十七話 腹が減っては戦は出来ぬ
※ふわっと飯テロ風味です!
神殿からまっすぐ進むと、行きがけにも通った広場へと出る。
左へ視線を向けると、他のシードリアたちが夕陽に照らされながら、魔法や剣や弓の訓練にはげんでいるようだった。
魔法名がいくつか聴こえることから、おそらくはオリジナル魔法ではなく、いまだ多くのシードリアたちが囲んでいる指南役のエルフたちに教えて貰う類の魔法だと推測する。
思い思いの声音、それぞれの言葉で魔法名が紡がれる様子は、歩きながら流し見ているだけでも高揚感で胸が弾むものだ。
発動する魔法の動きこそ、どれもゆったりとしたものである一方、発動者のシードリアたちの表情は真剣なものから楽しげなものまで実に様々。
ついつい微笑ましくなり口元をゆるめていると、ふいに食欲をそそる香りに気付いた。
ぱっと見やった広場の右側、そのすこし奥まったところに、今まで見た蔓の家々の中で一番大きく広々とした建物が見える。
神殿へ向かう時には気付かなかったが、どうやらこの美味しそうな食事の香りは、あの大きな家……おそらく食堂から、ただよってきたらしい。
ふっと、笑みが深まる。
美味しそうな香りには、素直に導かれてみるものだろう。
「いいお時間ですし、食事をしに行こうと思います」
『ごはん~!』
『ごはんだいじ~!』
『しーどりあがすきなもの、あるかな~?』
肩と頭に乗っている精霊のみなさんと静かに話しつつ食堂へと向かえば、入り口の扉の横には大きな看板が一つ。
浅い皿とフォークとナイフを思わすマークが示すのは、間違いなく食堂の意だろう。
その下には、[本日のおすすめ 森兎のスパイス焼き]と書かれている。
率直に言って――とても気になるおすすめメニュー!
私の跳ね上がった高揚感に気付いたのか、三色の精霊のみなさんもどことなくそわそわとしはじめる。
さっそく、と扉を開くと同時に響く、カランカランと軽快な来店を示す音。店内に足を踏み入れたとたん、ふわっと一気に食事の良い香りで嗅覚が満たされた。
『いらっしゃいませ! こちらへどうぞ~!』
明るい声を私にかけた少女は、私の目線と同じ高さで四つの翅をぱたぱたとゆらしてうかぶ、幼い子供の姿をしていた。
――中級精霊さんだ。
書庫で読んだ精霊の本の内容が頭の中に広がり、エルフのような長い耳と、緑色の髪と瞳、四つの翅をもつこの小さな少女が、土属性の派生属性である緑の中級精霊であると即座に理解する。
すいーっと移動する彼女の背中を追いかけると、奥にあるボックス席に通された。
広い店内にある席は、中央にある二つの長机が示す自由席以外は、すべてボックス席のようだった。
いつの間にか机の上に置かれた、大きめの葉で作られたコップには水がたっぷりとゆらめいている。
同じく机の上に置かれている薄いメニュー本を小さな手で示し、緑の中級精霊さんがにこにこ笑顔で言葉を紡ぐ。
『おきまりでなければ、こちらからお食事をえらんでくださいませ!』
快活な接客に、こちらもにこりと笑みを返して応える。
「ありがとうございます。実はお店に入る前に見かけた看板の、本日のおすすめが気になりまして」
『もりうさぎのスパイス焼きですね!』
ぱぁっと緑のつぶらな瞳を輝かせて、ふわりと空中を滑り机の上に近づくと、メニュー本を小さな手が開いて示す。
『こちら、パンとスープもおひとつずつお選びくださいませ~!』
開かれたメニュー本をのぞき込むと、いくつかの種類のパンとスープが載っていた。
サッと確認し、木の実のパンと、煮込み野菜のスープを指先で示す。
「こちらの二つをお願いいたします」
『かしこまりました~! 料理ができあがるまで、しょうしょうおまちくださいませ!』
言うが早いか、緑の中級精霊さんはぴゅーっと通路を通って厨房と思しきカウンターの奥へと消えて行った。
その可愛らしさに、あふれた笑みを小さくおさえる。
どうやらこの食堂の食事を頼む作法は、今では古式ゆかしき、などと呼ばれるような古典的なものであるらしい。
本来は何を食べるかをメニュー本の中をみて決め、本の横に置かれた手で振って鳴らす呼びベルで店員さんを呼び、決まったメニューを伝える……という作法だったはず。
予約制でもなく、空中操作でもない食事の頼み方は、私にとっても新鮮で面白い。
必然的に湧き上がった食事への期待に、不思議と乾いたように感じる喉をうるおすため、葉のコップを手に取った。
一口含んだ水は、ほのかにさっぱりとしたレモンのような風味があり、実に爽やか。
思わず、まじまじとコップの中を見つめる。
完全五感体験型を謳うだけはある、はっきりとした味覚に純粋な驚きが顔に広がるのが分かった。
肩と頭から私の目の前へ、ふよふよと移動してきた精霊さんたちが問いかけてくる。
『おいしい~?』
『おみずさっぱり!』
『びっくりした~?』
「えぇ……とても美味しいです。ここまでしっかりと味が分かることに、驚いています」
少し声量を落としながら、精霊のみなさんにそう答える。
店内には他のシードリアや、キャラクターのエルフたちが数人食事を楽しんでおり、そこかしこから話し声が聞こえていた。
驚いた声や美味しいという言葉が時折耳に届き、これからの食事がますます楽しみになる。
食事が届くまでは、と三色の精霊のみなさんと一緒にメニュー本を手に取り目を通していく。
ここでの食事は洋風の料理で、肉や魚、野菜や果物、クッキーやゼリーのようなデザートも食べることができるらしい。
【シードリアテイル】の人型種族たちは、基本的に雑食だ。
エルフの里の食堂がこの品揃えであるとおり、もちろんエルフも雑食。
野菜も食べるし、肉も魚も食べる。
ただ、自身と相反する属性を宿した食べ物に関しては、食べることができない種族もいて、例えば魔人族は光属性を強く宿した食べ物は食べることができないらしい。
とは言え、大半の食材は食べることができるので、料理も様々な種類のものを食べることができるそうだ。
事前の情報収集では、純粋に味覚を楽しむために食事をする事例も多かったが、特に戦闘前の腹ごしらえに、という場合が主流に思えた。
たしかに、腹が減っては戦は出来ぬ。
ただ、実はこのゲームにはいわゆる空腹ゲージのようなものは設定されていないようで、食事は能力向上の恩恵、いわゆるバフをもたらすものという扱い。
そしてバフ目的以外で食べる場合は、単純な嗜好品扱いになるようだ。
今の私の状況の場合、能力向上の恩恵の持続時間次第で、腹ごしらえになるか嗜好品になるかが決まる。
とは言え、せっかく大地に降り立ってからのはじめての食事だ。
まずはこの鮮明な味覚から得られる未知を、楽しむとしよう。