百九十一話 水のツインゼリズと一条の星
※戦闘描写あり!
※飯テロ風味にご注意を!
深夜へと移り変わった星空を見上げ、ふぅと息を吐く。
なんとか終わったノクスティッラの採取に、肩の荷が下りた気分だ。
しっかりと三本の小瓶の中、口近くに刻まれた線よりも幾分上でたぷんとゆれるノクスティッラを眺め、これくらいの量であれば問題ないはずだと、満足さと共にうなずく。
「これで、採取依頼は完了ですね」
『かんりょう~~!!!!』
穏やかな微笑みと共に紡ぐと、小さな四色の精霊さんたちは歓声を上げ、ひゅいっと肩と頭の上に戻って来てくれた。
丁寧に小瓶をカバンへと収納し、闇夜にも美しい雫を地に落とすノクスティッラの樹を、もう一度見つめる。
黒に銀を散りばめる深夜の時間の星空と、この樹の美しさは、やはりよく似ていると思った。
ふわりとうかんだ微笑みをそのままに、それではと踵を返す。
枝から枝へ、軽やかに渡り帰路を進みつつ、またもや眼下で素早くぴょんぴょんと逃げていくホーンラビットを見送る。
もしかすると、ラビット系の魔物自体が他の魔物よりもレベル差に敏く、戦略的撤退を選択する機会が多いのではないだろうか……とまで思考が飛躍して、軽く首を横に振った。
さすがにそのあたりは、未知の領域としか言いようがない。
その答えを出すためには、もう少しさまざまな戦闘体験を積み重ねて行く必要があることだろう。
それもまた、一興というものだ。
穏やかな微笑みを一転、好奇心あふれる笑みに変えて、ひときわ強く枝を蹴る。
ぐんっと流れた樹々の景色と、幾分前方にある枝へと優雅に着地する足下を見やり――反射的に幹に手をつき、その場に留まった。
スキル《存在感知》が知らせてくれた、いまだ姿の見えない魔物の存在に、すぐさま戦闘に移ることができるよう、集中する。
枝の上から前方の眼下をじっと見つめていると……やがて小さく音を立て、樹の根本近くにあった茂みの中から、ぷるん、ぷるんとゆれる姿が現れた。
半透明な水色の軟体が、二段重なるその姿は、まるで一体のスライムの上に、もう一体のスライムが乗っているかのよう。
一見するだけでは、大きくて美味しそうな二段の水まんじゅうのようなその魔物は、しかしスライムとは異なる魔物――ツインゼリズ!
以前、エルフの里の森の中で、特殊個体と高速戦闘を繰り広げた記憶が、ざっと頭の中を流れていく。
とは言え、二段の水まんじゅうの色がそろっていることから、今回のお相手であるあのツインゼリズは特殊個体ではなく、通常個体だろう。
こちらに気づいた様子もなく、びょんっと跳ねながらゆっくりと横切っていく水属性のツインゼリズを注視しつつ、さてどの魔法で戦おうかと思考を巡らせ――ふいに、夜の闇色に閃く。
そうだ、久しぶりにこの深き夜の時間にふさわしい魔法の、練習も兼ねるとしよう!
口元にフッとうかんだのは、すっかりうかべ慣れた不敵な笑み。
すっと頭上へとかかげた右手の甲で、新しい手飾りが蒼く煌き魔法をいざなう。
ひたと向けた視線の先の敵を意識しながら、サッと右手を振り下ろすのに合わせ――凛、と魔法名を紡いだ。
「〈スターリア〉!」
瞬間、わずかな浮遊感と共に、頭上からサァ――と、銀と蒼の光をまとう漆黒の球体が、二色の尾を引きながらなめらかに美しく流れていく。
鮮やかに闇夜の暗さを染めた一条の星は、またたく間に水のツインゼリズへと降り……その姿を水色の旋風へと変えた。
「素晴らしい」
まさしく、一撃必殺。
変わらない絶対的な強さを魅力的に見せてくれた〈スターリア〉に、小さく称賛を呟く。
しかし、それはそれとして一点、気になることがあった。
さきほどの〈スターリア〉の、出現から流れてツインゼリズへ降り落ちるまでの時間……魔法の移動速度とも表現できるだろう、その部分。
これがどうにも、以前までとは比べ物にならないほど、素早かったように見えたのだ。
反射的に小首をかしげ、そう言えばと一つの祝福を思い出す。
エルフの里にあった星の石へと《祈り》を捧げた際に授かった、《祝福:星の願い》。
おそらく、この祝福こそが今回の星魔法の変化を、もたらしたものだろう。
レベルに応じて、すべての星魔法の効能が高まるという、とんでもない効能のこの祝福……これにより、威力はともかく、速度は明らかに異なって見えたに違いない!
当然ながら、[効能が高まる]という説明文を考えると、見るだけでは分からなかったものの、まず間違いなく本当は魔法の威力も上がっているはずだ。
――相も変わらず、祝福と言う授かりものの、素晴らしいと素直に称賛を紡ぐべきか、とんでもなさすぎると頭を抱えるべきかと悩む効果の強さに、思わず口元が若干引きつる。
残念ながら、華麗に遠くへと投げようとした視線はすぐさま、眼下へと引き戻すこととなったが。
ぴょんっと再び現れた、二体目の水のツインゼリズを見下ろし、静かに一つ深呼吸をする。
戦闘用に切り替え、冴え冴えとした冷静な思考の中、ちょっとしたお茶目が顔を出した。
フッと再度うかべた、不敵な笑みをそのままに――優雅に言葉を紡ぐ。
「ごきげんよう――さようなら」
高めの声音が深みをおびて、対峙する敵の終焉を謳う。
素早くかかげた右手を振り下ろし、星の魔法の名を宣言した。
「〈スターリア〉!!」
再度頭上から降り落ちた銀と蒼の光をまとう漆黒の星は、逃げることも反撃することも一切許すことなく、ツインゼリズをかき消す。
ずいぶんとご無沙汰であった星魔法は、見事計二体のツインゼリズを相手に、美しくも脅威的な活躍をしてみせたのだった。