百七十八話 依頼の受け方とプレートの色
再び進んできた大通りの石畳を鳴らし歩み、噴水広場からギルドの建物が並ぶ区画へと戻ってくる。
何度往復したとしても、まだしばらくはこの大通りのにぎやかさや楽の音は心を弾ませてくれることだろう。
微笑みを深めながら、目当ての冒険者ギルドへと扉を押して入り込む。
宵の口の時間になっても、広い室内はずいぶんとにぎやかな声に満ちていた。
机に並ぶ料理の数が多いことから、仕事終わりに祝勝の食事を楽しんでいる、と言ったところだろうか?
楽しげな様子を流し見つつ、しかし今回の本題は中央で食事をする冒険者たちではなく、左手の壁に貼られた依頼紙のほうだと、視線を向ける。
数人の冒険者たちが依頼紙の前を行き来する様子を少し観察した結果、壁に貼られた依頼紙を外して受付へと持って行くことで、依頼を受けることができるらしいと分かった。
冒険者ギルドという場所が存在するファンタジー系ゲームでは、むしろ定番であろうシンプルな手順に、自然と上がる口角をそのままに左の壁へと歩みより、依頼紙を眺めていく。
と、そこではじめて、依頼紙以外のものが壁にあるのに気づいた。
壁の上側をよく見ると、入り口に近い位置から奥の受付側の位置まで、異なる色のプレートが二枚ずつ、ここからここまでだと範囲を示すように貼り付けられている。
鉄色、銅色、銀色、そして金色のプレートが並ぶその様は、まるでカバンの中の硬貨のように、なにやらそれぞれの境界を示しているように見えた。
その境界がどのようなものを示しているのか、思いつく可能性は幾つかある。
とは言え、それはおそらく、受付で教えていただけることだろう。
今はひとまず、どの依頼を受けるのかを決めることに集中することにして、鉄色のプレートで区切られた位置に貼られた依頼紙の内容を確認する。
魔物の討伐依頼も幾つかあるものの、どちらかと言えば素材収集や街中での困りごとを解決してほしい、といった内容が目立つ。
自然と片手を口元にそえながら、今回が正式な冒険者として受けるはじめての依頼であることを考え――手はじめに、植物を採取する素材収集依頼をしようと決める。
[白香草の採取 十本 報酬は採取状態次第で、鉄貨五枚~銅貨一枚]
そう書かれた文字を視線でなぞり、その下に描かれた白香草とおぼしき細くとがった植物の絵と、さらにその下に書かれている[採取場所は、ノンパル草原に入ってすぐの、草の中]という文字に小さくうなずく。
採取できる場所まで記載があるのは、純粋にとても分かりやすくてありがたい。
ノンパル草原は、街の中央の噴水広場で見た地図にも名前が記されていた、大通りの先の石門をくぐった、その先に広がる草原のこと。
白香草は、その草原の石門近くの草の中にある、という認識で間違いないだろう。
もう一度うなずき、壁にぺたりとくっついている依頼紙をゆっくり丁寧にはがして、奥の受付でチラリと視線を送ってくださっていたシルアさんのところへ歩みよる。
両の側頭部からたれたふわふわの兎耳がぱたりと動き、同時にぱっと笑顔が咲く。
『こんばんは! ロストシードさん! 依頼をお受けになりますか?』
「こんばんは、シルアさん。はい、こちらを受けようかと」
『承知いたしました!』
そっと壁からはがしてきた依頼紙を差し出すと、シルアさんは手早くカウンターの下から厚い紙の束を取り出してペラペラとめくった後、一枚の紙を束から取り外して、机の上に広げた。
サッと視線で確認すると、どうやら今回の依頼紙と同じ内容が書かれているもののようで、シルアさんはその紙の余白に、[鉄色 ロストシードさん]と綺麗な文字を書き加える。
紺の瞳が、素早く紙からこちらへと向き直り、視線が合う。
『お待たせいたしました! これにて、こちらの依頼をロストシードさんが受けたことになります! 持って来ていただいた依頼紙は、確認用に持っていてくださいませ!
――それと、依頼は基本的には、壁の上側にあるプレートの色をご確認の上、ご自身の今のプレートの色のものか、以前の色のものを受けてくださいね』
少しばかり真剣さをおびたシルアさんの表情に、やはりあの壁にはられたプレートには意味があったのだと察する。
「プレートの色によって、依頼の難易度が変わる……ということでしょうか?」
『はい。一般的には金貨を手にすることが難しいように、金色のプレートの下に並べてある依頼は、依頼を達成することがとても難しいものが多いです。もちろん、そのぶん報酬は高額ですが……』
そろりと下がった眉が、言葉通りの危険性とそれに伴う結果を表しているように見え、小さく息をのむ。
『わたしは、ご自身のプレートと同じ色の依頼を受けて、数をこなして力と知識を増やすことをオススメします。そうすることで、プレートの色を上げることもできますし、なにより安全ですから!』
「――えぇ、そのようにいたします」
強い感情を秘めた紺の瞳を見返し、しっかりと心からの言葉を伝える。
冒険者と言うからには、時として想像もつかないような冒険をすることもあるとは思うが……真剣な忠告には、素直に従ったほうがいいはずだ。
プレートの色の上げかたまで教えていただいたからには、しっかりコツコツと順当に依頼の達成数を積み重ね、受けることのできる依頼を増やしていくことを楽しむとしよう!
方針の決定と共に、穏やかな微笑みを口元へと戻し――忘れずに、もう一つの本題をシルアさんへと切り出す。
「そう言えば、今回は採取の依頼を受けましたが、採取場所のノンパル草原には魔物もいるとのことで……もしこちらに、この街の周辺にいる魔物についての情報が書かれた本などがあれば、ぜひ読ませていただきたいのですが」
『はい! 魔物図鑑ですね! えっと……あった! どうぞ!』
「ありがとうございます。すぐに読み終わりますので、少しだけお借りしますね」
『はい、分かりました!』
シルアさんがカウンターの下から取り出してくださった、表紙に[魔物図鑑]と書かれた本を受け取り、壁からはがしてきたほうの依頼紙をカバンに入れる。
次いで、他のかたがたのお邪魔にならないようにと、少し受付から離れた壁側の位置へと移動して、本を開いた。
植物図鑑と同様に、新しく増えていた魔物図鑑の内容を《瞬間記憶》で素早く読み、パルの街周辺にいる詳しい魔物の情報を頭に入れる。
これでようやく――冒険へ出る準備が整った。
魔物図鑑をシルアさんに返し、少しだけ心配を含んだ笑顔と言葉に見送られて、冒険者ギルドから大通りへと出る。
まだまだ人の波がとだえない石畳の上を、優雅に靴音を鳴らして進んで行く。
まずは、そう――石門を目指して。