百七十四話 冒険者ギルド、すなわちロマン!
再び昼の陽光が射す石畳の大通りに足を踏み入れながら、さて、と意識を切り替える。
神々へのお祈りの後は――リリー師匠やアード先生、それにはじめの頃にシエランシアさんから聴いた各種ギルドへ、登録をしに行こう!
進んできた道を、人の波をよけながら戻り、ワープポルタに送られた地点である噴水広場が前方に見えるところまで引き返すと、左右を見やる。
ちょうど大通りを挟んで左右の道の端に、それぞれのマークを壁に刻んだ冒険者ギルドや職人ギルド、商人ギルドなどがその威光を示すようにして、大きな石造りの建物を並べていた。
ファンタジー系のゲームではもはやお馴染みである、ギルドという組織が有する建物に、自然と好奇心と高揚感が湧く。
ふっと微笑みを深め、まずはと定番中の定番のロマン、冒険者ギルドの入り口へと歩みよる。
剣と杖が重なり合うマークが刻まれた壁を見上げ、次いで前にいた人間族のかたの所作にならい、開き戸である二つセットになった大きな木製の扉を、よいしょと両手で押して中へ入り込んだ。
――とたんに緑の瞳に映った光景に、あやうく穏やかさを放り投げかけて、寸でのところで思いとどまる。
今のはたいへん危なかった。おそるべし、冒険者ギルド。
まさか……これほどまでに、ロマンを体現しているとは!!
キラリと煌いたであろう緑の瞳をそのままに、お邪魔にならないよう入り口から少しだけ移動して、じっくりと広々とした部屋を見回す。
木の丸机と椅子のセットが幾つか置かれ、そこには冒険者であろう人々が腰かけて、にぎやかに話し合いや料理を楽しんでいる。
美味しそうな香りは、右手に見える綺麗に磨かれた石造りの長いカウンターのような机の、その奥に見える厨房からだろう。
反対に視線を向けると、艶やかなのに所々不自然に削れた跡のある左手の壁一面に、ぺたりと貼られた依頼紙とおぼしき紙、紙、紙……。
ぱちりとまたたき、視線を奥へと注げば、厨房前と似たつくりの長い石造りの机の奥で、受付をおこなう職員であろう数名の人々が、せわしなく訪れた冒険者の対応をしていた。
武骨さと、どこか研ぎ澄まされた空気と、食と依頼紙とにぎやかさ!
――これぞ、冒険者ギルドという名の、ロマンだ!!
この光景をロマンではないと語ることは、【シードリアテイル】には魔法以外のロマンなど、無いと言っているようなもの!
私と一緒にそわそわとしはじめた小さな四色の精霊さんたちと共に、この高揚感とつりあう気合いを入れ直して……いざ!!
トンっと石の床を小さく鳴らし、部屋の奥へと足を進める。
ちょうどあいていたカウンターの前へと歩みよると、受付の女性がぱっと笑顔を咲かせた。
『栄光なるシードリア! ようこそ、冒険者ギルドへ!』
背に流れる長い白髪に、つぶらな紺の瞳、そして……左右の側頭部からたれた、ふわふわの白い獣耳!
――ロップイヤー、もとい、兎の獣人さんだ!!
うっかりぴょんと跳ね上がったテンションを、気合いと根性で抑えつけてから、優雅にエルフ式の一礼をおこなう。
「はじめまして。冒険者としての登録にまいりました、ロストシードと申します」
『冒険者登録ですね、承知いたしました! わたしは受付担当のシルアですっ。お困りの際は、いつでもお声がけくださいませ!』
ぱたりと動いたふわふわのお耳に、若干意識をもっていかれながらも、なんとかいつもの微笑みと共に要件を伝えることに成功する。
はきはきと快活なシルアさんの口調に元気をもらいながら、感謝の言葉を紡ぐ。
「はい、ありがとうございます」
『いえ! それでは、こちらのプレートの、この部分に、魔力を注ぎながらお名前を刻んでくださいませ! 登録自体は、この作業だけで完了となります』
「なるほど……」
どうやら、登録自体は本当にシンプルなようだ。
石の机の上に差し出された、トランプのカードくらいの大きさと形の鉄色のプレートを見つめ、一つうなずく。
さきほど白い指先が示したプレートの面の上側に、そろりと指先を当てて《魔力放出》を意識しながら、[ロストシード]と魔力で名前を刻む。
魔力で文字を書くという作業自体ははじめてだったが、問題なくすらすらと文字を刻むことができた。
しっかりと刻まれた名前を見て、下げていた視線をシルアさんに戻すと、にこりと素敵な笑顔でうなずきを返してくれる。
『はい! 問題ありません。新しい冒険者としての記録をこちらにも登録いたしますので、少々お待ちください!』
「えぇ、分かりました」
手渡したプレートを手に、くるりと後ろを振り向いたシルアさんは、すぐそばの小さな机に置かれていた星空を閉じ込めたような球体にプレートをかざした。
一瞬だけ闇色の光が放たれ、すぐにおさまった状況に、小首をかしげつつも静かに見守る。
とは言え、作業はそれだけだったらしく、シルアさんはすぐにこちらに向き直りプレートを渡してくださった。
『これにて、冒険者登録は終了となります! こちらのプレート自体が、冒険者としての証となっておりますので、大切に保管をしてくださいませ』
「ありがとうございます。なるほど、気をつけます」
『ぜひ! 初回の登録は無料ですが、すでに冒険者として登録されていますので、紛失した際は相応のお支払いが必要になりますから……』
困ったような表情でつづけられた言葉に、さもありなん、と反射的にうなずく。
下がってしまったシルアさんの眉を戻すため、改めてふわりと微笑み凛と言葉を返す。
「心得ました。大切にしますね」
『はい!』
とたんに咲いた笑顔に微笑みを深めると、シルアさんのたれた兎耳がぱたりと動き、コテンと首がかしげられた。
『この後は、依頼を受けますか?』
ある意味予想通りの流れに、しかし静かに今度は首を横に振る。
晴れて成れた正式な冒険者として、依頼を受けるその前に……他のギルドへの登録を終わらせておきたい。
「――いえ。この後は、他のギルドの登録もおこなう予定でして」
『あっ、承知しました! 依頼の受け方や、ダンジョンについての説明など、分からないことはいつでもおたずねくださいませ!』
「えぇ、ありがとうございます、シルアさん。その際は、どうぞよろしくお願いいたします」
『お任せください!』
大切な説明につづき、頼もしい承諾の言葉が返され、思わずにこりと微笑みが深まった。
軽く一礼し、浮足立つようなロマンを感じる冒険者ギルドを後にする。
「お次は、職人ギルドにまいりましょう」
『はぁ~い!!!!』
肩と頭の上で、四色の精霊さんたちがぽよっと跳ねるのに微笑み、ちょうど冒険者ギルドの隣に隣接するように建つ建物へと、足を進めた。