百八十五話 これはいわゆるおつかいクエスト
今年はじめての『遊楽記』の更新となります!
新しい一年もまた、物語をつづってまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。
今話もぜひ、お楽しみください♪
※ふわっと甘味系飯テロ風味です!
しっかりと妖精族御用達の宿屋、まどろみのとまり木に長期宿泊の予約を取ったのち。
女将さんの言葉通り蔓の階段をのぼった先に並ぶ、番号が書かれた扉の中に私が泊まる部屋の扉を見つけ、[外出中]と書かれた面を表にした木札をかけてから、宿屋を出る。
外はすでに時間が移り、昼のあたたかな陽光が大地を照らしていた。
人々がにぎやかに行き来する石畳の大通りを眺め、ふっと微笑みをうかべて次の行動を呟く。
「さて。それでは、はじめてのおつかいクエストにまいりましょうか」
『おつかいくえすと????』
「えぇ。このような依頼を、空ではこう呼び表すことがありまして」
疑問符をうかべる小さな四色の精霊さんたちに説明するため、カバンから依頼紙を取り出してみなさんへと見せる。
丁寧な字で[リヴアップルの納品 二十個 報酬は納品状態次第で、鉄貨二十枚~三十枚(銅貨二枚~三枚)]と書かれた依頼内容の下には、簡易の地図が描かれ、[甘味処 フリュイ]というお店の名前が書きこまれていた。
「今回お受けしたこちらの依頼は、簡単に言い表しますと、品の配達をするという、おつかいの一種。それにクエストという言葉は、空では依頼や任務などを表すこともありますので、おつかいクエストと私も表現してみました」
『なるほど~~!!!!』
ぽよぽよと楽しげに肩と頭の上で跳ねる、四色の精霊のみなさんに微笑みを返しつつ、心の中で一つだけ注釈をつけ加える。
ただしこれはあくまで――ゲーム用語での表現ですが、と。
静かに胸の内に留めた言葉をとかし、気を取り直してまずは中央の噴水広場へと足を進める。
納品場所である甘味処は、依頼紙の簡易地図を見る限り、情報収集をした書館のある通りで店をかまえているはずだ。
食べ物の香りがただよう屋台の横を抜け、噴水を横目に書館の見える通りへと踏み入る。
書館を過ぎたあたりで、優しい香りを嗅覚として感じ、視線を巡らせた。
見つけたのは、書館とは対面となる右側の通路端に、果物とフォークのマークを描いた看板を屋根近くの壁に飾った、綺麗な木製のお店。
近づくと、これまた木製の扉には[甘味処 フリュイ]と店名が書かれている。
間違いなく、ここが今回のおつかいクエストの、目的地だろう。
一つ小さくうなずき、さっそく扉を開いて店内へと入る。
ふわりと立つ甘い香りに包まれながら、軽く店内を見回すと、さしずめオシャレなカフェといった内装で整えられていた。
数名のお客さんたちの美味しさを楽しむ表情を少しだけ見て、カウンターへと立つ白いバンダナが良く似合う女性に声をかける。
「こんにちは。こちらの依頼でまいりました」
マナプラムのような澄んだ青紫の瞳が、かかげて見せた一枚の紙に注がれた後、微笑みと共に口が開く。
『冒険者のプレートはお持ちですか?』
快活さの中に、なぜか緊張を含んでいるように聴こえた声音での問いかけに、迷わずうなずきを返す。
「はい。ええっと、こちらです」
カバンから取り出した鉄色のプレートを見せると、どこか安心したように女性がほっと表情をやわらげた。
その表情の変化を見て、なるほど、と現状を理解するに至る。
つまるところ、このようなおつかいクエストでは、冒険者の証であるプレートを提示することで、正式に依頼を受けた冒険者であることを明確にする必要がある、ということだろう。
とても貴重な学びを得ることができたことで、自然と口角が上がった。
とは言え、女性には心配をかけてしまったので、しっかりと謝罪を言葉にする。
「失礼いたしました。先にプレートを提示する必要がありましたね」
『あっ! いえいえ! お気になさらず!』
そろりと眉を下げて伝えた言葉に、女性はぱたぱたと手を振ってそう紡いだ後、慌ててカウンターの下から蔓籠を取り出した。
『えっと! それでは、こちらにリヴアップルを二十個、入れていただけますか?』
「えぇ、承知いたしました」
丁寧にうなずきを返し、カウンターの上に置かれた蔓籠の中へ、カバンから取り出したリヴアップルを積み上げていく。
それとなく、左肩からふわりと下りてきた小さな土の精霊さんが、取り出したリヴアップルの良し悪しを、無言のままくるりと回ったりふよふよと横にゆれたりしながら教えてくれることがとてもありがたい。
計二十個、蔓籠に積み上げたリヴアップルをじーっと見つめていた青紫の瞳が、やがてこちらを向く。
『はい、たしかに二十個ですね! どれもとても艶があって蜜も入っているようで……』
ぱっと華やいだ表情と弾んだ快活な声音に、納品状態はかなり良いのだろうと察し、微笑みを深める。
さすがは土の精霊さん、植物の状態を把握することなどお手のもの、と言っても過言ではないのだろう。
植物の採取や納品の依頼の際には、これからもお世話になると思うので、せめてもの感謝を込めて左肩に戻った小さな姿を優しくなでる。
そうしている間にも、カウンターの上に置かせていただいていた依頼紙に、女性がなにやら文字を書き込んでいく。
その様子を静かに眺めていると、ふいに女性が『そうだ!』と呟いた。
ちらりと、青紫の瞳がこちらを見上げる。
『あの、よければこのリヴアップルをどこで収穫したのか、教えていただけませんか?』
控えめな問いかけに、お店側としてはたしかにその部分は気になるだろう、と納得しながら返事を紡ぐ。
「えぇ、分かりました。ええっと――私たちエルフ生まれのシードリアにとって、目醒めの地である場所です。みなさん、エルフの里、と呼んでおりました」
『な……なるほど!! どうりで質が高すぎると……あ、いえいえ! 教えてくださってありがとうございます!! こちら、依頼完了の一文を書かせていただきましたので!』
「え、えぇ、ありがとうございます……?」
やけに響いた声音と、不思議と小声の部分とが混ざり合った女性の言葉に少々戸惑いつつも、うなずきを返して差し出された依頼紙を受け取る。
さっと目を通した依頼紙には、下の空白部分に[依頼完了。最高品質につき、最大額のお支払いをお願いいたします]と書かれていた。
何はともあれ……これにて無事、はじめてのおつかいクエストは、どうやら達成できたらしい。