二百三話 好奇を育む熱烈な勧誘
眩い朝の陽射しの下、唐突に投げかけられた勧誘の言葉に、まぬけな声を上げなかった自身を少し褒めたい気分だ。
かろうじて表情のほうも、驚いた、というていどに整えることができた……はず。
とは言え目下、一番気になる点は、なぜこのかたは私をアトリエに誘うのか、だ。
――試しに、基礎的な知識の会話からはじめてみよう。
真剣に、しかし薄い青緑の瞳は煌かせて、問いかけへの答えを待っているのだろう少女に、左手を右胸へと当て、軽く微笑みながらまずはと口を開く。
「改めまして、ロストシードと申します。あなたのお名前をうかがっても?」
ついでに小首をかしげると、まさしく今気づいたという表情で、少女が慌てて口を開いた。
「わーっ! すみません! あたし、ノイナって言います!!」
「ノイナさん、ですね。ええっと、アトリエと言いますと……」
「あっ!? そこからでしたか!?」
「一応、そこからお願いしても、よろしいでしょうか?」
「わっかりました!!」
私の問いかけとも言えない言葉に、それでも驚きから一転、少女……ノイナさんは、笑顔で説明をうけおってくれる。
商人ギルドの入り口から少しだけ横にずれて、大通りの端で横に並ぶと、そう言えばとノイナさんが首をかしげた。
「え~っと、アトリエについて話す前に、ギルドとパーティーとクランの違いについて、話したほうがいいです?」
「ぜひ、お願いいたします」
ノイナさんの親切な問いかけに、以前語り板で見かけた情報を思い出しつつ、素直にうなずきを返す。
それに笑顔でうなずきを返してくださった後、よどみのない口調で、ノイナさんが説明を紡ぎはじめた。
「まず、ギルドはこの商人ギルドや職人ギルド、それに冒険ギルドなんかがあって、ノンプレイヤーキャラクターが運営をしています! あたしたちプレイヤーは、お世話になってるって感じですね!」
「えぇ。たしかに、とてもお世話になっておりますね」
まさしく、ついさきほどお世話になった、隣に見える商人ギルドの扉をちらりと見やる。
「ですです! それで、残念ですけどプレイヤーはギルドをつくれなくて。かわりに、一時的に数人くらいで協力関係をむすぶパーティーっていうのと、長期的に結構大所帯で協力関係をむすぶ、クランっていう集団をつくれるんです!」
「なるほど。その辺りは、他のゲームでも馴染みのある表現ですね」
実際に、他のゲームでも幾度となく聞き、自らもそのような形で協力関係をむすんだ記憶がよみがえり、思わず微笑みが深まった。
ノイナさんも思い出すものがあったのか、笑顔で数回うなずき、次いでハッと薄い青緑の瞳を銀の丸メガネの奥で見開く。
「――あ! このクランって呼び方は、プレイヤーが勝手にそう呼んでるだけなんですけど!」
慌てて付け足された説明に、記憶の中の情報と照らし合わせて、うなずきを返す。
「えぇ。たしか、ギルドと区別するために、総称でクランと呼んでいるのでしたか」
「そうなんです! クランって呼ばれているものは、ホントは四つに分けられてて! それぞれ、レギオン、キャラバン、サロン、そしてアトリエ、なんです!」
「なるほど」
再度うなずきを返しながら、ひとまずさいわいにも語り板で収集した情報と、実際にアトリエをつくったのだろうノイナさんの説明とで、差異がないことに安心する。
「他の三つはちょっと置いておいて、アトリエのことを簡単に説明しますね!」
「はい、お願いいたします」
ピッと人差し指を立てたノイナさんの言葉に、笑顔を返す。
他の三つに関しても、また学ぶ機会や話題にする機会が、いずれあることだろう。
今回は、アトリエについての学びを、深めるとしよう。
コホン! と気合いの入った咳払いを一つ響かせ、ノイナさんがアトリエについての説明をはじめる。
「アトリエは、主に生産系の技術を上げることを目的として活動する、いわゆる生産系のんびりプレイヤーの集団って思っていただければ! 活動内容は基本的に、おたがいの得意な生産技術を評価し合ったり、一緒に素材収集に出かけたり、技術について相談したりって感じです!」
「ほう。たしかにそのような活動内容でしたら、生産職を楽しんでいるかたがたにとっては、魅力的なクランと言えますね」
「そのと~りなんです!! もうホント、仲間の存在って偉大で!!」
「ふふっ、想像はできますよ」
力説するノイナさんの快活さが、微笑ましい。
思わず笑みを零しつつ、そう言えばと、職人ギルドの鑑定士ベルさんが以前伝えてくださった説明を思い出す。
たしかその説明の中に、知り合いの職人ができたり、アトリエに入ったりすることで、物々交換や素材収集時の協力関係が築ける、というものもあったはずだ。
つまるところ、生産職として細工技術と錬金技術をたしなんでいる身としては、アトリエの参加自体はむしろオススメをされるような出来事だ、と。
それに、いわゆるクランには複数参加が可能だと、公式の情報に書かれていたため、一つにしぼらなければ、と悩む必要もない。
――さて、では今回のお誘いは、どうしたものか。
ひと通りの説明を終え、一度口を閉じたノイナさんに対し、穏やかな微笑みはたやさず、軽く腕を組みながら片手を口元へそえて、ふむと悩む。
私は、基本的には単独でゲームを楽しむ……いわゆる、ソロプレイヤーとしてゲームを遊ぶことが多い。
とは言え、礼儀正しくすごし、穏やかな人柄でロールプレイを楽しんでいる場合は、ゲーム友達、俗にいうフレンドとなってくれる他のプレイヤーのかたもいた上、パーティーを組むことや、それこそクランのようなものに所属したこともある。
そのため、このような他のプレイヤーのかたがたと共に遊ぶ楽しさというものも、充分理解はしている、と言えるだろう。
ただ……この【シードリアテイル】という没入ゲームはまだ、サービス開始から九日しか経過していない、本当に真新しいゲームだ。
当然ながら、これから遊んでいく中で、問題や困りごとが一つも出てこないとは、思えない。
それはもちろん、クランにも言えることで――端的に言ってしまうと、まだ不安があった。
そもそも、眼前のノイナさんの誠実さと熱意は伝わってくるが、一方で肝心なことをまだ確認できていない。
……なぜ、私を勧誘したのか、を。
石畳の地面へと落としていた視線を上げ、薄い青緑の瞳へと注ぎ、直球かつ端的に問う。
「なぜ、私をお誘いしてくださるのでしょう?」
果たして――ぱちりと丸メガネの奥の大きな瞳をまたたいたノイナさんは、実にイイ笑顔をうかべ、
「アトリエに入ってくれてるフレさんから、ロストシードさんがすごい錬金技術を持ってるってきいたので! もう一周回って、誘わない手はないなって思いました!!」
そう、屈託なく答えてくださった。
……想像以上の、なかなかにシンプルな勧誘理由だった。
そう、人はそれを――好奇心と呼ぶ。
「な、なるほど……」
言葉を返しながら、思わず小さく苦笑してしまったのは、許していただきたい。
そこはかとなく、しかしどうしても、好奇心に関しては親近感を覚えてしまう。
それと同時に、私の錬金技術について知っているらしいアトリエのお仲間さんに、興味が湧いた。
いったい、どのような過程で私のことを知ったのだろう?
つい軽く首をかしげていると、ノイナさんが「――実は」と、なにやら意味深長な声音でつづける。
「そのフレさんは、エルフの錬金術の先駆者なんです!」
えっへん! と腰に手を当てて胸を張ったノイナさんに、思わず緑の瞳を見開く。
そのかたは……もしかしなくとも、以前アード先生のお店で見かけた、私の物とは異なる特製ポーションの製作者の、かの先達のかたでは!?
おそらくも何も、正解だろう閃きに、うっかり表情が華やいだのを自覚する。
かの偉大なる先達のかたが、今回お誘いいただいているアトリエにいらっしゃるという点は、非常に同じ錬金術師として心強い。
ついでに言えば、ぜひともお話をしてみたいとも、思う。
――ここにきて、不安よりも好奇心が上回った。
であるならば、もう迷う必要は、ない!
「いろいろきけますし、話も合うと思いますよ! 他の技術を習得している人達もいますよ!!」
キラキラと薄い青緑の瞳を煌かせて、なおもお誘いの言葉を熱意と共に伝えてくださる眼前のノイナさんへと、再度左手を右胸に当てて優雅に微笑み――穏やかに、答えを紡ぐ。
「えぇ。お誘い、とても嬉しいです。――喜んで、参加させていただきます」
「やっったぁ~~!!!」
瞬間、晴れやかな朝の空と大通りに、ノイナさんの歓喜が響いたのだった。




