百五十九話 あれも似合うしこれも似合う
『しーどりあ~~!!!!』
「はい! みなさんすみません、遅くなりました!」
『おかえり~~!!!!』
「えぇ! ただいま戻りました」
ぴたっと胸元にくっついて光る、小さな四色の精霊さんたちは、さいわいログイン時間が遅れたからと言って、さみしくて泣いてはいなかったらしい。
可愛らしいお迎えのあいさつに、ほっと安堵の吐息をつきながら、ベッドから身を起こす。
数時間遅れてのログインによって、夜の時間は過ぎ去り、すでに朝日が窓から射し込んでいた。
ふわっと眼前にうかぶ水と風と土と光の小さな精霊さんたちに、微笑みながらこの後の予定を告げる。
「みなさん、この後は私と一緒にお買い物を楽しみましょう」
『おかいもの~~!!!!』
わくわくの声音が響くのに微笑みを深め、いつものように精霊魔法やオリジナル魔法を発動して準備をおこない、さっそく宿部屋の外へ。
お祈りや、新しくつくった靴に飾る装飾品に魔法を付与する、と言った集中を要する行動はまたのちほどおこなうことにして、すぐに神殿から土道へと出る。
神殿内でもそうだったが、予想通り他のシードリアのかたがたが幾人も歩む土道は、ずいぶんとにぎやかに見えた。
ちらりと向けられる視線を今回は気にせず、様々な姿のエルフたちとすれ違いながら、果たしてこのにぎわいの中、明るい時間の間にお店を巡り終えることができるだろうかと考える。
残念ながら、私は特別人が多く集まる場所での買い物が、得意なわけではない。
一瞬不安が胸によぎり、しかし次いで、これはむしろ自由度高き【シードリアテイル】の買い物を楽しむ機会だと、そう思い直す。
……まぁ、案外なんとかなるものだ。
せっかくの心躍る買い物という時間を、楽しまなくてはもったいない。
ふっと、自然と上がった口角をそのままに、フィオーララさんの服のお店へとたどり着く。
いざ――買い物巡り、開始!
扉のない入り口から一歩店内へ踏み入ると、綺麗な模様が彩る様々な服の合間を、たくさんのシードリアのみなさんが楽しげに行き交っていた。
くるりと振り向き、ウェーブをえがく金の長髪をゆらしたフィオーララさんの、金の瞳と視線が合う。
それに軽く会釈をして、目の前のお客さんであるシードリアのかたに集中してくださいと、言外に伝えてみる。
さいわいにも意図は伝わったようで、フィオーララさんは軽く金の瞳をまたたいたのち、眩しげに細めて小さく笑み、接客に戻って行った。
内心でほっと吐息を零しつつ、後発組であろう他のシードリアのみなさんのお邪魔にならないように気をつけながら、すいすいと店内を移動する。
美しい布がゆれる様子を眺めていると、純粋に今着ている物とは他の色の服も着てみたいという好奇心が湧いた。
心が跳ねるままに、青系統の服が並ぶ場所を見ていく。
水色のローブに、青のチュニック、淡い水色のズボン……飾られた作品を、視線でなぞる。
『あら、やっぱり青も似合うわ』
突然背後から聞こえた美しい声に、慌てて振り返ると、金の瞳と視線が合った。
「フィオーララさん。よき朝に感謝を」
『よき朝に感謝を。さっきはいらっしゃいも言えなくて、ごめんなさいね?』
「いえいえ、どうかお気になさらず」
そばに来て声をかけてくれたフィオーララさんと、入店時に保留にしたあいさつを優雅におこない、微笑みを交わす。
ついでに今、この流れでご報告をしておくとしよう。
「実は、空の時間で明日には次の街へ行くことに決めまして。本日はその準備をと、こちらに」
『あら! そうだったのね!』
「えぇ」
金の瞳を美しく見開いたフィオーララさんは、しかしすぐに笑みをうかべた。
『あなたの旅路が、素敵なものになることを祈っているわ』
「――ありがとうございます」
優しさに満ちたよき旅路を祈るフィオーララさんの言葉に、丁寧に感謝の言葉を返す。
ぽかぽかと、胸があたたかくなるような心地に、自然と笑みがあふれた。
にぎやかな店内の中にあってなお、この場には束の間、穏やかな雰囲気が満ちる。
と、ふいにぽよっと肩と頭の上で跳ねた小さな四色の精霊さんたちが、ひときわそれぞれの輝きを強めた。
『あのね! しーどりあ、あおにあうでしょ~?』
『しーどりあ、なんでもにあうよ!』
『ぜんぶにあうよ~!』
『しろもにあうよ!』
『えぇ、本当にどの色も似合うと思うわ』
どうやら、お声がけの際にフィオーララさんが言った言葉に対して、精霊のみなさんも伝えたい言葉があったらしい。
鮮やかに輝く小さな四色のみなさんと、美しく笑むフィオーララさんの意見が一致する様子に、たしかにこの姿ならばどの色の服を身につけても、それなりには似合うはずだと内心で同意する。
表面は微笑みを深めるだけにとどめた私を、フィオーララさんの金の瞳が眩しげに見つめた後、その視線がついさきほど見ていた青の服へと移った。
つられて振り向くと、水色の糸で雫模様が描かれた青のチュニックを細い手がつかみ取り、流れるような動きで私の身体の前へとかざす。
『そうね、これが一番似合うわ。どうかしら?』
『にあう~~!!!!』
私へと青のチュニックをかざしたフィオーララさんの問いに、精霊のみなさんの答えが響く。
ぱちぱちと緑の瞳をまたたいた後、ようやく状況を理解して思わず笑みが零れた。
「ふふっ、ありがとうございます。私もこちらの服が気になっていたのです」
『気に入ってもらえて嬉しいわ。そうねぇ……あなたなら、あの水色のローブも似合うわよ?』
「おや、それはぜひともこの身にまといたいものです」
私の好みを瞬時に見抜き、かつ必要だと察した服をオススメしてくださる、フィオーララさんの観察眼と手腕はさすがの一言。
弾みはじめた心に、これは楽しい時間になりそうだと、確信がつづいた。
他のシードリアのかたがたの間をぬい、私が必要だと考えた要素を基準に、緑や茶色、白の衣類を手に取りかざし見て、フィオーララさんが導くまま、布が波打つ店内を泳ぐように移動していく。
あれも似合うこれも似合うと語り合いながらフィオーララさんと服を選ぶ時間は、予想通りにとても楽しいものとなった。
最終的に青のチュニック以外にも、水属性と相性の良い水色のローブ、森に潜むのに適した新しい緑のフード付きマントや薄茶色のズボン、風と光の魔法と相性の良い銀糸の刺繍が入った白のローブやズボンを買い、カバンへとしまう。
素敵な買い物ができたことに、大満足の気持ちでエルフ式の一礼を交し合い、そのまま優雅にフィオーララさんのお店を後にした。