百九十六話 銅色プレートは唐突に
昼のあたたかな陽光を浴びて、裏路地、そして書館の通りから、中央の噴水広場へと戻る。
さらに帰路となる大通りへと足を進めながら、前回深夜の時間であったために保留となった、ノクスティッラの採取依頼の報告をするべく、冒険者ギルドへと向かう。
雨でぬれたはずの石畳が、あっという間に乾いていく不思議さを体験しつつ、たどり着いた冒険者ギルドの扉を押し開くと、とたんににぎやかさが耳をうった。
大通りと同じく、冒険者ギルドもまた、変わらない人気が室内にいる人数に表れている。
そのにぎやかさに微笑みながら、先に左側の壁に貼られてある依頼紙を確認して、予想通り銅色のプレートの範囲に貼られていた、水のツインゼリズの討伐依頼の紙をはぎ取った。
これをノクスティッラの採取依頼と共に裏技で報告すると、一石二鳥で報酬がもらえるだろう、というささやかな企みを胸に、伸びる列の一つへと並ぶ。
のんびりと前へと進みながら、前方の受付で忙しなく対応するシルアさんの、真っ白でふわふわな兎耳がぱたりと動く様子を見ては、思わず微笑みを深めるのを繰り返す。
もしいつか……機会ができたその時には、獣人のかたのお耳や尻尾のふわふわを、ぜひとも堪能してみたいものだ。
想像して、ふふ、と軽く笑みを零していると、突然小さな四色の精霊さんたちが、肩と頭の上でコロコロと器用に転がりはじめる。
何かを察したらしいその様子の可愛らしさに、満面の笑みのまま、指先でみなさんを順に撫でていくと、コロコロが止まった。
どこか満足気な雰囲気を放つ精霊のみなさんには、もちろん獣人のかたのお耳や尻尾より、みなさんのことが大好きな私の気持ちが、しっかりと伝わったらしい。
精霊のみなさんの愛らしさに自然と癒しを得ている間に、列は前へ前へと進み、ようやくシルアさんの前へとたどり着いた。
紺の瞳と、ぱちっと視線が合う。
『おまたせしました~! こんにちは! ノクスティッラの採取のご依頼は……大丈夫でしたか?』
「こんにちは。はい、さいわいにも、問題なく採取出来ました」
あいさつの後、心配そうな表情で紡がれた問いかけに、穏やかにうなずいてカバンから依頼紙と三本の小瓶を取り出し、カウンターの上に置く。
瞬間、シルアさんの紺の瞳が、キラキラと煌いた。
『わぁ~! 良かったです!! 数日に分ける冒険者のかたも少なくないので……!』
「そう、でしたか」
あまりにも想像がたやすい内容に、うっかり返す言葉がつまる。
数日に分けるほど時間を要するということは、つまるところあの雫が落ちてくるのをひたすらに待つ、という方法で採取しているのではないだろうか?
であれば……やはり《同調魔力操作》を使い、作業時間を短くできた私は、きっと本当に効率の良い採取方法を思いつくことに成功していたのだろう。
心底、あの時名案を閃いて良かったと思った。
『それでは、報酬のほうを……』
「あぁ、併せてこちらの依頼も、お願いできますか?」
『……はい! お任せください!』
慣れた様子で報酬を確認して取り出そうとするシルアさんに、併せて完了の処理をしていただこうと、水のツインゼリズの討伐依頼が書かれた紙と証明部位のぷるぷるとした謎の球体をカウンターに置く。
一瞬、どことなく戸惑うような表情になったシルアさんは、しかし次の瞬間には晴れやかな笑顔でうなずいてくださる。
おそらくは以前、裏技にて完了したグラスパンサーの討伐依頼と同じく、鉄色プレート持ちの冒険者が、銅色プレート用の依頼紙に載る魔物と戦い、勝利したということ自体に驚いたのだろう。
当然ながら、水のツインゼリズとは偶然の遭遇であったため、私としては特別意図して今持っている鉄色のプレートの、依頼範囲を超えた敵と戦ったという認識はない。
しかしそれはそれとして、もしかすると、と閃く。
もしかすると……本当は、明確に難易度が高くなっているはずの銅色プレートの依頼紙に載る魔物を、鉄色プレートの冒険者が倒すことは、私の予想以上に難しいことだったのかもしれない、と。
穏やかな微笑みを保ちながらも、やってしまったかもしれないという、ひやひやとした思いを刹那にあじわう。
その間にも、シルアさんは手早く依頼の完了処理を進めてくださり、鮮やかに用意された報酬を受け取ってカバンに入れる。
次いでお礼を紡ぐべく口を開きかけ――スッとカウンターの上に置かれた銅色のプレートに、そっと口を閉じた。
まさか、これは。
『ロストシードさんの強さは、銅色のプレートを持つのに十分なものだと判断しました! 今の鉄色から、この銅色のプレートに変えましょう!』
――本当にそのまさかだった!!
なぜか力強く紡がれたシルアさんの言葉に、思わず淡い笑顔のまま固まる。
不思議そうにシルアさんが小首をかしげる動作と、右肩で小さな水の精霊さんがぽよっと跳ねた感覚に、慌てて閉じていた口を開いた。
「え、えぇ、分かりました。こちらの銅色のプレートにも、魔力を通しながら名前を書くのでしょうか?」
『はい! お願いします!!』
「心得ました」
確認ののち、はじめの冒険者登録の際におこなった方法と同じように、また魔力を注ぎながら名前を書き、晴れて銅色のプレートを持つ冒険者の仲間入りを果たす。
返却した鉄色プレートを少々名残惜しいと感じつつも、せっかく銅色のプレートになり、銅色プレートの依頼を正式に受けることができるようになったのだからと、気を取り直して口角を上げる。
――せっかくなので、今度は少しばかり手応えのありそうな依頼紙を探してみよう!
再度左側の壁に並ぶ依頼紙のもとへ足を運び、じっくりと一枚一枚内容を確認していくと、ちょうど興味をひかれる依頼紙を見つけた。
それは、以前最前線のトリアの街に向かう時にノンパル森林内で見かけた、新しいウルフの討伐依頼。
あの時は移動を優先したため、戦うことなく振り切ってしまったが……いつか戦いたいと、思っていたのだ。
フッとうかんだ、小さくも不敵な笑みに、精霊のみなさんがそわっと動く。
シルアさんが対応する受付の列へと再び並びながら、この後の戦闘に思いをはせて、つい笑みが深くなった。