二百一話 夜明け色のパルの街
小さな光の精霊さんをお迎えして、他の神々へもしっかりとお祈りをしたのち、入り口に注ぐ夜明けの薄青の光に導かれて、神殿から大通りへと出る。
昨日はちょうど、この夜明けの時間が空へ帰る時間と重なっていたため、今回ようやく夜明けの時間のパルの街を見ることができた。
「あぁ……やはり、夜明けの時間は美しいですね」
『うつくしい~!!!!!』
見上げた空を見つめ、思わず呟きを零すと、小さな五色の精霊さんたちも嬉しげに同意を響かせてくれる。
藍色を残し薄明をまとう青の夜明けの空は、やはりいっとう美しい。
そこから視線を下げると、石造りの家々の色とりどりの屋根を、薄青の光が照らし煌く、眩く鮮やかな街並みが緑の瞳に映る。
朝とも夜とも異なる、夜明けの時間ならではの光景に、ほぅと感嘆の吐息が零れた。
通行の邪魔にならないよう、大通りの端により、美しい街並みに魅入られるように、ゆっくりと視線を巡らせて夜明け色に染まるパルの街を眺める。
行き交う人々の頭上に等しく降る薄青の光、ギルドの建物と神殿との間にある小さな噴水の水と薄青を混ぜた輝き。
その噴水のそばで、いつもお見かけする緑のローブを着た吟遊詩人の女性が、夜明けの光をまとわせるかのように、丁寧に竪琴を磨いていた。
あの竪琴の音色と吟遊詩人さん自身の歌声が響くのは、きっと朝の時間に移り変わった後だろう。
ふわりとうかんだ微笑みをそのままに、今度は中央の噴水広場のほうへ、足を踏み出す。
靴音を小さく鳴らしながら石畳の道を進んでいると、時折行き交うシードリアとおぼしきエルフ族やフェアリー族のかたがたから、なにやら視線を向けられているように感じる。
理由は……おそらく、小さな光と闇の精霊さんが、珍しいのだろう。
――この二体の精霊さんたちも、とても可愛らしいでしょう?
そう思いながら微笑みを重ね、大通りをゆっくりと歩んで行くと、夜明けの光に煌く大きな噴水の水飛沫が視界に入った。
そのまま広場の中へ入り、周囲を見回してみる。
すでに、幾つかの屋台の組み立ては終わっており、朝の手前の時間だというのに、商売のための準備をはじめている店主さんたちがいた。
忙しなく準備を進める姿は、実に生き生きとしていて、つい微笑みが深まる。
その様子を失礼にならないていどに眺めながら、ゆったりと広場を横切り、今度は石門につながる大通りの石畳を鳴らす。
両側に並び立つお店の通りでは、薄青を反射する窓の奥、開店準備をしているのだろう人々が、店内で慌ただしく動いている姿が見えた。
あまり意識していなかったため、今の今まで気にならなかったが……もしかするとエルフの里でも、お店の店主をしていたノンプレイヤーキャラクターのみなさんは、この夜明けの時間から準備をしていたのかもしれない。
そのように考えながらお店の通りをすぎると、お次は宿屋の通りが見えてきた。
「これはまた……」
なんとも、見慣れた光景に見えますねぇ――と、つづきは心の中で呟く。
先日からお世話になっている宿屋、まどろみのとまり木が緑の瞳に映った瞬間、思わず声が出てしまった。
夜明けの光に照らされた蔓造りの宿屋をつと見上げると、反射的に懐かしさが胸に湧き上がる。
本当にこの場所だけは、まるでエルフの里に戻って来たかのように感じるのだから、なんとも不思議なものだ。
まさに……外観は偉大なり。
妖精族御用達だと、以前語ってくださっていた女将さんの言葉を思い出して、思わず誰にともなくうなずく。
ひとしきりまどろみのとまり木を眺めた後は、今度こそ石門へと足を進める。
門番さんと会釈を交わし合い、ノンパル草原へと出ると、これまた美しい光景に軽く息をのんだ。
『よあけのそうげん、きれい~!!』
『かぜにそよそよ、きらきら!!』
『しょくぶつのみんなも、きれい~!!』
『よあけのひかり、きらきら!!』
『よあけのいろ、きれい~!!』
肩と頭の上で、口々にそう歓声を上げる小さな五色の精霊さんたちに、力強いうなずきを返して口を開く。
「本当に、街中もそうでしたが、ノンパル草原もこの夜明けの時間ですと、格別に綺麗に見えますね!」
『うんっ!!!!!』
キラキラと緑の瞳を煌かせるような、高揚に満ちた声音で精霊のみなさんと言葉を交わした後は、薄青の光に照らされた緑広がる草原へとただただ視線を注いだ。
遠くで、戦闘をおこなうシードリアのかたがたの姿も、この時間ではいっそう幻想的に見えて、口角が上がる。
彼方に向けていた視線を、ゆっくりと近くへと戻してくると、白香草がその細くとがった白い葉を緑の草のすきまからのぞかせていたので、もののついでにと近寄って丁寧に採取をしておく。
数本の白香草を採取して、カバンに収納したのち、石門の横の高い塀へとそっと背中をあずけ、まったりと美しい景色を堪能する。
神秘的な夜明けの光に彩られた、風が吹き抜けるノンパル草原を見つめることに、そう簡単にあきるはずもなく――美しい景色の鑑賞は、結局朝になるまでつづいたのだった。




