百九十話 夜森に煌く夜雫の樹
「それでは! ノクスティッラの樹を、探すところからはじめましょう!」
『はぁ~い!!!!』
意気込みも新たにぐっと拳を握って紡ぐと、小さな四色の精霊さんたちがぽよっと肩と頭の上で跳ねながら、元気な応えを伝えてくれる。
お互いの高揚を感じながら、エルフの里の巨樹よりは細いものの、案外力強く伸びる枝の上へと軽やかに飛びのり、次々と渡っていく。
時折、遠くにシードリアであろう人々を見かけるたびに、あまりお互いの冒険のお邪魔にならないようにと、ひとまず密やかに距離を取って、さらに森の奥へ。
ガサリとゆらした枝の下、脱兎のごとく逃げていく、頭に角が生えた灰色の兎のような魔物のホーンラビットが見え、思わずじっくりと見送ってしまった。
まさかこの新しいフィールドにいる魔物にも、レベル差の法則が適用されるとは思わず、ホーンラビットが逃げていく様子に驚き、緑の瞳をぱちぱちとまたたく。
……もしかすると、三十というレベルは私が思っているよりも、現段階の【シードリアテイル】では高いレベルなのかもしれない。
はじまりの地であるエルフの里の、その次の街であるパルの街周辺のフィールドに、里と同じくレベル三十の私を見て戦略的撤退を選ぶレベル帯の魔物がいるとは。
しかしこの三十と言うレベルが高いほうなのだとすれば、ノンパル草原にいたグラスホースやグラスパンサーと問題なく戦えた点にも、説明がつく。
正直なところ予想外ではあるが……まぁ、強いからと言って困ることは、このようなゲーム世界ではまずないだろう。
むしろ、最前線であるトリアの街周辺のフィールドの魔物とも、十分に戦う土台が整っているのかもしれないことを思うと、驚きを好奇心が上回った。
ふっと微笑みをうかべ、今後への期待に胸をふくらませつつ、まずはと現在に意識を戻す。
軽やかに枝から枝への移動をつづけ、すぎ行く葉陰を横目に、新しい装いが上手く森林の中に溶け込んでいることを確認して、自然と微笑みが深まった。
どうやら、今回の装いの見立ては、上出来だったらしい。
そうしてノンパル森林内を探索して行き、やがて宵の口から夜の時間へと移り変わった頃。
前方の少し拓けた場所へと流した視線の先で――ついに、見つけた。
夜の森の中、ゆらめくように枝を伸ばす、ひときわ大きな黒色の樹。
濃い緑の大きな葉を伝い、ゆったりと地面へと落ちていく、透明な雫……この雫こそが、ノクスティッラで間違いないだろう。
樹の上から、トンっと上品に地面へと着地して、笑む。
「ノクスティッラの樹、発見です!」
『み~つけた!!!!』
弾んだ私の声音と、小さな四色の精霊さんたちのそろえた声音が、静かな夜の森に響いた。
黒色の樹を見上げながら近づき、大きな葉を伝い落ちる雫を見つめる。
暗さが包むこむ夜の森の中では、その雫は葉に乗るわずかな時間を宝石のように煌かせる、星々のような美しさを宿しているように見えた。
煌く雫――ノクスティッラを見つめ、ほぅと感嘆のため息を零す。
「これは美しい光景ですねぇ」
『きれいなみず~!』
『きらきら~!』
『まりょくいっぱい~!』
『よるのしずく~!』
感慨深く呟くと、ぱっと肩と頭の上から離れた精霊さんたちが、楽しげにノクスティッラの樹へと近づき声を上げる。
綺麗な水で、キラキラしているという言葉に、思わずうなずきを返す。
魔力がいっぱいだからこそ、錬金素材として使われているのだろうか?
それに、夜の雫とはまた、なんとも綺麗な響きの呼び名だ。
おそらくその呼び名こそが、ノクスティッラの語源なのだろう。
精霊さんたちの言葉から生じた思考を巡らせながら、カバンへと手を伸ばし、今回の依頼用にと受け取った小瓶を一つ取り出す。
依頼内容は、この小瓶いっぱいにノクスティッラを注ぐこと。
まずはと、試しに一枚の葉の下へと小瓶をかざす。
ゆったりと滴り落ちるノクスティッラは、ぽつり、ぽつりと、小瓶の底を叩いた。
一応、予想はしていたが……これは、さすがに。
「えぇ、日が暮れますね。いえ、もうすでに夜なのですが」
反射的に、微笑んだ表情のままツッコミを入れてしまった。
これは、アレだ。時間がかかるから不人気な依頼なのだとか、もはやそういうレベルではない気がする。
雨垂れ石を穿つ、塵も積もれば山となる、とは言うが、さすがにこれは根気だけでどうこうなる問題ではないだろう。
いや、たしかに時間をかけることで、採取依頼自体は完了することが可能ではある。
可能ではあるが、大切なことを忘れてはいけない。
ゲームの世界であったとしても、時間は貴重で、なにより有限であることを……!
そうだ――ここは一つ、頭を使おう!
天啓のごとく降ってきた閃きに、はっと顔を上げて黒々とした枝を伸ばす樹を見上げる。
瞳を閉じ、深呼吸を、一つ。
次いで開いた緑の瞳に、雫を乗せた大きな葉を映し、集中してスキル《同調魔力操作》を使って、次々と葉の上に乗るノクスティッラを空中にうかび上がらせ……慎重に移動させて、小瓶の中へ。
『わぁ~! しーどりあじょうず~!!』
くるくると回り、すぐそばで歓声を上げて褒めてくれた小さな水の精霊さんに、満面の笑みを向ける。
「ありがとうございます! どうやら、この作戦は大成功のようです」
『だいせいこう~~!!!!』
閃いた案が成功した嬉しさに、笑顔と歓声を精霊さんたちと分かち合う。
次の雫が湧くのを、のんびりと待ちながら、同調にてノクスティッラを集める方法を油断なく繰り返していく。
……結局のところは、この名案をもってしても、雫が少しずつしか湧いてこなかったため、夜の時間を丸々使った根気を伴う採取となったのだった。