百八十一話 その声に導かれて
深夜へと時間が移ろうのと、リンゴーンとレベルアップを知らせる鐘の音が鳴るのとはほとんど同時だった。
サッと開いた灰色の石盤で、レベルが三十一になったことを確認して、一つうなずく。
「ちょうどレベルも上がったことです。本日の戦闘はこのあたりで切り上げましょう」
『はぁ~い!!!!』
小さな四色の精霊さんたちへと紡いだ言葉に、元気な声が返る。
それに微笑みながら、周囲に落ちていた素材を回収してふと振り向くと、石門がずいぶん遠くにあることに気づいた。
どうやら、他のシードリアのかたがたと狙う魔物が重ならないように距離をとっていた結果、草原の奥地へとたどり着いていたらしい。
意外と近くに見える、草原を囲う森を眺めていると、自然と好奇心が湧いてくる。
――刹那、頭の上でぽよっと跳ねた感覚に、緑の瞳をまたたく。
『しーどりあ~!』
「はい、どうしました? 小さな闇の精霊さん」
ふよふよと、眼前へと降りてきた闇の精霊さんを片手に乗せ、呼びかけに問いを返す。
すると、闇の精霊さんはくるりと掌の上で一回転。
『ほしのいしのばしょ、わかるよ~!』
「おや!」
思わぬ言葉に、素直に驚きが零れる。
次いで、巡礼のご挨拶へうかがうのに、今はまさしく最適な時間だと気づいた。
にこり、と深めた笑みと共に、小さな闇の精霊さんへと言葉を紡ぐ。
「せっかくの素敵な夜のお時間ですから、ぜひご挨拶にうかがいたいと思うのですが……」
『うんっ! あんないする~!』
「ありがとうございます! よろしくお願いいたしますね」
『まかせて~!』
頼もしい言葉に、笑顔を重ねる。
さっそく先行して、ひゅいっと左手に広がる森……危険だと地図に記されていたダンジェの森のほうを目指す小さな闇色の姿を追いかけ、大地を蹴った。
すぐに森へと入り、軽やかに枝から枝へと移動をはじめた直後、《存在感知》が幾つもの魔物の反応を示す。
反射的にサッと見回してみるものの、姿はまだ見えない。
とは言え、この数をすべて相手にしていては、星の石にたどり着く前に夜明けの時間に移り変わってしまうだろう。
新しい戦闘機会を無下にするのはしのびないが、今回はさすがに戦線離脱という手段をとることにする。
見えざる敵を振り切り、小さな闇の精霊さんの声に導かれて、森の中を高速で移動し――自然と視線がひかれる闇色の場所を見つけて、ようやく地面に降り立った。
エルフの里の森の中と同じく、ダンジェの森のずいぶん奥にあった、見慣れた闇色の空間へと入り、サークル状の黒石に囲まれ鎮座する星の石を見上げる。
大老アストリオン様と以前お話した際、いわゆる巡礼の一環として、各地にある星の石へと〈星の詩〉を捧げるといい、と教えていただいた言葉を思い出して、すっと息を吸い込む。
それを、どこか穏やかで静かな心と共に、歌声にした。
「〈万象の御名に 宿りしは夜天
煌きを灯す 神々の御力
其は星と呼ばれし 御力の欠片
永き眠りより 我が手に目醒めよ〉」
ゆるやかに響く弾き手のいない伴奏と共に、高めの声音で歌いあげ、余韻の音も消えた頃に閉じていた瞳を開く。
ほんの少し、漆黒に散りばめた銀の星の光を強くした星の石は、沈黙のままに歌を聞いてくれたようだ。
銀点の煌きの美しさに、不思議と満足感が胸に宿り、そのまま《祈り》を少しだけおこなう。
ささげた〈星の詩〉でも《祈り》でも、特別何かの変化は起こらなかったものの、それでもいいのだと思える、はじめての特別感ただよう巡礼だった。
星の石を護る闇色の空間から出て、これはまた遠くまで移動したものだと、樹々に隠されて見えない石門のほうを見やる。
とは言え、この程度の距離ならば駆けてしまえば、さほど時間をかけずに戻ることができるだろう。
「小さな闇の精霊さん、ご案内ありがとうございました。――それでは、パルの街へ戻りましょう!」
『どういたしまして~!』
『もどる~~!!!』
小さな精霊さんたちそれぞれの、幼げで可愛らしい声に癒されながら、帰路を駆ける。
ダンジェの森を抜け、草原へ戻っても他のシードリアのかたがたを遠目に眺めながら、軽やかに素早く移動していくと、予想通り石門へと着くのはあっという間だった。
この深夜の時間でも石門を護っている門番さんたちに会釈をしつつ、石畳の大通りの感触を楽しみながら歩み、宿屋が並ぶあたりで足を止める。
さまざまな種族に合わせた、石造りや蔓造りの宿屋を眺め、宿屋はいったいどのような内装になっているのか、実際に見るのが楽しみだ――と思ったあたりで、はたと気づいた。
暗闇に落ち、さすがに行き交う人の姿もおそらくはシードリアくらいとなったこの時間……眼前に建ち並ぶ二階建ての宿屋もまた、一階の受付があるだろう部屋の灯は消えている。
と言うよりどう見ても、寝静まっている様子にしか、見えない。
「あぁ……それは、そうですよねぇ。うっかりしておりました」
『うっかり????』
思わず苦笑と共に零した呟きに、精霊のみなさんが疑問符を飛ばす。
それにうなずき、説明を加える。
「えぇ。さすがにこの時間では、事前に宿泊の予約でもしていない限りは、お宿には入れませんね」
『あ!?!? うっかり!!!!』
「はい、うっかり、です。この夜は、神殿の宿部屋を使わせていただきましょう」
『しんでんでおやすみ、する~~!!!!』
うっかりを実感しつつ、足早に中央の噴水広場を通り抜け、パルの街の神殿へ。
静まり返った神殿の中に入り、二階へとつづく階段を上った先には、ずらりと並ぶ宿部屋の扉があった。
端のほうに[入室可能]の木札がかけてある扉を見つけ、慣れた手順でひっくり返して[入室済み]にしてから、部屋へ入り込む。
驚くほど同じ内装の白亜の小部屋に、どこかほっとした心地になりながら、ソファーへと腰かけて灰色の石盤を開く。
現実世界で昼食の時間になるまでは、もう少しだけ余裕がある。
この間に、少しゆっくりと語り板で情報収集をしよう。
「パルの街の情報収集も、今日からはもうできますね」
『じょうほうだいじ~~!!!!』
「えぇ。とは言え、やはりはじめてを自身で体験するロマンも、忘れてはいけません」
眼前でくるくると回る小さな四色の精霊さんたちに、イタズラな響きを宿して告げると、それぞれの色がより鮮やかに光った。
『ろまんだいじ~~!!!!』
「はい。ロマンはとても大切です」
すっかりロマンの大切さを感じてくれているらしい姿に、にこにこと満面の笑みになる。
口元の笑みをそのままに、語り板に目を通していくと、面白いほどに新鮮な情報を得ることができた。
特に魔法に関しては、オリジナル魔法についての情報なども載っており、すでにさまざまな魔法がシードリアたちによって習得されているのだと察する。
……もうここまで魔法自体が多様化しているのであれば、私が習得して使っているオリジナル魔法も、そこまで物珍しいものではないのかもしれない。
「ふむ。このように目新しいものが多いのであれば――このパルの街からは、比較的目立つ行動をしてしまっても、大丈夫そうですね」
笑顔のままに、そう結論づける。
少なくとも、確実に今までよりはネタバレなどを気にする必要はなさそうだ。
さすがに、星魔法などは例外として、配慮したほうがいいとは思うけれども。
フッと、小さく不敵な笑みをうかべる。
胸に湧き上がる高揚を、そのまま言葉で紡ぎ出した。
「これでようやく――思い切り、楽しむことができそうです」
そわそわとした精霊のみなさんをひと撫でして、石盤を消し、ログアウトの準備をおこなう。
各種魔法を解除して小さな多色と水の精霊さんたちを見送り、ベッドへと横になると、四色の精霊さんたちにまたねを約束して、ログアウトを呟いた。
やがて現実世界へと戻ってきた感覚に、一つ伸びをする。
――新しい街での冒険は、まだはじまったばかりだ!
※明日は、主人公とは別のプレイヤー視点の、
・幕間のお話
を投稿します。