百六十一話 選びつづけるロマンをこの手に
昼の眩い陽光の中、たどりついたマナさんとテルさんの武器屋の前。
ある意味では予想通りな眼前の状況に、思わず小さく笑みが零れた。
「ふふっ、ご夫婦の語り合いは、本日も絶好調のご様子で」
『ぜっこ~ちょ~!!!!』
小声での呟きに、楽しげながら小さな四色の精霊さんたちもひそめた声を上げる。
扉の前で、入ろうか入るまいかと視線をさまよわせる、数人のシードリアのかたがたが示す通り、ピタリと閉じられた扉のかいもなく、マナさんとテルさんのにぎやかな話し声は少しだけ土道に届いていた。
微笑みをそのままに、ひとまずゆったりと扉へと歩みよる。
すると、困っている様子の他のシードリアのかたがたが、そろりと身を引いて扉の前をゆずってくれた。
軽く会釈をして、迷わず扉を開く。
初日の時と同じく、ぱっと向けられた青と黄緑の瞳と、視線が合った。
次いで、青の瞳が嬉しげに煌きを放つ。
『あ~っ! あなたは! いらっしゃい!!』
まさに喜色満面で迎えてくれたマナさんに、数歩店内へと踏み入りながら笑顔を返す。
「こんにちは、マナさん、テルさん」
『また来てくれたのか』
「はい」
『嬉しいわ!』
仲良しご夫婦と和やかに言葉を交わした後、少しだけ後ろを振り返り、この通り入店が可能であるという意味を込めて、優雅に手を扉側から店内へと動かし、どうぞと入店の導きを示してみる。
お店の外にいた数人のシードリアのかたがたは、とたんに驚いた表情をうかべ、そののち戸惑いながらもお店へと入って来てくれた。
『いらっしゃい!』
『ようこそ』
一気に増えたお客さんに、マナさんとテルさんが嬉しげに歓迎の言葉を紡ぐ様子を見て微笑む。
ささやかなお手伝いはここまでにして、私も武器を見させていただくとしよう。
不安げな表情から一転、楽しげに店内をまわる他のシードリアのかたがたと一緒に、ゆったりと飾られた作品を見ていく。
――と言っても、私が見るのは手飾りだけなのだが。
煌く手飾りを眺めながら、他のかたへの説明や接客がひと段落ついた頃合いを見計らい、ご夫婦にそっと近寄った。
このタイミングならば、ご報告もできるだろう。
「マナさん、テルさん。少しよろしいですか?」
『大丈夫よ!』
『どうした?』
「ありがとうございます。実は一つ、ご報告がありまして」
青と黄緑の瞳が、そろって不思議そうにまたたく様子に微笑みを返し、言葉をつづける。
「実は私も、空の時間で明日には次の街へ行くことに決めましたので、そのご挨拶をと」
『そうなの!?』
『そうだったか……』
ご夫婦それぞれの反応にうなずくと、マナさんとテルさんは一度お互いに視線を交し合った後、再び私へと向き直った。
『気をつけて、そして楽しんで進んで行って!』
『何か困ったことがあれば、いつでも里に戻ってきて、たずねると良い』
『そうね! みんな、絶対にあなたの声に応えるはずよ』
「はい、必ずそのようにいたします」
『えぇ!』
背中を押し、迷った時の対策を教えてくださるお二人の言葉に、胸が熱くなる。
強くうなずき、マナさんと微笑みを交わしていると、テルさんが黄緑の瞳をつと細めた。
どうしたのだろうかとうかがうと、『……これは覚えておいて損はないだろう』と呟きが響く。
『魔法の威力が足りない、という悩みは、杖を買うことで解決できる』
『ちょっと! この子は手飾りをつけてくれるって言ってたでしょ~!?』
――真面目な雰囲気が、一瞬で崩れた。
たしかに、覚えておいて損はない知識ではある。
しかしそれはそれとして、今まさにお二人の会話によって生じたこの笑みを、上品におさめることのほうが、どちらかと言えばより悩ましい。
とても大変だと思いながらも、そっと軽くにぎった片手を口元にそえて、なんとか優雅に小さな笑みを零す。
次いで、唐突にまたもやはじまったマナさんとテルさんのにぎやかなやりとりに、他のシードリアのかたがたの視線がいっせいにこちらへと集まったことに気付き、コホンと咳払いを一つ響かせる。
ハッとしてこちらを見やった青と黄緑の瞳に、にこりと笑いかけると、お二人はなにやら視線だけで意思疎通をおこなったのち、再度私へと視線を注いだ。
『それで、今回は……?』
やけに真剣なマナさんの表情に、問いかけの意味を察し、鮮やかに微笑んで答えを紡ぐ。
「はい。今回も、マナさんの手飾りを買わせていただきます」
『ありがとう! あなたは本当に手飾りのよさを分かってくれているわね!』
「ふふっ、えぇ。私なりに、手飾りの素晴らしさは理解しております」
私なりに理解している、手飾りの素晴らしさ――それはすなわち、不発知らずの魔法使いへと至る、ロマン!
手飾りをつけつづけることは、安定した魔法発動が当然になるという、この先の境地に至る可能性を、選びつづけるということ。
このような素敵なロマンを、私が選ばないはずはない!
もちろん、これは実際に今まで魔法が不発となった体験がなく、手飾りの素晴らしさがただしく発揮されていることを、身をもって知っているからこその結論だ。
『ですって! きいてた!?』
『聞いている。私とて、彼が次は私の杖を、などと言い出すとは思ってはいなかった』
『そうよねそうよね!!』
一気に華やいだ雰囲気に、他のシードリアのかたがたが安堵の吐息を零す音が聞こえ、お二人のやりとりはしごくまっとうな職人同士の会話――もとい、聴く側には学びの多い素敵な痴話喧嘩ですよ、と伝えたくなる。
もちろん、実際にはそのような言葉は、口には出さない。
……言わぬが花、というものだろうから。
嬉しそうなマナさんに声をかけ、さっそくさきほど眺めていた際に見つけて気に入り、今回買おうと決めた手飾りのもとへと移動する。
今回買う手飾りも、比較的シンプルなつくりの蒼の手飾りだ。
と言っても、今右手に飾られている物とは、当然として形状は異なる。
こちらをと手で示した新しい手飾りは、少し幅のある銀の指輪と腕輪の間に三本の銀鎖が連なり、そのすべてに小さな玉の純性魔石が等間隔にはめ込まれて煌いているもの。
今の手飾りと比べて少し見目が豪華になるが……この姿ならば、それでも見劣りすることはないだろうと思う。
この数日間、大地の上ですごしてきたことで、この身は案外どのような飾りでも似合うのだと、不思議な確信めいた自信がついたとも言える。
現に、この確信は間違ってはいなかったのだと、新しい手飾りが証明してくれた。
お支払いを終え、新しくマナさんが右手へと飾ってくれた手飾りは――私の想像よりもなお美しく、この右手で蒼く煌めいたのだから。