百七十三話 パルの街の歌声と神殿
陽の光、人々の声、石畳に響く靴音――パルの街の大通りは、一歩足を進めるごとに胸が高鳴る新鮮さに満ちていた。
前方からも後方からも押しよせてくる人の波を、すいすいとぶつからないように避けながら前へと歩いていく。
ついつい多様な姿の人々に視線をうばわれがちではあるものの、石畳の両側に並ぶ建物に目を向けることも、忘れてはいない。
手前に軒を連ねるいろいろなお店に、その奥につづく石造りの家々と、おそらくは各種ギルドが所有しているとおぼしき、ひときわ大きく堅牢な建物たち。
神殿でお祈りをおこなった後は、あの大きな建物でそれぞれのギルドの登録手続きをしようと、脳内にメモをする。
次の方針も決まったあたりで、とぎれとぎれに聞こえていた歌声が、鮮明になって耳に届いた。
視線を先へと向けると、小さめの噴水のそばで、竪琴と共に歌声を響かせる吟遊詩人の女性が一人。
緑のローブをゆらしてリズムをとり、竪琴の弦を指が弾くのにあわせて、歌声が風と共に周囲へと響いていく。
『野花の香りを
指先に乗せて
小道をたどれば
花の道に
ふわりふわり咲いて
いざなわれて
小鳥たちと共に今
歌おう』
軽やかなメロディーと美しい歌声に、思わず心が躍った。
――この音色が、パルの街の吟遊詩人の音楽!
エルフの里の大老アストリオン様とはまた異なる、華やかで軽やかな音色に、こちらもまた素晴らしいと強く思った。
「素敵な歌声と演奏ですね」
『すてき~!!!!』
小さく紡いだ呟きに、肩と頭の上でぽよっと跳ねた小さな四色の精霊さんたちの歓声がつづく。
まっすぐ進める足を、素晴らしい音楽を披露してくれている吟遊詩人さんの横を通る時ばかりは、ゆったりとゆるめて通りすぎる。
ふと前方へと戻した緑の瞳が、陽光に反射して煌く、白亜の建物を映した。
大通りを進んだ先の右手にある、白亜の建物……間違いなくあの場所が、ロランレフさんが教えてくださった、パルの街の神殿だろう。
ふっと微笑みを重ね、開かれた入り口の前まで歩みよる。
磨かれた白亜の壁に、繊細な蔦模様で飾られた入り口、放たれる荘厳さまでもがエルフの里の神殿と同じように感じられた。
唯一異なる点は、多くの人々がせわしなく出入りしているところだろうか。
そっと足を踏み出し、パルの街の神殿のその内側へと入り――ほぅ、と反射的に感嘆の吐息が零れる。
白亜の広間に並ぶ、神々の姿を模した巨大な白き石像は、この場でも威厳と壮麗さをたたえて鎮座していた。
静かにゆっくりと広間の中を進みながら、周囲をそれとなく観察していく。
外観と同じく、内装もエルフの里と同じ一方で、この美しく清らかな空間でお仕事をなさっている、神官さんたちのお姿はやや新鮮に見える。
まず一見して、エルフの神官さんだけがいたエルフの里とは異なり、この神殿には明らかに人間族の神官さんが多い。
一応神々の巨大な神像のそばにはそれぞれ一人ずつ、その神々が生み出した種族の神官さんがいるものの……それが逆に、この新鮮さを際立たせているように感じた。
とは言え、出入りする人の多さに比例して少々にぎやかな神殿内は、それでもどこか静かで神聖な雰囲気があり、やはり神殿なのだと納得が降る。
穏やかな微笑みをうかべなおし、靴音と共に進んだ先。
精霊神様の神像のそばには、エルフの美しい女性神官さんが立っていた。
艶やかな長い緑髪がゆれ、澄んだ金の瞳と視線が合う。
どちらからともなく、上品にエルフ式の一礼をおこなった。
『はじめまして、栄光なるシードリア。ようこそ、パルの街の神殿へ』
再び、今度は神官式の一礼と共に紡がれた、やわらかな声音による歓迎の言葉に、左手を右胸へと当てて穏やかに言葉を返す。
「はじめまして。私はロストシードと申します。エルフの里から、ついさきほどパルの街へと移ってまいりました」
『さようでございましたか。パルの街への来訪、とてもうれしく思います。わたくしのことは、どうぞエルランシュカと』
「ありがとうございます。どうぞよろしくお願いいたします、エルランシュカさん」
『はい、ロストシードさま』
ふんわりと微笑む美貌に優しげな雰囲気があわさり、エルフの里の神官ロランレフさんとはまた違う印象の神官さんだと感じる。
しかし、新しいその新鮮さを楽しむためにゆっくりと会話を……というわけにもいかない。
穏やかなあいさつを終えた後は、エルランシュカさんに軽く礼をしてから、そっと壁側へと移動する。
すると、すぐさま他の人々がかわるがわるエルランシュカさんへとあいさつをはじめた。
ノンプレイヤーキャラクターかシードリアのかたかは分からないものの、さすがの人の多さだと思わず感心してしまう。
神殿の広間だというのに、目まぐるしく移り行く人の波に、これはもう大人しくお祈りに集中しようと決め、すぐ近くにあった精霊神様のお祈り部屋へと入り込む。
白亜の壁、人の背丈と同じ美しい神像に、長椅子。
こちらも内装は変わっていないようで、ようやくほっと一息つきながら長椅子に腰かける。
そっと両手を組み、スキル《祈り》を発動。
問題なくパルの街へとたどり着いた旨をお伝えする。
つづけて、天神様、魔神様、獣神様へも次々にお祈りをおこない、ようやくいつもの大切な日課を終えた気分に、神殿を後にしながら一息をついた。