百九十二話 とまり木でひと休み
静かな深夜の森の中で、さっそうと終えた戦闘にほくほくと満足感を抱きながら、両耳でゆれる星のカケラの耳飾りの片方を指先で撫でる。
本当に、星魔法の凄さにはあらゆる意味で畏れ入ると感じつつ、それ以上に感じるロマンには、やはり心惹かれるのだから仕方がない。
おとなしく、この魅力と共に冒険を楽しむとしよう。
そう、とりとめもなく思考しながら、水色の魔石と小さな半透明のぷるぷるとした丸い素材を拾い、カバンへと収納する。
結局、いまだにこのツインゼリズが落とす素材の使い道が分からないままだが……まぁ、いずれ知る機会もあることだろう。
のほほんとした穏やかな心地で、再度地を蹴り枝の上へ。
帰路のつづきを進みながら、ノンパル森林の緑を楽しんでいると、森林から出るのはあっという間だった。
戻ってきたノンパル草原に降り立ち、ゆったりと石門を目指して足を進めていく。
チラリと見回した周囲には、やはり幾人かのシードリアのかたがたが戦闘をしており、闇夜に眩く魔法が光っている。
やはり、順当にはじまりの地からパルの街へとたどり着いたシードリアにとって、この草原と森林は最適な狩り場なのだろう。
……なんとなく、私にとって最適な狩り場は、もう少し手強い魔物たちがいる場所のような気がするのだけれど、これはまたおいおい考えることにして。
ノンパル草原を横切り、門番さんに会釈をして石門から街へと入り、そのままお次は宿屋を目指す。
可能であれば、このまま依頼の完了報告に行きたいところではあったものの、さすがにかの冒険者ギルドとは言え、深夜と夜明けの時間は緊急時以外、入り口の扉を閉じているらしいのだ。
ということで、報告はのちほど。
この後は宿屋、まどろみのとまり木でゆったりと新しい宿部屋を楽しむとしよう!
「この後は、空に帰る時間になるまで、お宿でゆっくりすごしましょう」
『はぁ~い!!!!』
小声で静かに小さな四色の精霊さんたちへと紡ぐと、元気な返事が響く。
その声音に微笑み、わずかに行き交うシードリアのかたがたと時折すれ違いながら石畳を鳴らして進むと、すぐに蔓造りの宿屋へと着いた。
しん……と静まり返った、魔法の灯もない内側の様子が窓から見え、出来得る限り音をたてないように入り口の扉をそうっと開き中へ入り込む。
シードリアならば問題なくこのような時間でも出入りが可能だと、女将さんがおっしゃっていた通りとなったことに、ほっと小さく安堵の吐息を吐く。
一瞬、ほんの少しだけ、入れなければどうしようかと危惧した。
杞憂で終わって良かったと、自然に微笑みがうかぶ。
二階へとつづく蔓の階段を軽やかにのぼり、私の部屋としてお借りした六番の扉へと近寄り、ゆっくりと開く。
瞬間、ぱっと明るくなった視界に、暗闇に慣れていた反動で思わず一度、強く瞼を伏せる。
少々驚きながら、そろりと開いた緑の瞳には――照明代わりの魔法の灯が照らし出した、緑の部屋が映った。
「これは……!」
『わぁ~~!!!!』
自身と精霊さんたちの感嘆の声が重なり、思わず笑む。
最初に視界に入ったのは、緑の蔓におおわれた床や壁や天井で、整った蔓の並びがなんとも美しい。
次いで、薄緑の蔓でつくられた丸机と椅子、右の壁側に置かれたベッド。
それから、姿見の大きな鏡と、左右の壁を繋ぐように蔓で編まれた、高い位置にあるハンモックのようなもの。
なかなかに新鮮な、神殿の宿部屋とはまたひと味違った雰囲気に、この宿屋を選んで正解だったと心から思った。
ふっと上がる口角をそのままに、部屋の中へと踏み入り丁寧に扉を閉める。
外観もそうだったが、内装もまた蔓造りであるため、宿部屋というよりはエルフの里のお店の中にでもいるような気分だ。
好奇心に突き動かされるまま、ふわりと肩と頭の上から前方へと移動した四色の精霊さんたちと共に、家具へと近づいてみる。
神殿の宿部屋でも見かけた丸机と椅子は、細やかに編まれた見事なつくり。
そばの左の壁に立てかけられた、姿見の大きな鏡に映る着替えた緑の装いは、やはりよく似合っていた。
この後、ログアウトの時に横になる予定のベッドとかけ布も綺麗なもので、しかし一番目を惹くのは頭上に垂れるハンモックのようなもの!
エルフの里では見かけなかった蔓で編まれた網目状のそれは、勝手なイメージではあるが、フェアリー族などが眠る時に使うものなのかもしれない。
『これなあに~?』
『なになに~?』
『しらない~!』
『なんだろ~?』
視線の先で、蔓のハンモックの近くを不思議そうに飛ぶ精霊のみなさんに、小さく笑む。
「おそらく、エルフとは異なる妖精族のかたの、ベッドのようなものだと思うのですが……」
『おぉ~!?!?』
語りながらハンモックへと近寄ると、小さな精霊さんたちからは興味深そうな声が上がる。
試しにと、軽く床を蹴って飛び上がり、ハンモックの上へ着地。
「おっと!」
とたんにゆらっとゆれたハンモックを、慌てて掴み体勢を整える。
そのまま、ゆっくりと横たわると、ハンモックのゆれがなんとも心地好く感じた。
『ゆらゆら~~!!!!』
「ゆらゆらですねぇ」
ふわりと私の胸元へと降り立った四色の精霊さんたちが、一緒にゆれを楽しむ様子に頬がゆるむ。
――よし、今回はこのハンモックで、ログアウトすることにしよう!
ちょうど夜の食事の時間になる頃合いに、素早くそう決断する。
いつもの流れで魔法を消し、多色と水の精霊さんたちを見送った後、小さな四色の精霊さんたちともまたねを交わして、準備完了。
そっと瞳を閉じ、かすかなゆれを楽しみながら、静かにログアウトを紡いだ。
※明日は、主人公とは別のプレイヤー視点の、
・幕間のお話
を投稿します。