百八十六話 最前線に行ってみよう!
依頼完了を記した依頼紙をカバンに入れて[甘味処 フリュイ]を出ると、大通りの雑踏にのみこまれないよう気をつけながら、足早に冒険者ギルドへと戻る。
さっそくシルアさんに依頼紙を見せると、素敵な笑顔と共にしっかり最大報酬である銅貨三枚を手渡してくださった。
穏やかに感謝を伝えながらカバンにしまい込み、それではとギルドを後にする。
眩い昼の陽光が引きつづき人々の頭上に降り注ぐ光景を眺めながら、次は何をしようか、と思考を巡らせた。
宿屋に部屋を確保し、はじめてのおつかい系依頼も学びを得て終えた今、パルの街で試してみたいことと言えば……。
すいすいと人波をさけて中央の噴水広場のほうへ歩きながらも、思考の海に浸っていた――その時。
「はやくトリアの街に行きたいね!」
「最前線はあの街だものね~!」
小さく、そのように話す声が聞こえ、はっと閃きが降る。
そうだ――今の最前線に行ってみよう!!
キラリと、緑の瞳が煌かせる気持ちで、口角を上げる。
思い立ったが吉日!
まずは石門へと、軽快に足を進めていく。
『なになに? しーどりあ?』
『たのしいこと、おもいついた?』
『ぼくたちも、わくわくする~!』
『たのしそう! わくわく!』
肩と頭の上から小声で、好奇心を宿した可愛らしい声音が届く。
そわそわとした雰囲気を放ちはじめた小さな四色の精霊さんたちへ、同じく好奇心を宿した小声で、答えを伝える。
「えぇ、みなさん。お次はこの好奇心のままに――攻略系のかたがたの視点を、見学しにまいりましょう!」
『わぁ~~!!!!』
すぐさま上がった小さな歓声に口元の笑みを深め、門番さんたちに軽く会釈をしてから、石門の外へと足を踏み出す。
明るい陽光に照らされたノンパル草原を一度ゆったりと見回し、次いで遠くの前方へと視線を向ける。
広がるノンパル森林と、そのさらに奥に見えるラファール高山。
最前線のトリアの街は、ラファール高山のふもとにあると地図に記されていた。
吹き抜ける風に、金から白金へと至る長髪と白いローブをゆらし、微笑む。
「ひとまずは、ノンパル森林の奥へと進んでみましょうか!」
『はぁ~い!!!!』
方針を弾む声音で告げ、精霊のみなさんの返事を合図に、軽やかに前方へと駆ける。
魔物を振り切りながら草原を突っ切り、まずはノンパル森林の中へ。
リヴアップルの樹やマナプラムを横目に確認しつつ枝を渡り、新しいウルフやベアーの魔物を避けて森の奥へと高速移動していくと……やがて、葉陰を抜けた先に、新しい景色が待っていた。
「これは!」
『おぉ~~!!!!』
さわやかに吹き抜けたそよ風が、なだらかな大地を撫でて行く。
眼前に広がるのは、ゆるやかに上へとつづく、緑の丘。
あちらこちらに背丈の低い花が咲き、緑と花の色彩が大地を美しく染めるこの丘の存在までは、地図には載っていなかった。
おそらく、この先のトリアの街にある地図にならば、それも記されていることだろう。
湧き上がる好奇心のままに、意気揚々と丘を登る。
鹿のような魔物を避けて、丘の頂上へとたどり着くと、思わず緑の瞳を見開いた。
「あれが……トリアの街ですね!」
『とりあのまち、み~つけたっ!!!!』
ビュオウ――と吹いた風に、一度視線を遮られたのち。
再度小高い丘から見下ろした先に、ぐるりと高い壁に囲まれた、要塞を思わす街が見えた。
間違いない、あの場所が、トリアの街。
【シードリアテイル】における、現在解放されているフィールドの最前線の街だ。
「パルの街もそうでしたが、やはり新しい街を見ると、心が躍りますね!」
『おどる~~!!!!』
跳ねさせた声音に、四色の精霊さんたちがぱっと眼前へと移動し、くるくると言葉通りに踊りはじめる。
あまりの可愛らしさに、うっかり全力で表情がゆるんでしまった……!
どうして精霊のみなさんはこんなに可愛らしいのだろう?
思わずにっこにこの笑顔で踊りを眺めた後、はっと意識を引き戻す。
精霊のみなさんが可愛いのは、なにも今にはじまったことではない!
もちろん、いつ見てもたいへん愛らしく、そしていつまででも見つめていたいと思うほどの愛らしさであるのは、至極当然のこと!
……それはそれとして、今新鮮な気持ちで眺めたほうがいいのは、どちらかと言えば眼下の街のほうだったと思い出した。
慌てて、ゆるんだ頬をなんとか穏やかな微笑みの形に整える。
小さな四色のみなさんへと両手を伸ばすと、すぐに掌の上へと乗ってくれた。
それに微笑み、掌で軽くぽよぽよと跳ねるみなさんと共に、そのまま再度眼下を一望する。
持続型の補助系下級身体魔法〈持続遠見〉を発動すると、トリアの街の周辺には、ノンパル草原よりも背丈の高い、膝丈ほどの草が伸びる草原地帯が広がっている様子が見てとれた。
前方にはやはりラファール高山がトリアの街を見下ろしていて、草原地帯と高山の間にはこれまた広い森が横たわっている。
それと、この街からは草原地帯を通り、ラファール高山の横を抜ける、土の街道のようなものが伸びていた。
なんとも新鮮な光景に、精霊のみなさんの踊りで癒されたついでに落ち着いていた心が、再び弾みはじめる。
緑の瞳をかすかに細め、壁に囲まれたトリアの街をひたと見すえた。
好奇心を、言葉に変える。
「それでは――トリアの街に、行きましょう!」
『しゅっぱ~~つ!!!!』
元気な返事と共に、素早く肩と頭の定位置に戻った精霊のみなさんを連れ、タッと軽やかに丘を駆け降りると――トリアの街の石門へとたどり着くのは、あっという間だった。