二百話 技神様へ捧ぐ《祈り》
気持ちがはやるように、目が覚める。
一瞬で眠りを振り払った朝の目覚めに、どうやら今日も【シードリアテイル】で遊ぶ時間が、待ち遠しくて仕方がなかったのだと気づき、我ながら幼子のようだと小さく笑う。
日課の散歩をして、朝食を食べ、サービス開始から九日目になるゲーム世界へと、ログイン!
『おかえりしーどりあ~~!!!!』
「ただいま戻りました、みなさん」
胸元で跳ねる水と風と土と闇の、小さな精霊さんたちにあいさつを返して、微笑みながら身を起こす。
二度目ともなれば、蔓のハンモックのゆれにも驚きはしない。
むしろ、このゆらりゆらりとした感覚と共に、心が躍るほどだ。
上品に床へと降り立ち、窓を見やると、外はすっかり夜の時間の暗さをまとっている。
さらりといつもの精霊魔法とオリジナル魔法を展開し、小さな多色と水の精霊さんたちに《隠蔽 三》でかくれんぼをしてもらって、準備は完了。
はじまりの地であるエルフの里の次の地、このパルの街に来たからには、昨日の新鮮さを忘れず、今まで以上に全力で楽しむとしよう!
「それでは! まずは神殿へ!」
『しゅっぱ~~つ!!!!』
声音を弾ませて告げた方針に、精霊のみなさんが肩と頭の上から飛び上がり、出発の声を響かせる。
自然とうかんだ微笑みをそのままに、お宿から出て大通りを進んで行くと、夜にも白亜が鮮やかな神殿には、すぐにたどり着いた。
踏み入った神殿内は、神官さんたちがお勤めを終えた時間ということもあり、陽光が射す時間と比べるとすっかり人の姿が減っている。
それでも、シードリアであろうかたがたが頻回に出入りしている様子は、すべての種族が集うパルの街の、総人口の多さを感じた。
その違いさえ楽しみながら、今日はまず一柱の神様へお祈りをするべく、出入り口からほど近い巨大な像へと歩みよる。
見上げた姿は、肩口で整えられた癖のない髪からのぞく、人間族と同じ丸耳をもった、中性的な美貌の性別不祥な神様。
――人間族の始祖であり、細工や錬金などの技術面をつかさどっている、技神様だ。
今まで、装飾品やポーションの製作で多少悩ましい場面があっても、さいわいなことにすべて乗り越えることができていた結果……すっかり、技神様にお祈りを捧げる機会がないまま、このパルの街まで来てしまった。
しかし、それも必ずしも悪いことではない、とも思う。
記憶から引き出すのは、クインさんが読んでいるあの特別な本に書かれていた、パルの街にかけられている、加護のこと。
そう、このパルの街には、技神様が与えた技術系のスキルや魔法の習得率向上と、熟練度が向上しやすいという加護があるのだ!
であれば――これを活用しない手はないだろう!
パルの街は、まさしく技神様へお祈りを捧げるのに最適な場所であり、同時に技術面を磨くのにふさわしい場所だと言える。
……ということで、今回は技神様のお祈り部屋にて、お祈りとついでに売り物用の装飾品やポーションを製作することに決めた!
ふっと微笑みを深め、近くの壁に並ぶ祈りの間の扉を開き、中へ。
白亜の小部屋の中には、私よりも背丈の低い技神様の真白の神像が静かに鎮座していた。
見慣れた長椅子に腰かけ、さっそくスキル《祈り》を発動。
はじめましてのご挨拶と共に、日々細工技術や錬金技術などを問題なく発揮できていることへの、感謝の念を捧ぐ。
すると、唐突にしゃらんと美しい音が鳴った。
はっと閉じていた緑の瞳を見開き、見つめた前方の空中には、[《技能向上 二》]という文字が光っている。
「ええっと……一を習得する前に、二を習得してしまったようですね」
『にだ~~!?!?』
困惑を宿した声音で呟き、精霊のみなさんの驚いた声音も聴きながら、光る文字がとけて身体へと吸い込まれる前に、もう一度瞳を閉じてから、それを開いて見てみた。
――やはり、数字は変わらない。
ぱちりと緑の瞳をまたたき、組んでいた両の手をほどきながら灰色の石盤を開く。
スキル一覧の中に新しく光る文字を見やり、つい説明文を読み上げた。
「[《技能向上 一》の昇格により習得。学びを得たことのあるすべての技術に関する技能が、向上する。常時発動型スキル]……いえ、その一をそもそも、習得していなかったように思うのですが」
『あれぇ~~????』
小さな四色の精霊さんたちと共に石盤を見つめ、首をかしげる。
これは、もしかすると、アレかもしれない。
細工技術や錬金技術を学び、一定以上の技術を習得しているにもかかわらず、技神様への《祈り》をまだおこなっていなかったがゆえの、結果……なのでは?
閃いた推測に、すっと息を吸い込む。
両の手を再びお祈りのポーズに組み、そろりと頭を下げて、口を開く。
「――お祈りが遅くなり、たいへん失礼いたしました!」
これは失敬をしてしまったと、素直に反省する。
やはり、日々成すことに関りのある神々へのお祈りは、しっかりとおこなったほうが良いということだと、改めて学びを得た。
しばし強く謝意を念じた後、ようやくここで装飾品とポーションをつくらせていただきたい、という旨を伝えて、両の手をほどく。
反省は必ず次に活かすと決意をして、気持ちを切り替える。
集中を必須とする技術をあつかう作業を、その技術をつかさどる神様のお祈り部屋でおこなうのだ。
ぜひとも、今私自身が持つ技術の全力を、素晴らしいスキルを授けてくださった技神様にも見ていただきたい!
「さぁ、それでは! 装飾品とポーションづくりを、はじめましょう!」
『さぎょう、かいし~~!!!!』
息ぴったりの精霊さんたちの声かけに、商品づくりを開始する。
リリー師匠から餞別としていただいた装飾品の素材や、アード先生にいただいたポーションを入れる小瓶が、製作時にさっそく役に立ってくれた。
ありがたさをかみしめながら、集中して《同調魔力操作》を使い、魔導晶石や銀の塊を手元にうかせて混ぜ合わせたり、各種ポーションを空中で製作したりといった作業を繰り返す。
ひと通り十分な量を製作して、改めて技神様へと感謝の《祈り》を捧げ、お祈り部屋を出た頃には、すっかり夜から深夜の時間さえ過ぎ――美しい夜明けの光が、神殿の入り口へと射し込んでいた。




