然な流れで、私には本来の口調でお話していただいてかまわないことと、私自身の丁寧な口調はロールプレイなので気にせずお楽しみください、と伝えることも忘れない。
実にさまざまな話題が語られる中で、アトリエ内については特に、岩の鍛冶部屋にこもることが多いドバンスさんは別として、他のお三方と私はこの広い部屋と木製の扉の先の小部屋で好きに作業をしていい、という点を頭の中にメモする。
そこから飛んだそれぞれの好きな食べ物は何か、という話題では、ノインさんとナノさんと私が甘いもの好き、アルさんとドバンスさんは甘いものが苦手なのだということを知り、これは今後の交友に活かせそうだと微笑む。
昼の陽光を木漏れ日のようにあびながら、しばし楽しくつづいた会話で、すっかりみなさん本来の口調を引き出すことにも成功した。
――とは言え、このように歓談をしていると、時間がすぎるのはずいぶんとはやいもので……。
「おっと、もうすぐリアルでは昼になるな」
「おや! もうそのようなお時間でしたか」
「はやいもんだよなぁ」
「えぇ……!」
アルさんが気づいてくださって良かったと、少しだけ安堵する。
なにせ午後からも、この大地での冒険が私たちを待っているのだから!
ふわりと微笑みを口元にうかべなおしていると、アルさんの視線が順にみなさんをなぞった。
「俺は飯食べに、一回ログアウトするが。みんなは?」
灰色の髪をさらりとゆらしての問いかけに、穏やかに返事を紡ぐ。
「私も、一度空に戻ろうかと」
「わぁ~! おしゃれな表現です!! ナノもお空にもどります!」
キラキラと、ガーネットのような瞳を煌かせたナノさんの楽しげな様子が、どことなくリリー師匠のようで、つい微笑みが深まった。
「なら、わしも戻るかの」
「みんな戻るなら、あたしも戻る! えっと、あたしは午後からもログインして、服作りのつづきするけど、みんなは?」
「俺も作業のつづきだな~」
「ナノももどってきますよ!」
「わしも」
流れるように追加されたノイナさんの問いかけに、少しだけ思案しながら言葉を紡いでいく。
「私も昼食後に戻ってまいりますが……その後の予定は、まだ決まっておりませんねぇ」
穏やかに語尾をにごすと、ぱっとこちらを振り向いたアルさんの、不思議と煌いているように見える深緑の瞳と視線が合った。
次いで、にやり、と少々怪しさを含めた笑みが、アルさんの口元にうかぶ。
「それなら、ロストシードさん。一緒に、素材収集に行かないか?」
「素材収集、ですか? えぇ、かまいませんが……」
「よっし! 言質は取った!」
突然の提案に、特に問題はないため了承を返すと、なにやら言質を取られてしまった。
鮮やかすぎる流れに小首をかしげていると、ノイナさんが机の上に軽く身を乗りあげて、不満の表情をうかべる。
「え~~!? ずるい! あたしも一緒に素材収集に行きたい!! っていうかアルさんさっき作業するって言ってた!」
「俺の作業はロストシードさんとの素材収集の後のほうが、むしろ効率が良いんだよ。って言うか、錬金術の素材だから、リーダーには必要ないだろ?」
「そ、それはそうだけど……!」
うぐぐ、とハンカチでも噛みはじめてしまいそうなノイナさんの様子に、思わず小さく笑みを零しながら提案を紡ぐ。
「ふふっ。では、ノイナさんが必要な素材も取りに行く、と言うのはいかがでしょう?」
「わ~~い! さんせ~~い!!」
「あ~、ロストシードさんがいいなら、俺に異議はない」
「やった~~!!」
両手を上げて喜ぶノイナさんと、ひょいっと肩をすくめながらもやわらかな笑顔で提案をのんでくださったアルさん。
このお二方と冒険ができるのだということに、自然と胸に高揚が満ちた。
「楽しんできてくださいです!」
「機会があれば、次はメンバー全員で行くのもいいかもしれんの」
「たしかに!」
「それはいいな」
「えぇ、ぜひお次はそういたしましょう!」
ナノさんの言葉にうなずきつつ、ドバンスさんの言葉にノイナさんとアルさんと一緒に名案だと笑む。
――と、ここでふと、あることが気になった。
たいしたことではないのだが、疑問をそのままアルさんとノイナさんへ、問いかけてみる。
「ところで……素材は、基本的なものならば職人ギルドで買えるとうかがったのですが。お二方が必要な素材は、何か特別なものなのですか?」
瞬間、サッと顔ごと二つの視線がそらされ、広い部屋に沈黙が満ちた。
やけににこにこな笑顔のナノさんと、静かに深々とため息を零すドバンスさんを見やり――どうやらたずねてはいけない内容だったらしいと、察する。
慌てて、訂正の言葉を紡ぐ。
「い、いえ、あの……先ほどの質問は、取り消します」
「おう! あんたやっぱりいい人だな!」
間髪入れず、素早くこちらを向いたアルさんが響かせた言葉に、うっかりなんとも表現しがたい表情になりかけ、かろうじて淡い微笑みに留める。
「そっ、それでは! 一次かいさ~~ん!! 一時間後にここに集合、でいい?」
「了解!」
「えぇ、分かりました」
若干残った微妙な空気を、ノイナさんがカラリと跳ねのけて、約束を交わす。
普段からそのままこのクラン部屋でログインとログアウトをしている、というみなさんの方法にあわせて、私も今回は木製の扉の奥の小部屋でログアウトすることに決めた。
丁寧にみなさんへご挨拶をおこない、一足先に小部屋の中へと入り込む。
大きな布やポーションの小瓶が置かれた机を眺めながら、そばの椅子に腰かけて今回は素早く各種魔法を解除して、小さな多色と水の精霊さんたちを見送り、四色の精霊さんたちともまたねを交わして――小声で、ログアウトを紡いだ。
※明日は、主人公とは別のプレイヤー視点の、
・幕間のお話
を投稿します。




