百九十七話 相手にとって不足なし!
※戦闘描写あり!
新しい銅色プレートの依頼を受け、冒険者ギルドを出ると、パルの街並みはすっかり夕陽に照らされていた。
橙色の眩さに緑の瞳を細めながら、大通りに踏み入り石門へと向かう。
小さな噴水のそばで奏でられる、吟遊詩人さんの歌声と竪琴の音色に耳を傾け、中央の噴水広場の屋台に視線を奪われながらも、お店と宿屋が並ぶ大通りを抜けて石門へ。
門番さんに軽くあいさつをしてから石門をくぐると、夕陽が注ぐノンパル草原では多くのシードリアとおぼしきかたがたが、グラスホースやグラスパンサーとの戦闘を繰り広げている様子が見えた。
「他のかたの戦闘をお邪魔しないように気をつけながら、私たちはノンパル森林へ向かいましょう」
『はぁ~い!!!!』
小声で小さな四色の精霊さんたちへと伝えると、どことなくやる気に満ちた、元気な返事が響く。
どうやら、精霊のみなさんは、もうすっかり戦闘前の心構えができているらしい。
これは、私も後れをとるわけにはいかないというもの……!
小さく不敵な笑みを口元にうかべ、軽やかに地を蹴る。
他のシードリアのかたがたと魔物たちを避けながら、素早く草原を駆け、ノンパル森林が目前に迫った――その時。
ハッと息をのみ、同時に優雅さを損なわないていどに急停止する。
前方の、ちょうど草原と森林との境になる場所に……いやにはっきりと、《存在感知》が反応した。
軽く後方へと下がりながらチラリと視線だけで見回し、周囲にいた数人のシードリアのかたがたも、前方を注視していることを確認する。
……これはもしかすると、少々厄介なことになるかもしれない。
どのようなゲーム、あるいは場面でも言えることではあるが、複数人が同じ目標を狙った際に起こる問題事というものは、残念ながら厄介な状況になることが多いのだ。
反射的に苦笑をうかべかけて、穏やかな微笑みにとりつくろう。
もし、残念ながらいさかいになる可能性があるのであれば、迷わず魔物を振り切って森林の中に入ろう、と密やかに決意をしつつも、前方からじりじりと近づいてくるまだ姿の見えない魔物に意識を向ける。
強めの風がザァ――と草原を吹き抜け、周囲にすっかり緊張感が満ちた頃。
タッと軽く大地を蹴る音と共に、空中へと飛び上がった魔物の動作で、ようやくその姿を見ることができた。
――グラスパンサーの、特殊個体だ!
ほぼ同時に、身体魔法〈瞬間加速 一〉を発動させながら地を蹴り、前方へと移動して空中落下をしてくる敵からの攻撃を回避。
振り向きざまに周囲を見やると、空から音もなく着地した巨大な豹の魔物に対し、他のシードリアのかたがたは……初撃を入れるでもなく、一様に慌てたように石門のほうへと走って逃げていく。
「ええっと……?」
思わず零した戸惑いの声に、グラスパンサーの特殊個体――銀の毛並みに濃い緑の斑点を散らした、グラスパンサーより一回りほど大きな巨躯の魔物が、ギロリと赫い炯眼でこちらを睨みつけてくる。
とたんに、察した。
おそらくこの魔物は、他のシードリアのかたがたが相手取るには、少々強すぎる魔物なのだと。
うっかり失念していた。
……特殊個体は、極めて強い力を持つ魔物なのだと言うことを。
しかし、だからと言って、この状況で引き下がるという選択肢を選ぶつもりはない。
フッと口元にうかんだのは、戦闘時ならではの不敵な笑み。
そう、私にとっては――相手にとって不足はない!
『グルルッ!』
「〈ローウェル〉!」
ザッと体勢をこちらへと向け直した魔物に対し、凛と魔法名を宣言。
薄い暗闇が巨躯にまとわりつき、この魔物が本来有するあらゆる力をすこし下げる、デバフを付与する。
まずはと取った先手に次いで、太いその脚が地を蹴る前にと、〈オリジナル:迅速なる雷光の一閃〉を発動。
空中を奔った紫色の雷が、緑の斑点を散らす銀色の巨躯に見事に突き刺さり、バリィと音を立ててその身に小さな雷光を明滅させる。
これで、眼前の魔物にはデバフの上に麻痺状態が加わった。
本来の強さを抑え、なおかつ麻痺により動きを阻害することで、こちらが有利な状況へと整える――上手く相成った状況に、思わず不敵な笑みが深まる。
とは言え、あいにくと気を抜いていい相手では、ないようだ。
『グ、ルゥウッ!』
麻痺に動きを止められながらも、タンッと地を蹴ったその巨躯が眼前に迫る。
なおもくらいついてくる魔物の牙を、左腕を前方へ突き出すことで、手首で煌く風護りの銀輪に付与していた、風の盾を発動させて防ぐ。
その際の一瞬、風の盾にはばまれた巨躯が、空中で無防備になった。
あぁ――今の状態を利用しない手は、ない!
伸ばした左手の中指で、青く煌めく氷柱降らしの指輪が光る。
瞬間、魔物の巨躯へと、巨大な氷柱が突き立った。
『グルウウウ!?』
驚愕と怒りを宿したうなり声を上げる魔物を見やり、トンっと軽やかに後方へと飛び距離をとる。
冷たい氷柱が刺さったはずの巨躯は、しかしそれでも地面には倒れない。
ならば、とトドメ……もとい仕上げとして、手飾りがゆれる右手をかかげる。
刹那に発動させた〈オリジナル:風まとう水渦の裂断〉により、すぐ近くの空中に出現した円盤状の水の渦は、計七つ。
夕陽に照らされ、涼しさと共に美しくうかぶ水の渦に、ふわりと微笑む。
そうして、サッと右手を払った。
第二段階へと移った水の渦は、七つがそれぞれの軌道を空中に描きながら巨躯へと迫り、緑と銀色の毛並みをなぞる。
一拍ののち――リンゴーンと鳴り響くレベルアップの鐘の音をたずさえて、グラスパンサーの特殊個体は緑と銀の混ざり合うつむじ風となってかき消えた。
『だいしょ~り~!!!!』
「えぇ、勝てましたねぇ」
ぴたりとくっついていた肩と頭から眼前へと出てきた、小さな四色の精霊さんたちがくるくると舞いながら勝利を宣言してくれる。
その可愛らしさに笑みを深めながら、穏やかにうなずき言葉を返す。
特殊個体との戦闘は二度目だが、我ながら充分的確な戦い方ができたと思う。
とは言え、あまりにも唐突かつ強力な個体との戦闘だったため、戦闘時に試そうと思っていた、魔法書から習得した新しいオリジナル魔法を試せなかったことは残念だった。
次の戦闘時には、必ずお試しをしよう!
小さく意気込みながらも、足は先ほどの特殊個体が落とした素材の元へと歩みよる。
草の上に落ちていたのは、大きめの銀と緑の魔石と、緑の斑点を散らした艶やかな銀色の毛皮。
「おや、さすがにレアな魔物の魔石は大きいですね。それに、この毛皮……とても触り心地が好いです!」
二つの魔石はともかくとして、毛皮はなんとも心地好い手触りで、ついつい頬がゆるみそうになる。
しかし、一応ここはノンパル草原と言う名の、戦闘フィールドだ。
あまりのんきにしていてはいけない、と気を引きしめ直し、ゆるみそうな頬をなんとか微笑みに整える。
魔石と毛皮を一緒にカバンへと入れると、戦闘に備えて素早く、左手にはめた青の指輪へと〈オリジナル:降り落ちし鋭き氷柱の付与〉を再付与。
その後、後方に広がる目的地、ノンパル森林へと足を進めながら、灰色の石盤を開いた。
レベルアップを示す鐘の音の通り、確認したレベルは三十一から三十四へと上がっている。
さすがは特殊個体――その豊富な経験値による大幅レベルアップには、感謝を捧げよう!