百七十二話 全ての種族が集まる街
眩い昼の明るさの下で、噴水広場とでも言うべきこの場所から見やり、緑の瞳に映る光景はまさに新鮮の一言。
石畳の大通りを、多種多様な種族と姿の人々が行き交い街を彩り、両端に並ぶ石造りの家々は陽光に照らされ、その色とりどりの屋根を鮮やかに煌かせていた。
話し声に笑い声、前方の噴水から散る水の音、どこかから届く楽の音――心が、あっという間に新しい街のトリコになる。
「ここが、パルの街!!」
『ぱるのまち~~!!!!』
思わず上げた歓喜の声に、小さな四色の精霊さんたちの歓声が重なる。
エルフの里とは比べ物にならないほどの情報が満ちたパルの街に、好奇心と高揚感が湧くのを止められない……!
ゆったりと先につづく大通りへと視線を注ぎ、つい感嘆の声が零れた。
「あぁ……。本当に、この街は、すべての種族が集まることができる場所なのですね」
『いろんなしーどりあ、いっぱい!』
『えるふじゃないね~!』
『ほかのしゅぞくのこたちだ~!』
『わぁ~! いっぱ~い!』
四色の精霊さんたちが、肩と頭の上でぽよぽよと楽しげに跳ねながら紡いだ言葉に、うなずきを返す。
向けた視線の先、石畳の大通りを行く人々は、人間族に獣人族、エルフとエルフ以外の妖精族、天人族に魔人族と、文字通りすべての種族の外見的特徴を確認することができた。
特に分かりやすいのは、妖精族の一種族で一対の翅をもつフェアリーや、天人族のまさに天使のごとき純白の羽をもつエンジェル生まれの人々だろう。
事前の情報収集で学んだ通り、かの二つの種族の人々は例外なく、みなさん地面から少しばかりういた状態で移動するのがデフォルトであり、これは種族特性のスキル《空歩》のおかげらしい。
すいーっと地面より少しういて、滑るように移動していく姿はどことなく、エルフの里の食堂の緑の中級精霊さんの移動方法を思い出すが、精霊さんたちはそもそもスキル関係なく普通に飛んでいる状態なので、実際にはいろいろと異なる。
外見的特徴で、他に一見して分かるのは、やはり耳や尻尾が生えている獣人族や、角や瞳などが特徴的な魔人族あたりだろうか?
とは言え、正直なところ種族自体の認識は、やはりそれぞれ何かしら特徴があるため、あまり把握できないということはないはずだ。
問題は――ノンプレイヤーキャラクターと、シードリアを見分けること、か。
「……想定以上に、どなたがシードリアなのかを見分けることは難しそうですねぇ」
小さく、苦笑と共に難題を呟く。
はじまりの地であるエルフの里では、服装などで明らかにほとんど初期装備のシードリアと、それとは異なる服装のノンプレイヤーキャラクターとを見分けることは、とても簡単だった。
しかし、パルの街では一見するだけでは分からないかもしれないと感じるくらいに、さまざまな服装をまとう人々であふれている。
それでも、ノンプレイヤーキャラクターとプレイヤーでは動きの幅や速さがやはり異なる上、ノンプレイヤーキャラクターならばシードリアと呼びかけてくれるので、見分けられないわけではないのだが……。
さすがに、一目見て見分けられるかと問われると、少々自信がない。
「まぁ、その内見分ける目もやしなわれていくことでしょう」
一つうなずき、未来の自身に期待をしておくことに決める。
『がんばって、しーどりあ!』
『ぼくたちおしえるよ~!』
『わからなかったら、きいてね~!』
『おしえる~!』
「はい、みなさん。その時はよろしくお願いしますね」
『はぁ~い!!!!』
頼もしい精霊のみなさんの返事に微笑み、さてと前方へ足を踏み出す。
すぐ目の前にある、石畳に鎮座した噴水が、さきほどから気になっていたのだ。
涼やかな水飛沫を散らす大きな噴水へ、優雅に歩みよると、かすかな水気が感じられて心地好さに微笑みが深まる。
ふよっと右肩から噴水へと移動した、小さな水の精霊さんが遊ぶ様子に癒されていると、突然ぱしゃっと跳ねた水が服にかかった。
『あ~っ!! しーどりあにみずとばした!』
小さな水の精霊さんが叫んだ言葉で、ようやく情報を理解する。
ぱちぱちと緑の瞳をまたたきながら、たっぷりと水をたたえた噴水を見つめると、おそらくさきほどまでその水の中に隠れていたのだろう、他の小さな水の精霊さんたちが楽しげに舞っていた。
またぱしゃりと飛ばされた水を、今度は小さな水の精霊さんが同じように水を放ち、相殺してくれる。
楽しそうな動きときゃっきゃと響く声に、噴水にいた水の精霊さんたちは遊んでいるのだろうと察した。
であれば――こちらも、応戦させていただこう!
すっと前方へと右手をかかげ、穏やかに魔法名を宣言する。
「〈アクア〉」
右手の先に出現した攻撃性のないただのたゆたう水を、《同調魔力操作》でふよふよと動かし、噴水の端でぱしゃんと落下させて遊びの反撃をおこなうと、再びきゃっきゃと楽しげな笑い声が上がった。
どうやらお気に召してもらえたようだと、満足さと嬉しさに微笑みを深める。
――と、すぐそばから石畳の地面を蹴る、軽やかな足音が聞こえた。
『エルフのシードリアのおにいちゃん!!』
タッと駆けよってきた、幼げな人間族の兄妹とおぼしき二人の子供が上げた声に、振り向きざま微笑みを向ける。
「はい、私をお呼びでしょうか?」
『うん!』
『おにいちゃん! まほうみせて~!』
確認の問いにコクコクと愛らしくうなずく兄であろう少年と、兄の少年より一回り小さな妹であろう少女の期待を宿した言葉に、微笑みを深めて一つうなずきを返す。
「えぇ、良いですよ。どのような魔法が見たいですか? 私が使えるものならいいのですが」
『きれいなまほうがみたいの~!』
「綺麗な魔法ですか……では」
一瞬で巡らせた思考にて出した決定を、魔法の発動として表現する。
瞬間、キラキラと陽光に煌く、光を灯した小雨が静かに――美しく、私の周囲へと降り注いだ。
『わぁ~! きれい~!!』
声をそろえて感激してくれる小さな兄妹に、にこりと上品な笑みで応える。
無詠唱で発動させたのは、小範囲型の回復系下級魔法〈オリジナル:癒しを与えし光の小雨〉。
同時に発動した、とある神様からの餞別である〈恩恵:癒し人〉に感謝しつつ、すべての回復魔法の効能が少し向上するという効果の活躍自体は、今回は生命力が減った状態ではなかったため、またのお楽しみだと微笑む。
さいわいなことに、この光と水の複合魔法の美しさは、どうやら可愛らしい兄妹たちの期待に、無事応えることができたらしい。
満面の笑顔で感謝を響かせながら、来た時と同じくあっという間に駆けていく姿を見送る。
パルの街到着早々、思わぬ出会いがあったものの……噴水にいた小さな水の精霊さんたちもさきほどの小さな兄妹も、どちらもたいへん可愛らしく、あやうく頬がゆるみそうになった。
「さて! そろそろ神殿へ向かいましょう」
『はぁ~~い!!!!』
意識を切り替え、小さな四色の精霊さんたちの元気な返事を聴きながら、コツリと靴音を鳴らして石畳の大通りを進みはじめる。
少し進み人の波に混ざるだけで、人々が息づくにぎやかさと、音楽の華やかさが音として満ち響いた。
あぁ、本当に新しい街に来たのだと、ようやく実感が追いつく。
ふわりと好奇心を秘めた微笑みを重ね、まずはこのパルの街にある神殿へと向かうべく、喧騒の中で足を進めた。