百六十三話 書館と裏路地と知識の導き
美食をたっぷりと堪能して、食堂から外へと出る。
すっかり夕方の時間へと移り変わった空からは、橙色の夕陽が木漏れ日とまざり、大地へ降り注いでいた。
向けた視線の先、土道を行き交う他のシードリアの姿は、少し減ったように見える。
まばらになった初期装備のエルフが歩む中に、私もそっと静かにまざって足を動かす。
お次は――クインさんの書庫へ!
「こんにちは、クインさん」
『――やぁ、いらっしゃい』
たどり着いた書庫の前、巨樹の根本でいつものように読書をしていたクインさんは、すぐに立ち上がり穏やかな眼差しとテノールの声で歓迎を示してくれた。
改めて背筋を伸ばし、ご報告を言葉にする。
「本日はご報告と読書にまいりました」
『うん? 読書は分かるけれど……報告?』
「はい。実は、空の時間で明日、いよいよ次の街へ行くことに決めまして」
『おや! ついに、かい?』
「えぇ、ついに」
紡いだ言葉に、クインさんはゆるりと感慨深げに若葉色の瞳を細めた。
小さく『そうか』と呟いたクインさんは、またたいた若葉色の瞳をこちらへと注ぐ。
『そうだなぁ……君は本を好んでいるから、あの街の本がある場所について話そうか』
「それはぜひともお聴きしたく!」
『あはは! そう言うと思ったよ』
興味深すぎる話題に、思わずくい気味に反応してしまった。
軽やかな笑い声を上げたクインさんは、どこか楽しげな表情で口を開く。
『あの街には、そこまで大きくはないけど、書館があるよ』
「なんと!」
書館――たしかに、クインさんは今、書館と言った。
それはつまり、より多くの本が並び、かつその本を読むことができる場所が、次の街にあるということ!
「書館ということは、こちらの書庫よりも大きな建物の中に、より多くの本が収納されている、ということですよね?」
『まさに、その通りだ』
予想的中、大正解だ!
反射的に上がった口角に、肩と頭の上に乗る四色の精霊さんたちからも、わくわくとした雰囲気がかもしだされる。
『王都の書館と比べてしまうと、さすがに小さく思うだろうけれど……この書庫と比べるのなら、君の好奇心を満たすだけの広さと蔵書量だと言えるかな』
「それはそれは……!」
『わくわく!!!!』
さらりと王都の書館はさらに大きいのだという情報と共に、私の好奇心を満たせるだろうと告げたクインさんの言葉には、どうしても緑の瞳が輝いてしまう。
私や精霊のみなさんの様子を見て、またクインさんから軽やかな笑みが零れた。
『あはは! あの街には、裏路地に古本を売っているお店もあるから、興味があるなら探してみると良いよ』
テノールの声が紡いだ言葉に、ぱちりと緑の瞳をまたたく。
――なにやら、とてもロマンあふれる情報を聴いた気がする!!
もう一度、キラリと緑の瞳を煌かせる心持ちで、クインさんに言葉を返す。
「裏路地にある、古本を売っているお店ですね! 必ず探します!」
『さがす~~!!!!』
ついには肩と頭の上でぽよぽよと跳ねはじめた、四色の精霊さんたちの気持ちも、もっともだと数度うなずく。
なにせ、街中にある裏路地に、ひっそりと存在する古本を売るお店と言えば、もはやそれだけで充分ロマンにあふれている。
どのような街並みの中に、裏路地が隠されているのだろうか?
お店の雰囲気はどのようなもので、古本にはいったい、何が書かれているのだろう?
……もしかすると、中には掘り出し物なども、あるかもしれない!
「楽しみですね!」
『うんっ!!!! たのしみ~~!!!!』
一緒に探してくれると言ってくれた精霊のみなさんと共に、好奇心と高揚感が満ちていくのを笑顔で確認し合う。
すると、ふとかすかな笑みの気配を、眼前に感じた。
『――本だけで、そこまで目を輝かせることができるのなら、心配は必要なさそうだ』
そう、落ち着き払ったテノールの声音が耳に届き、はっとクインさんを見る。
ひたと向けられた、若葉色の瞳と視線が重なった。
『栄光なるシードリアが、歩みを進めると決めたのであれば。僕たちはただその意思を尊重し、君の旅路の幸福を祈ろう。――君に、知識の導きがありますように』
穏やかに、そして厳かに。
クインさんがおくってくださった言葉が、静かにこの場だけに響く。
自然と左手が右胸へと伸びて、それを当てたまま深く、けれど優雅に一礼をおこなう。
素敵な祝福の言葉に、最大限の感謝を返したくて、言葉を紡いだ。
「数々のお導き、本当に感謝しております。きっとこれから先も、知識が私をより良く導いてくれるのだと――そう、信じています」
そっと顔を上げた瞬間、緑の瞳に映ったのは、穏やかに美しく微笑むクインさん。
ゆったりと返されたうなずきに、こちらも自然と深くなった微笑みを返す。
『さぁ、せっかく来てくれたのだから、ゆっくりと本を読んでおいで』
「はい!」
次いで、少しお茶目な雰囲気でうながされた読書に、素直に弾んだ声音で答える。
くるりと後ろを向くと、前方には変わらない蔓の書庫。
自然とうかぶ微笑みをそのままに、クインさんの言葉通り読書を楽しもうと、書庫へ足を向けた。