百八十二話 幕間十九 謎と可能性の代名詞
※主人公とは別のプレイヤーの視点です。
(幕間六、幕間十のプレイヤーさんです)
【シードリアテイル】サービス開始日から、一週間が過ぎた、八日目。
朝からパルの街周辺の森で弓の練習をおこない感覚を研ぎ澄ませ、ようやく一段階魔物の強さが変わると語られている、ダンジェの森に挑戦する準備が整った。
うわさ通り、俊敏さも強さもたしかに一段異なるように感じる魔物と、数回戦闘を重ねる。
想定以上の相手に少々苦戦をしつつも勝ち進み、しかし見上げた空が闇色に銀の星々を散りばめる深夜の時間へと移り変わった頃、さすがに休息も必要だと感じた。
迫る敵を回避して草原近くへと撤退し――ガサリと前方で響いた音に、慌てて視線をそちらへと向ける。
見えたのは、ひるがえる白のローブと、さらりと流れた金からさらに薄い色へと変化する長髪。
「あの髪色は」
とっさに零れた呟きは、それ以上紡ぐことはできなかった。
――あまりにも、前方の姿が一瞬にして枝の上を渡って行ったがゆえに。
まさしく、風のごとく、超高速でダンジェの森の奥へと入って行った後ろ姿を、無言で見送る。
この驚愕は、さすがに誰かと共有したいと思ってしまった。
さきの彼はたしか、今日がパルの街をおとずれた初日であったはずだが……と記憶をたどりながら、手早く世迷言板を開き、文字を打つ。
[今、パルの街の草原にある左側の森で、精霊の先駆者の彼を見かけたのですが……彼はたしか、今日パルの街をおとずれたはず、ですよね?]
やや間をはさみ、次々と文字が連なる。
[は!? 左の森に!? 間違いなく、例の人はパルの街初日のはずだが、なんであんな危険地帯に!?]
[え??? 今日がはじめてのはずだよ。あの森って、パルの街に来たばかりで行ったら、神殿送りになると思うけど?]
常連のお二人の言葉に、やはり私の記憶が間違っていたわけではなかったと確信した。
同時に、さきの彼の行動が、普通ならざるものだったことも。
[やはり初日でしたか。とてつもない素早さで枝の上を移動して行った姿をお見かけしたので、あの移動方法ならば魔物を振り切ることは可能だとは思いますが……]
さすがにあの速度に追いつくことができるほど動きの速い魔物は、この森の中にはいなかったはずだ。
戦わずして草原へと戻ってくることさえ可能であるのならば、神殿送り……生命力がすべて削られて戦闘不能になり、強制的に神殿へ転送される事態におちいることは、ないだろう。
[いや、そうだとしても……まさかパルの街へ来てそうそう、よりにもよってあの森に入るのかと。……や、例の人の場合は無茶にならないんだろ~な~]
[まぁ……普通は無茶って言うか、無謀なんだけどね。っていうか、それくらいの強さがあるってことよね?]
[そこなんだよなぁ]
そうだ――そこ、だ。
まさしく気になっていた点に触れた流れを追い、文字を打つ。
[私も、その点が気になりました。パルの街へ今日おとずれたかたが、左側の森へ入っても問題ないほどのレベルアップが、エルフの里周辺のフィールドで、可能だったのでしょうか?]
彼は、一週間遅れでパルの街へ来ている。
その間にエルフの里周辺で、レベルを上げること自体は可能だった、という点についての異議はない。
しかしそれでも、順当に考えるのであれば、はじまりのフィールドよりも第二のフィールドであるパルの街周辺でレベルを上げるほうが、レベルは上がりやすいはずだ。
……少なくとも一般的なゲームの設定上は、そのような場合が多い。
[んや、たしかに里ではレベルが上がりやすいって感じはしたが、パルの街の魔物のほうが経験値は多いはずだろ?]
[はい、そのはずです]
[なら逆に、わざわざあの森に入って大丈夫なくらい、エルフの里でもレベル上げしたってことよね。魔物の経験値量少ないのに]
[あ~~。そうきたか]
[ほんと、変な遊びかたするね、あの人]
[だなぁ]
――さすがに、はじまりのフィールドでその形のレベル上げをするのは、盲点だった。
攻略系の方々が、サービス開始初日にはパルの街へたどり着いていたことを考えると、事実上彼は一週間、経験値の多い魔物と戦って得られる経験値を無駄にしたことになる。
その上で、パルの街に来てすぐダンジェの森に挑めるほどのレベルまで、エルフの里で上げたということ。
まるで限界を試すかのような方法に、唖然としかけて頭を振った。
すぐに追加された文を見る。
[あ~、もしくは、お得意のなんかとんでもない魔法があるから大丈夫、って思って入って行ったとか?]
[ありえるわ。全力でありえるわ]
「あぁ、なるほど」
それは一理ある、と思わずうなずく。
[その可能性はありますね]
[だよなぁ……]
[正直、たいていの魔物相手に負けないでしょ、あの人]
[同感!]
[私も同感です]
同意の文字を打ち込み、改めて一週間も遅れてパルの街に来たというのに、彼はすでに強敵と戦うことさえ可能な、実力がともなっているという事実に静かに驚く。
[や~っぱり、とんでもないよなぁ]
[無自覚系先駆者なんて、だいたいこんな感じよ]
[本当に、様々な可能性を体現していくようなかたですね]
[まったくだ]
[ほんとにね]
流れるように得心を秘めた言葉を打ち、刹那、一点だけ引っかかる謎が残っていることを思い出した。
素朴な疑問を、文字にかえる。
[それでは、なぜ森の中を高速移動していったのでしょう?]
[ん? そう言えば、そんなこと言ってたな?]
[あれ、ほんとだ]
[そうなのです。戦って、勝てない敵ではないはずだと、思うのですが……]
少しだけあいた間が、常連のお二人の困惑を表しているかのよう。
[……なんでだろうなぁ]
[本人にきいたほうがいいかも]
静々と解決を諦めたお二人に、小さく苦笑を零す。
もっとも、私としてもさすがにこの謎は本人にたずねるほか、答えは出ないだろうと察するに至ったため、ほとんど同感の苦笑だが。
[それもそうですね]
[だよな~]
[そうなるわよね]
満場一致の同感で雑談をしめくくった世迷言板を閉じ、再度暗闇に埋れた森を見つめる。
さきほど、高速移動で去っていく彼を見た時の驚愕はすでに鎮まり、今は高揚めいた感情が胸に宿っていた。
この先、パルの街での彼の活躍を見る機会があることに加え、新しく作られるだろうあの素晴らしい彼の装飾品を買うことが、非常に楽しみでしかたがない。
――いつかは、私もかの謎と可能性の代名詞のような彼と、言の葉を交わすことができるだろうか?
いつその瞬間がおとずれてもいいように、引きつづきこの弓の腕を、鍛えていくとしよう。
※明日は、
・八日目のつづきのお話
を投稿します。
引き続き、お楽しみください!