百八十七話 攻略系の視点を眺めて
ちょうど切り替わった夕陽に照らされ、トリアの街の石門をくぐりぬける。
まっすぐに伸びる石畳の大通りは、パルの街のものより少しばかり狭く、人々の姿もまばらだ。
シードリアとおぼしき姿の少なさは、単純にこの地へとたどり着くことができる者の、希少さを示しているのだろう。
「なるほど。たしかに、最前線の街らしい光景ですね」
小さく納得を呟き、足を進めていく。
トリアの街はパルの街に似たつくりで、しかしどちらかと言うと要塞めいた武骨な雰囲気が見え隠れしている。
それは岩造りが多い街並みであったり、周囲を高々と囲う壁であったり……あるいは、明らかにエルフの里やパルの街とは異なる、簡単に強さが見て取れる装いをした攻略系のシードリアのかたがいるからであったり。
煌く武器をたずさえて、刺繍さえ鮮やかなマントやローブをひるがえし、大通りを行く堂々とした姿に、ゲーム初心者や後発組のような初々しさは一切ない。
夕陽に照らされた鎧は眩く、装飾品が橙色を反射して輝く様は、まるで攻略系の栄光を表しているかのようだ。
――実際、攻略系と言えば、古くからゲームプレイヤーにとっては花形と謳われてきた立場。
まだ見ぬ未知のフィールドを開拓し、後につづく者たちへと貴重な情報を伝え、時には直接的な導き手とさえなることができるその立場を目指して、最新のゲームを遊ぶプレイヤーは少なくないはず。
まさしく、憧れの立場、と表現しても過言ではないだろう。
私自身は攻略系を名乗るほど熱心に、最前線を追いかけたことはあまりないが……むしろだからこそ、攻略系が提供してくれている知識の恩恵に、とても感謝している。
なにせ、語り板の情報などは、その多くが攻略系の知識が元となっているのだから。
ありがたい知識が、今まさにこのトリアの街で発見されていることを思うと、攻略系のかたがたはいったいどれほどの未知を、この瞬間も楽しんでいるのだろう?
ふっと、口角が上がるのを自覚する。
胸に湧き出でたのは、まぎれもない好奇心。
せっかく最前線の街まで来たのだ――存分に、攻略系のかたがたの見る視点を、私も楽しもう!
「まずは、街並みを拝見」
『まち~!!!!』
自然と零れた呟きに、肩と頭の上で小さな精霊さんたちがぽよぽよと跳ねて、わくわくを示す。
可愛らしい仕草に微笑みを深め、大通りをまっすぐに進んで行くと、やがてパルの街と同じく町の中心であろう、十字路を有する広い噴水広場が見えてきた。
ぐるりと円形に広がる噴水広場の端には、これまたさまざまな屋台が軒を連ねている。
ゆったりと歩いて見て回って行くと、すぐに十字路のそれぞれの先は、少しパルの街とは違っていることに気づく。
「大通りがつづくお店の通りと、住宅街は同じですが……書館のあった通りは、職人通りとでも申しましょうか……」
ふむ、と自然に伸びた片手を口元にそえ、呟きを小さく零す。
明らかにお店とは異なる、作業部屋のような家々が並び、鉄を打つ音や魔法の光がもれる様子を広場から眺める。
……そう言えばと、以前クインさんに読ませていただいた、あの祝福と加護の本の内容を思い出す。
記憶の中の文字列には確かに、トリアの街にはパルの街同様、技神様による技術系のスキルや魔法の習得率向上および熟練度が向上しやすい、という土地の加護があると記されていた。
この加護を考えると、職人通りはまさに生産職として遊んでいるシードリアのみなさんにとって、作業や反復練習に最適の場所と言えるだろう。
またいずれ、私もお世話になるかもしれないと考えながら、くるりと後ろを振り返り、噴水の近くへと歩みよる。
しっかりと立つ看板のような、地図を記した案内板を見て覚え、トリアの街周辺の知識を得てから、つづく大通りのほうへ。
少しにぎわいを増した、お店が並ぶ大通りを進むと、パルの街と似た石門にたどり着いた。
今回は外の草原へは出ず、街の中から外を眺める。
膝丈の草が広がる草原と、先へとつづく整えられた土道と、その土道を内包する深い森。
その先に、ラファール高山がどこか威厳を感じさせるたたずまいで、鎮座していた。
あぁ――これが、攻略系のみなさんの視点なのかと、胸に感動が生まれる。
パルの街の外、ノンパル草原や森林と似た景色ではあるが、やはり雰囲気は違う。
好奇心と、緊張感と、冒険心に満ち満ちた……実に、攻略系のかたがたらしい表情が、草原を行くシードリアにはうかんでいた。
とても素敵な表情を見ることができた嬉しさに微笑みを深め、再度景色のほうへと視線を戻す。
少し眺めた後、今度来る時は草原で戦ってみるのも一興だと思いながら、噴水広場への帰路についた。
のんびりと歩を進め、噴水の近くの地図が立つあたりへと戻ってくる。
ちょうど噴水をへだてた反対側に見えた物のほうへと移動して――やはり見間違いではなかったかと、思わず視線をじぃっとその物体に注いだ。
チェスの駒のポーンのような形をしたこの物体は……間違いなく、エルフの里とパルの街の入り口にあった、ワープポルタそのもの。
ゆっくりと近づくと、一瞬蒼い球体が放つ光が強く輝き、驚きに一歩後ずさる。
ただ、その後は特に何もなく、不思議に思い小首をかしげたところで、語り板で見かけた情報が頭を過ぎった。
たしか、その内容はまだ転送機能を活用したことのない、初見のワープポルタについての解説で、そのようなワープポルタは近づくことで輝き、いわゆる登録のようなものか、あるいは起動状態のようなものになるらしい。
どのような場所のワープポルタなのか、という部分が記載されていなかったため、すぐには現状と一致しなかったものの……おそらく、さきほどの輝きがこれに当たるのだろう。
登録や起動状態、という表現をされると難しく感じてしまうが、要するにはエルフの里やパルの街のワープポルタのように、転送が可能な状態になる、という認識で間違いないはずだ。
つけ加えると、ワープポルタ自体はこのように転送できる状態のものであれば、イメージ一つでどのワープポルタへも転送が可能らしい。
つまり……このワープポルタに触れてイメージすることで、エルフの里やパルの街のワープポルタと行き来ができるようになる、と。
「であれば、試さないのはもったいないですよね」
『わくわく!!!!』
笑みと共に紡いだ言葉に、小さな四色の精霊さんたちの高揚が重なる。
淡く光る蒼色の球体へと手をかざし、パルの街の街並みを想像して――刹那、眩い輝きが放たれた。
思わず閉じた瞳を、次いで感じた浮遊感に開くと……そこはもう、パルの街。
どうやら無事に、最初の噴水広場へと転送できたようだ。