二百四話 アトリエ【紡ぎ人】
ノイナさんの上げた喜びの声が、朝の空と大通りに響いた直後。
ハッと気恥ずかしげに周囲を見回した彼女に微笑むと、ひとまずこっちへ、と職人ギルドに隣接する小さな家々の、その内の一つへと導かれた。
「ここは……?」
「あたしのアトリエの、クラン部屋です! あたしのアトリエに入った人や、参加している仲間の人達が招いた人が、集まれる空間ってかんじの場所ですね!」
「なるほど。素敵で便利な場所なのですね」
「そ~なんです!!」
素朴な問いかけに対し、分かりやすく説明をしてくれたノイナさんの笑顔に、こちらも微笑みながらうなずきを返す。
眼前に建つ小さめの木造の家は、少しだけ緑の蔦がはっていて、古めかしいわけではないのに不思議と懐かしさのようなものを感じる。
木製の扉には、楕円形の小さな看板がかけられており、そこには美しい字体で[アトリエ【紡ぎ人】]と書かれていた。
トンっと足を踏み出したノイナさんにつづいて、その扉との距離をつめる。
ぽいっと茶色のお下げを背に払ったノイナさんの手が、取手をつかみ――勢いよく、扉が開かれた。
「ようこそ!! アトリエ【紡ぎ人】へ!!」
想像以上に広く見える室内へと数歩入り、眩く笑ったノイナさんがそう歓迎の言葉を紡ぐ。
つむぎびと――【紡ぎ人】。
なんとも素敵なアトリエ名だと、思わず口角が上がった。
「お邪魔いたします」
『こんにちは~!!!!』
ノイナさんの歓迎に応えて室内へと踏み入ると、肩と頭の上でずっと静かに私とノイナさんのやりとりを見守ってくれていた、小さな四色の精霊さんたちもあいさつの声を上げる。
可愛らしいあいさつの声が室内に響くと、ノイナさんの後ろ側、窓が並ぶ右側の壁近くに置かれた、大きな机の前の椅子に腰かけていた小さな姿が、ふよっと床から少しだけ上の空中へと降り立って、小さな片手を上げた。
「こんにちは、なのです!」
幼げで可愛らしい声が、あいさつを返してくれる。
淡いピンク色の二枚一対の翅と、同じ色のふわふわとした長髪がゆれ、つぶらなガーネットのような色の瞳と視線が交わった。
翅と尖った耳をもつ妖精族の一種族、フェアリー族の、小さな女の子だ。
丁寧に返していただいたあいさつに、こちらも改めて優雅に、エルフ式の一礼をおこなう。
「こんにちは。はじめまして、私は」
「ちょおっと待ってくださいね!!」
つづけようとした名乗りを、慌てたような声音で響いたノイナさんの言葉で中断する。
どうしたのだろうかと、すぐ目の前で立つノイナさんに視線を向けると、コホン! と咳払いが一つ、広い部屋に小気味好く響いた。
「止めてしまってすみません! でも! 紹介はぜひともあたしにさせてください!!」
「え、えぇ、分かりました。よろしくお願い、いたします……?」
「まっかせてください!!」
にじりよる勢いで紡ぐノイナさんの圧に、疑問符を残しながらも、ご希望通り素直に紹介をお任せする。
普段自身で告げている言葉を、他のかたにたくすという貴重な機会ではあると思うので、私はかまわないのだが……。
なにやらこだわっている様子のノイナさんに、しかしそのこだわりの意味はまだ分からないため、思わず小首をかしげてしまった。
とたんに小さく響く、可愛らしい笑い声。
楽しげな声をたどり、ノイナさんの後ろにうかぶ、フェアリー族の女の子へと緑の瞳を向ける。
「ノイナさん、はりきっているのです!」
「いやぁ……えへへへ~!」
可愛らしく笑いながら告げたフェアリー族の女の子の言葉に、照れたように二本の編まれたお下げをにぎって笑うノイナさん。
一見するだけで仲良しだと分かるやりとりに、自然と頬がゆるみかけて、そっと微笑みの範囲に整える。
この家の中にいるということは、おそらくはフェアリー族の女の子も、アトリエに参加しているかた……あるいは、私と同じように招かれたかたなのだろう。
ノイナさんと会話に花を咲かせているところを見る限り、彼女の場合は参加しているメンバーのかたのほうだと感じる。
今の間にとサッと見回した広い部屋は、右側に大きな机とそれを囲む椅子、左側に棚と素材が置かれ、正面の奥の壁には木製の扉と、その隣の扉のない入り口から、石造りの小部屋が見えた。
その小部屋の奥から、なにやらチラチラと夕陽に似た色が見えるのが気になり、チラリと視線を注ぎ――思わず、緑の瞳を見開く。
驚いたことに、石造りの小部屋の中は、熱い鍛冶炉の熱が見える小さな鍛冶場で、炉の前には背もたれのない石の椅子に腰かけ、じっとその炉を見つめるドワーフ族の男性とおぼしき姿がある。
まさか続き部屋がある場所に鍛冶場があるとは予想していなかったため、一瞬火事を心配してしまった。
もちろん、ここがゲームの世界だということを考えれば、そのような心配は不要なのだろうけれども。
ふっと微笑みを口元に戻し、驚きながらも見慣れない新鮮なクラン部屋を眺め終える。
そろりとうかがったノイナさんの、薄い青緑の瞳と視線が合った。
「悪くない部屋だと思います!!」
「すてきなクラン部屋、なのです!」
そろって腰に両手を当て、えっへん! と胸をはったノイナさんとフェアリー族の女の子に、深くうなずきを返す。
「えぇ、とても素敵なお部屋だと思います」
『すてき~~!!!!』
微笑みと共に、本心からの言葉を精霊のみなさんと一緒に紡ぐと、満面の笑顔が二つ咲いた。
次いで、キラリと薄い青緑の瞳を煌かせたノイナさんが、くるりと私へ背を向け、片手をピンッと伸ばし上げる。
すぅっと大きく、息を吸う音が聴こえた、次の瞬間。
「は~~い! ちゅうも~~くっ!! 新しくアトリエに入ってくれた、かの高名なロストシードさんです!! 拍手~~!!」
部屋の奥に向かって、そう快活な声が響いた。
とたんに、ぱちぱちと小さな両手を打ち鳴らして、フェアリー族の女の子が拍手をし、石造りの小部屋からはドワーフ族の男性が重い足音と共にこちらの広い部屋へと入ってくる。
高名なってなんだろう、と思いながらも、ひとまず眼前に並んでくださったフェアリー族の女の子とドワーフ族の中年に見える男性へと、丁寧にエルフ式の一礼をおこなった。
「ご紹介にあずかりました、エルフ族のロストシードです。学んでいる生産職は、細工と錬金術です」
「ナノは、ナノです! フェアリー族で、お裁縫が得意なのです!」
「わしはドバンスだ。見ての通りドワーフで、鍛冶の腕を鍛えておる」
「お裁縫に鍛冶! 素敵ですね! ナノさん、ドバンスさん、どうぞよろしくお願いいたします」
「よろしくなのです!」
「おう、よろしくな」
フェアリー族の女の子ナノさんと、茶色のゆたかな波打つ長髪とたっぷりと伸びたひげ、それに栗色の瞳をもつ、少々いかつい面立ちの小柄でずんぐりむっくりな姿をした、ドワーフ族の男性ドバンスさんとなごやかにあいさつを交わす。
小さな四色の精霊さんたちも、ぽよぽよと肩と頭の上で楽しげに跳ねていて、この素敵な出逢いを喜んでいるようだ。
穏やかな雰囲気に微笑みを深めていると、ふいにノイナさんが動く。
「……で! 一番肝心な! ロストシードさんが興味をもってくれた! エルフの錬金術の先駆者な人は!!」
閉じられたままの木製の扉へとつかつかと歩みより、ノイナさんは遠慮なく、扉をあけ放つ。
「ちょっとアルさん! ロストシードさん参加してくれたよ! 今みんなであいさつしてるから来てよ~~!!」
「――はっ?」
部屋の中から、見事なまでに間の抜けた声が聞こえたような気がする。
そっと聞かなかったことにしていると、すぐに扉の奥の小部屋からひょこっと、険のない穏やかな顔がこちらをのぞいた。
刹那、思わずハッとして、小さく息をのむ。
肩を過ぎる長めの灰色の髪と、アード先生の瞳とよく似た深緑の瞳をもつその姿は、そう――初日と数日前、エルフの里の神殿内でお見かけした、あの青年だ!
のんびりとした、あるいは気の抜けたような動作で、こちらの部屋へと入ってきた青年は私を見やり、
「あ、本当に例の人だ」
『れいのひと~!!!』
と、開口一番に呟いた。
それも、彼の周囲でうく、小さな水と風と土の精霊さんまで一緒になって。
穏やかな深緑の瞳と視線を交わす緑の瞳を、ついぱちりとまたたく。
「……ええっと?」
反射的に疑問の声を返してしまったのは、仕方がないと思う。
……例の人、とは?
首をかしげると、ノイナさんに小さく肘で小突かれた青年が、にっと人好きのする笑みをうかべて、軽くひらりと片手を振った。
「や、失敬失敬。世迷言板で話してた影響で、つい。どうも、俺はアルって言います。一応これでも、エルフの錬金術の先駆者です」
つづいた穏やかなあいさつの言葉に、気を取り直して微笑む。
「はじめまして、アルさん。アード先生からお噂はかねがね。これから、どうぞよろしくお願いいたします」
「アードさんの噂のくだりが若干怖いんですが……まぁ、それは置いておくとして。こちらこそ、どうぞよろしく!」
お互いに笑顔を交し合うと、ノイナさんがどこか満足そうにうなずいた。
どうやら、これで無事すべてのメンバーとのあいさつができたらしい。
改めてアトリエ【紡ぎ人】のメンバーを見やり――ずいぶんと個性的なかたがたのお仲間入りを果たしたようだと、そう思った。




