百七十一話 古き神物に導かれて
好奇心を秘めた目覚めに、ふっと微笑みがうかぶ。
普段より少しはやい時間に、目が覚めてしまった。
どうやら自身で思っていたよりも、新しいフィールドへ行くことが楽しみだったらしい。
今日はついに、【シードリアテイル】のサービス開始から一週間をこえ、八日目。
エルフの里から新しい地、パルの街へと、拠点となる地を替える日だ!
高揚感のままに朝の日課の散歩をあえてゆったりとおこない、朝食を楽しみ――いざ、【シードリアテイル】へログイン!
『しーどりあ~!!!! おかえり~~!!!!』
「はい、みなさん。ただいま戻りました!」
緑の瞳を開く前から、小さな四色の精霊さんたちの元気いっぱいな声音が響き、口元をゆるめながらあいさつを返す。
優雅にベッドから身を起こして窓を見やると、なんとも眩い昼の陽光が緑の瞳に映った。
ふっと上がる口角をそのままに、大きな姿見の鏡へと歩みよる。
「せっかくの、いわゆる門出ですからね。今日は存分におめかしをしましょう!」
『おめかし~~!!!!』
青、銀、茶色に白色の光が、楽しげに舞う四色のみなさんの動きに合わせてかすかに尾を引く美しさに見惚れつつ、右腰のカバンから昨日買った服や靴を取り出していく。
本日は、まずは新しい街並みを楽しむことから、はじめる予定だ。
そのため、戦闘面は考慮せず、純粋に新しい装いを楽しむとしよう!
マントと服を脱ぎ、水色の糸で描かれた雫模様が見事な、青いチュニックを着る。
銀糸の風模様が裾に刺繍された白のズボンにはきかえ、同じく白生地の、陽光の刺繍がほどこされたローブを身にまとう。
最後に靴をシンプルな茶色のブーツに変え、靴飾り用の足輪をはめなおし、白のローブにも銀のブローチを留めて、意外と戦闘面の相性も問題のない――おめかし、完了!
「みなさん、いかがでしょう?」
『きれいだよ、しーどりあ!』
『すっごくきれい~!』
『しーどりあ、かっこいい~!』
『しろいろ、にあってる!』
「ふふっ! お気に召していただけたようで、何よりです」
四色の精霊さんたちの褒め言葉に笑顔を咲かせながら、鏡に映る姿を確認する。
金から白金へといたる、グラデーションがかかった長髪をより輝かせる、青のバレッタと星のカケラの耳飾り。
青いチュニックと白いズボンは、色白で細身のこの身によく似合っている。
さらに白のローブに留め飾った羽の形に似た銀色のブローチと、右手で煌く蒼の手飾り、左手中指の青の指輪と左手首の銀の腕輪、それに茶色のブーツにはまる銀輪の靴飾りが、素敵な魅力を加えているように見えた。
小さな光の精霊さんがおっしゃる通り、白色をまとう今の姿はどこか、神聖な雰囲気さえかもしだしている気がして、ふわりと上品な微笑みをうかべてみる。
鏡の中、美しく微笑むエルフの青年は一つ、やわらかにうなずいた。
「さて、それではいつもの準備もしていきましょうか」
『じゅんび~!!!!』
ぱっと舞った四色の精霊さんたちに合わせ、〈フィ〉と〈ラ・フィ・フリュー〉を流れるように紡ぐ。
小さな多色の精霊さんたちが、陽光射す白亜の部屋の中に現れ、ゆっくりと耳元をかすめるように順番に近づいては遠ざかる様子は、今日もとても美しい。
重ねるように〈アルフィ・アルス〉を詠唱して、小さな水の精霊さんたちにも現れてもらい、多色の精霊さんたちと一緒に《隠蔽 三》でかくれんぼをしてもらう。
靴飾りの足輪に風の付与魔法を付与した結果として、残り一つの魔法を隠蔽できるが……ひとまず、こちらは保留としておく。
最後に〈オリジナル:見えざる癒しと転ずる守護の水風〉を発動し、涼しさを宿すそよ風に、長髪とローブがかすかにゆれる様子を見届け、準備も終了。
満足さに深まった微笑みと共に、好奇心に満ちた声音で小さな四色の精霊さんたちを呼ぶ。
「それでは、みなさん。以前のお約束の通り、ワープポルタへの案内をお願いいたします」
『わぁ~い!!!! まかせて~~!!!!』
とたんに上がった歓声と頼もしい言葉に、穏やかにうなずいて宿部屋を後にする。
本日のお祈りはパルの街の神殿でおこなうため、広間へと下りた後は、そのまま外へとつづく出入り口へと向かう。
鮮やかな陽の光が射し込む、神殿の入り口で立ち止まり、広間のほうを振り返ると、ロランレフさんをはじめとした神官のみなさんと視線が合った。
ふわりと微笑みを交し合い、ゆったりと美しく、エルフ式の一礼を捧げる。
神官のみなさんならば、きっと――この一礼に込めた感謝の気持ちに、気づいてくださることだろう。
顔を上げ、再度視線を向けると、みなさんがいっせいに両手を胸に重ねて神官式の礼をおこなう、神聖な姿が緑の瞳に映った。
慈しみをたたえた見送る眼差しに、微笑みを返して背を向ける。
踏み出した土道は、たしかに新しい旅路へとつづく道だと感じた。
「あぁ……まさしく、旅立ちにふさわしい日ですね」
『たびだち、わくわく!』
『わーぷぽるた、あっちだよ~!』
『つぎのまち、たのしみ~!』
『あたらしいばしょ、わくわく!』
思わず零した期待を秘めた言葉に、四色のみなさんも楽しげに前方へと躍り出て、声を上げる。
ひゅんひゅんと飛び交いながら、意気揚々と得意げに『こっち~!』と誘導してくれる姿が可愛らしくも頼もしく、穏やかな笑顔で小さな姿を追いかけていく。
以前しっかりと確認したため、当然ながらワープポルタの場所は分かっている。
しかしそれはそれとして、次の街へ行く時、精霊のみなさんに案内をしてもらうという約束も、私は決して忘れてはいなかった。
この癒しの時間は、まさしくその結果と言えるだろう。
迷うことのない土の一本道を、また増えているように感じる後発組のみなさんの合間をぬい、進むことしばし。
やがて里の入り口から出て、すぐ右横へと曲がり進み、森にほど近い場所で足を止めた。
『わーぷぽるた、み~つけた!!!!』
「えぇ、到着ですね。みなさん、案内をしてくださり、ありがとうございます」
『どういたしまして~~!!!!』
そろって可愛らしく声を上げる、精霊のみなさんに微笑み、感謝を告げる。
眼前にぽつんと立つ、この一つの石像こそが、神物ワープポルタ。
真白の台座に蒼穹色の球体がのる、チェスの駒のポーンによく似た形の石像は、古くから世界各地に点在し、それぞれの地へと転送してくれる神々の魔法がかけられているのだと、クインさんが教えてくれた。
精霊のみなさんに導かれ、無事にこの神物の前へとたどり着いた以上……後は淡く光を放つ美しい蒼色の球体に、手をかざすだけ。
「――いよいよ、ですね」
緊張と好奇心を秘め、小さく呟く。
くるくると蒼い球体の上を舞っていた小さな四色の精霊さんたちが、すいっと肩と頭の定位置にとまり、出発の合図をしてくれた。
落ち着いて、ゆっくりと深呼吸を一つ。
そっと伸ばした右手で球体に触れた刹那、パァッと輝いた眩さに包まれて瞳を閉じる。
直後感じた浮遊感に、小さく息をのみ。
次の瞬間、突然響いたにぎやかな喧騒に、驚いて緑の瞳を開くと――そこはもう、新しい音と香りと光景が広がる、見知らぬ街だった!