百六十話 この歩みが止まらぬように
「お次はこのままロロさんのお店へまいりましょう」
『はぁ~~い!!!!』
土道に出るなり、ささやくように小さな四色の精霊さんたちへと告げ、すぐに対面のロロさんの靴屋へと入る。
自然に見回したこちらの店内にも、数人のシードリアのかたがたが興味深そうな表情で靴を選んでいた。
ふわふわとした癖のあるハチミツ色の髪をゆらし、すぐにロロさんがかけよってきてくれる。
『いらっしゃい!』
「よき朝に感謝を、ロロさん」
『よき朝に感謝を! また来てくれてうれしいな!』
あいさつを交わし合い、薄緑の瞳を輝かせて明るく笑うロロさんに、こちらも嬉しくなって微笑みを返す。
素敵な笑顔で迎えてくれたロロさんにも、もちろん、ご報告することは忘れてはいない。
「ロロさん。実は私も空の時間で明日には、次の街へ行くことにしました」
『え! そうなの!?』
ぱちぱちと薄緑の瞳を見開きながらまたたくロロさんに、少しだけ眉を下げてうなずきを返す。
『そうかぁ……うん! 次の街でも、ぼくの靴がきみの歩みを、きっとよりよきものにするよ!』
「はい、それはすでに、確信しております」
『わぁ! うれしいなぁ!』
ロロさんの素敵な言葉に、言葉通りの確信を返して微笑む。
私の言葉を聞き、ぱぁっと笑顔を広げたロロさんがつくった靴は、たしかにすでに私の歩みを素晴らしいものにしてくれているのだから。
『今日はゆっくり見て行ってね!』
「えぇ、ありがとうございます」
快い言葉にうなずき、以前おとずれた時よりもゆったりと、他のシードリアのかたがたと同じように店内に並ぶ靴を見て回る。
前回は目当ての物があったため、こうしてじっくりと靴を観察することもなかったけれど、いざ見てみるとなかなか新鮮で心が躍った。
さまざまな色や形がある店内の靴は、全体的に古風なデザインでつくられていて、三分の二がブーツ、残り三分の一は革靴のような靴に見える。
下草と同化する緑のブーツ、やわらかな大地の色の革靴、夜闇のような珍しい黒色の編み上げブーツなどなど。
細やかな形の違いなどもふくめると、ずいぶんと多様な靴があるものなのだなぁと感心が湧く。
緑の服には緑の靴か、茶色の靴が似合うだろうか?
黒色の靴は、闇属性の魔法と相性が良い、という解釈であっているのだろうか。
つらつらと脳内で新しく買った服とあわせるのを想像してみたり、相性の良い属性について考えを巡らせたりしながら足を進めていると、いつの間にか店内を一周していた。
うっかり夢中になって観察してしまっていたが、本来の目的は買い物なのだ。
――これから先の旅路も、この歩みを護り快適にしてくれる靴を、しっかりと選ぼう。
もう一度意識して、並ぶ靴を見ていく。
靴自体は服ほど別の物に替える機会はないだろうから、買うのは一足か二足として……さて、どれにしようか。
茶色の靴が並ぶ台の前で立ち止まり、片手を軽く口元へそえる。
と、後方から小さな足音が聞こえた。
『悩んでる?』
「おや、ロロさん」
問いかけながら、ひょこっと隣に来てくれたロロさんへ、うなずきを返す。
「えぇ。なにせ、どの靴も素敵なもので」
『あはは! うわさどおり、きみはいい子だね!』
「ありがとうございます」
……以前も似たようなことを聞いた気がするのだが、いったいノンプレイヤーキャラクターのみなさんの間では、私についてどのようなうわさが出回っているのだろうか。
若干の不安が頭をよぎるものの、褒め言葉しか伝えられたことがないため、まぁさすがに悪い内容ではないだろうとも感じる。おそらく、きっと、そのはずだ。
気を取り直して、せっかくそばに来てくれたのだからと、ロロさんに意見を聴きながら、新しい旅路を共に歩む靴を選んでいく。
「それでは、この二足を」
『うん! ありがとう!!』
熟考した末、土属性と相性の良いシンプルな茶色のブーツと、この里で見かける物としては珍しい黒色をまとった編み上げブーツを買って、カバンへ収納する。
眩いほど明るい笑顔のロロさんへ上品に一礼をして、お店から再び土道へ戻った。
「いやぁ、お買い物は楽しいですねぇ」
『しーどりあ、たのしそう!』
「えぇ、とっても!」
思わず零した言葉に反応してくれた、小さな水の精霊さんの言葉に笑顔を返す。
あっという間に移り変わった昼の陽光が、土道を行き交うたくさんのエルフを照らしてつくりだしたなんとも眩い光景に、ほぅと感嘆の吐息が零れた。
同じように陽光を浴びながら、お次はマナさんとテルさんの武器屋のほうへと足を進める最中――そう言えば、とふと気づく。
フィオーララさんやロロさんのお店で買い物をする時間は、本当にとても楽しくて、つい勢いで色々と買ったわけだが……もしかしなくとも、やはり実際にはあまり服や靴を替える機会はそう多くはないのではないだろうか?
少なくとも、現時点では防御面を補強するという意味以外で、服や靴を替える必要性はなかったということを、遅まきながら思い出した。
反射的に零れた小さな苦笑に、いやいや、物は考えようだと軽く頭を振る。
なにせ新しい服をまとって歩むのは、素敵な幻想世界が広がる【シードリアテイル】のこの大地なのだ。
たとえ特別必要性がないのだとしても、その日の気分やその場の雰囲気で着替えてみる、という選択があってもいいはず。
――せっかく素敵な買い物をしたのだから、積極的に衣装替えを楽しむとしよう!
脳内での素朴な問答に決着をつけて、微笑みを深める。
マナさんとテルさんの杖と手飾りのお店は、もう目の前だ。