百七十七話 地図と書館と情報収集
大きな噴水へと近づくと、前方の大通り側に一本、看板のようなものが立っていた。
なにやら絵のようなものが描かれているそれを見やると、どうやら描かれているのはこのパルの街周辺の地図のよう。
サッと確認してスキル《瞬間記憶》で覚えつつ、思考を巡らせながらお次はと書館が建っていた通路へと歩いていく。
大通りよりは少し幅が狭く、しかしやはりエルフの里の土道よりはずっと広い石畳の道を進み、大きな石造りの建物を見上げる。
本のマークを刻む壁に、ふっと口角が上がった。
『しょかん~~!!!!』
「えぇ――まいりましょう!」
ぽよっと肩と頭の上で跳ねた小さな四色の精霊さんたちの楽しげな声を合図に、重厚なつくりになっている書館の扉を押し開く。
――瞬間、紙の本の香りがふわりと広がった。
ほぅ、と思わず、感嘆の吐息が零れ落ちる。
緑の瞳に映るのは、幾つもの本棚に収納された、数えきれないほどの……本!!
感動を乗せた声が無意識に出なかったのは、奇跡に近かった。
開きかけた口を、意識的に閉じる。
そうしなければ……きっと、この静かな空間に余計な音を響かせてしまっていただろう。
緑の瞳だけはしっかりと煌かせて、ゆっくりと広い室内を見回しながら、内側へと歩む。
並ぶ本棚のそばには、幾つかの木目が美しい机と椅子が置かれ、じっくりと本を読むのにふさわしい場だと示すかのように、数人が本を読んでいる。
入り口近くにはこの書館の管理をしている司書さんたちとおぼしき人々が、同じく木製のカウンターの奥で忙しなく本を確認したり書類を書いたりしていた。
ふと、老年の司書さんと視線が合い、お互いに微笑みを交わす。
そっと手でどうぞと室内を示す所作にうなずきを返して、近くの本棚へと足を進めた。
おそらくは、自由に見てかまわないという意味だろう、と解釈をしつつも、何か不手際があってはいけないので、まずは司書のみなさんの視線が届くところで読書を楽しもう。
……なにせ、このような紙の本が多く収められた書館という場は、現実世界のほうでは基本的にとても重要な文化保護の意味合いもあり、非常に厳重な護りのもとに解放されている場合がほとんどなのだ。
さすがに没入ゲームであるこの【シードリアテイル】の中でまで、それほどまでに厳重な対応を求められるとは、あまり思ってはいないが……。
いずれにせよ、本が大切な知識の宝庫であることに違いはないため、用心はしておく。
クインさんが管理していた書庫と、司書のかたが多くいるこの書館とでは、果たして何がどこまで異なるのか。
若干緊張をしながらも、本棚に整えられた背表紙を視線でなぞっていく。
ざっと見る限り、この本棚にあるのは童話や歴史書、物語小説などに見える。
ではその後ろの本棚はどうかとのぞいてみると、こちらはパルの街周辺にいる魔物や、生えている植物についての本。
その奥は、街や周辺の地理についての本が並び、さらに奥の本棚には裁縫や細工、錬金術や料理などの職人向けの本が並んでいた。
ふぅむと片手を口元にそえ、ひとまず今回は必要な情報収集に集中しようと決める。
魅力的な本は山ほど見かけたが、すべてを今日一日で読み切ってしまうのも、もったいない。
――お楽しみは、後にもとっておかなくては!
ふっと微笑み、くるりと振り返って必要な本を数冊本棚から抜き取り、司書のみなさんの視線が届く場所にある机に広げて椅子に座る。
入り口近くにある窓から、あたたかな夕陽が射し込む中、まずはと一冊目の本を丁寧に開いた。
大きめの薄い本は、表紙に[パルの街の地図]と書かれていて、中にはこのパルの街の街中を記した地図と簡単な説明が書かれている。
地図を見てみると、さきほどまで屋台巡りをしていた噴水広場は、やはり街の中心部なのだと記されていた。
この書館がある通路の奥には、領主や貴族のみなさんが暮らす邸宅があることや、お店が並んでいた大通りの先には石門があり、そこから魔物のいるフィールドへと出ることができる、と連なる文字を視線でなぞっていく。
家々が並んでいた通路は、予想通り住宅街であり、その奥には畑が広がっているようだ。
機会があれば畑なども見てみたいと思いつつ、次の本を開く。
[魔物の素材図鑑 パルの街周辺]と表紙に書かれたタイトルの通り、パルの街周辺にいる魔物が落とす素材についての知識が書かれた図鑑を、しっかりと読み込む。
とは言え、魔物自体の詳細は残念ながら書かれていないため、その知識に関してはのちほど冒険者ギルドでも探してみるとしよう。
つづけて、[錬金術素材 下級錬金薬編]や[細工師必見! 素材図鑑]、内容に新しいものが増えていた[植物図鑑]も読み込み、ひととおり情報を頭に入れ終える。
本を抱えて再び本棚の定位置へと戻していき、特別司書のみなさんに怒られるような展開にはならなかったことに安堵しつつ、カウンター奥のみなさんに軽く会釈をしてから入り口の外へ。
通路の石畳をコツリと鳴らし、さて、と空を見上げる。
ちょうど落ち切った夕陽が宵闇を連れてきて、時間が宵の口へと移り変わった。
小さな光の精霊さんと闇の精霊さんが交代して、またねといらっしゃいのあいさつを交し合う。
次いで移動させた視線の先は、ギルドの建物が並ぶ方向。
お次は、冒険者ギルドで魔物についての情報収集をしたのち――正式な冒険者として、正式な手順にのっとり、依頼を受けてみよう!