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一話 創世の女神はかく語りき

 



 しゃららら……と響く美しい効果音と共に、瞳を開く。

 目の前に広がっているのは、いつかどこかで見た雲ひとつない蒼穹。

 ふと足元にあたるだろう場所を見下ろすと、足は無かったがその先に白雲があった。

 ふわふわとして、とても美味しそう、などと思ったあたりで、透明な身体がうかぶ前方の空間に前触れなく変化が起こる。


『ようこそ、わたくしの世界へ』


 あの動画広告で聴いた、たおやかな女声。

 ふわりと目の前に降臨したのは、陽光を受けた金糸のように煌きたゆたう金の髪に、この広がる空と同じ色の瞳を持った、慈愛の微笑みを浮かべる美女。

 その後光をまとうあまりの神々しさに、思わず感嘆の声を上げかけ、寸でのところで感覚だけの口を閉じた。かわりに、まだ作成していないために透明なばかりの身体ではあるが、反射的にお辞儀をする。

 すると、とたんに柔和な美貌が慈しみの笑みを深めた。

 昨今の没入ゲームでは、ゲーム内のキャラクターがプレイヤーの言動に対し、まるで本物の人間のように応ずることは、そう珍しいことではない。

 とは言え、ここまで自然な反応があるということに、少なからず今後のゲーム体験への期待がうずく。

 動画広告を一目見た時から心に生まれた淡い好奇心は、すでに確かなものへと変わりつつあった。


『あなたはわたくしの愛し子、シードリア。異なる世界から魂をわたくしのもとへと移し、わたくしの世界で新たな人生をはじめる者』


 そう、どこか心に染みわたるあのたおやかな女声が告げた瞬間、足下にあった白雲が歪み、地上の様子が鮮やかに映し出された。

 目に眩い景色と共に、優しくこのゲームのはじまりが語られていく。


『わたくしの世界は、あなたにとって大いなる自由と挑戦、歓喜と試練、幸福と謎に満ちあふれていることでしょう。

 新たなるあなたの姿を定めたのち、あなたは大地で目醒めます。その大地の上で存分に知り、学び、遊び、新たな生を謳歌することこそが、あなたに唯一、わたくしが定めた運命です。

 ……しかし時には、乗り越えられないほどの困難にもまた、立ち向かわねばなりません』


 けれど、と言葉はつづく。

 私の心を揺さぶる、好奇心を深めるかのように。


『けれど、愛し子よ。あなたはその心をたずさえて、困難を切り開く力を必ず手にします。魔物を滅し、命を救い、あなたの明日を紡ぐ力を。

 忘れないでください――あなたが、創世の女神たるわたくしの愛し子であることを』


 そう、たおやかな女声が未来を語る。

 私たちすべてのプレイヤーがたどる、その輝かしい未来を。

 足下の光景は今まさに、巨大な闇色の人型に見える魔物に対峙し、剣で斬り込み、矢を放ち、魔法を撃つ戦闘場面が映し出されている。

 いまだ形のない、しかし感覚として存在する自らの口元が、笑むのが分かった。

 私はまさに、このような好奇心を刺激されるゲームがしてみたいと思っていたのだと、遅まきながら理解する。

 語られた内容だけでは、ありふれたゲームのはじまりと大した違いはない。

 優しく微笑む美女の正体さえ、事前に軽く収集した情報からすぐに見当がついていた。いわゆるこのゲームの看板キャラクターである、創世の女神様だろうと。

 けれど、それでもいいのだ。ありふれていること自体など、問題にはならない。

 鮮やかな空と大地の景色、耳に心地よく響く音楽とたおやかな女声の語り、そして幻想的でロマンあふれるゲーム体験の示唆。

 私が何かをはじめる上で、ことさらゲームなどの娯楽をはじめる際に大切にしていることは、たったひとつだけ――この心がひかれるか否か、ただそれだけ。

 そして私の心をつかんだものは、なにも完全五感体験型という新しい要素だけではなかったのだ。

 忘れないでください、と紡がれた先の言葉は違えども。

 私の心が、ゲームで遊ぶための大前提を思い出し、好奇心で満たされたのはたしかな事実であった。


「はい、女神様!」


 好奇心からはじまった楽しさを胸に満たし、思わずそう声を上げた私に、創世の女神様はまたその笑みを愛しげに深めたのだった。


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