十五話 隠しごとと隠しわざ
付与魔法の謎を横に置き、そう言えばとふと気になったことを三色の精霊のみなさんに問いかける。
「あの、みなさん。そう言えば私ずっと〈ラ・フィ・フリュー〉を持続発動していただいているのですが、これは私の魔力が尽きるまで持続していただくことが可能なのでしょうか?」
持続型の魔法に関する素朴な疑問に、精霊のみなさんはすぐに答えをくれた。
『うん! できるよ~!』
『しーどりあがまりょくをくれるから、だいじょうぶ~!』
『ずっとおてつだいできるよ~!』
「なんと。それはとてもありがたく、頼もしい限りです」
この身はレベル一の今でさえ膨大な総魔力量をほこるエルフであり、微々たる量の魔力消費があるだけの精霊魔法〈ラ・フィ・フリュー〉ならば、文字通り半永続的な持続発動が可能だろう。
すべての魔法の安定性と威力がすこし向上する効果は捨てがたく、また常に下級精霊のみなさんがそばにいる状態であるため、みなさんとさらに親しくなることもできるかもしれない。
精霊魔法にとって精霊のみなさんと親しくなることが重要な要素なのは、属性魔法にとって属性と親しむことと同じくらい大前提だということは、すでに分かっている。
あえて、あえて、ここで問題があるとすれば……。
「綺麗、ですねぇ……」
改めて周囲を見回して、そうしみじみと呟く。
若干、美しさに瞳を細めたのか、悩ましさに遠い目になったのか、あやしい表情をしてしまったのはご愛嬌だ。
なにせ、〈ラ・フィ・フリュー〉という精霊魔法は一見するだけで目を奪われるような美しさがある。それぞれの色の燐光をただよわせ、ゆっくりと私の耳を順番にかすめつつ周遊する多色の下級精霊のみなさんの様子は、蛍に囲まれているように幻想的なのだ。
あえて一言で言うならば――目立つことこの上ない。
今度こそ、ごまかしができないほど彼方へと、視線が飛ぶ。
それを気合いで引き戻し、思い切って三色の精霊のみなさんにたずねてみる。
「精霊のみなさん……大変ぶしつけなお願いではあるのですが、例えば精霊魔法を発動しながら、みなさんのお姿を隠すようなことは……できるのでしょうか?」
『できるよ~!』
できるらしい。
まさかの肯定である。
『かくれんぼ?』
『かくれるのできるよ~!』
と、精霊さんたちの声がつづく。
いったいどうやって……そう思ったところで、しゃらんと効果音。
眼前に現れた文字は[《隠蔽 一》]と書かれていた。
「……唐突に不穏なのは、やめていただきたく……」
スキル名の怪しさについつい半眼になってしまったが、おそらくこのスキルは精霊のみなさんができると言ったその答えではあるはずだ。
おそるおそる、不穏さあふれるスキルの説明文を読む。
「[精霊魔法・属性魔法・身体魔法の発動にともなう痕跡を一つだけ隠す。決闘およびイベント時の集団戦では使用不可。能動型スキル]――あ、思ったよりは平穏なスキルでした」
ほっと安堵の息を吐く。
平穏どころか、〈ラ・フィ・フリュー〉の眩い光景を隠すことができる、優れものだ。
せっかくなので、試させてもらおう。
隠したいとはっきり意識しながらスキル《隠蔽 一》を発動すると、とたんに美しく幻想的な光景がぱっと消えた。
どこを見渡しても、精霊のみなさんのいないただの白亜の小部屋にしか見えない。
ただ、ずっと同行してくれている三色の下級精霊さんたちだけは、変わらずそばにいた。
『わ~い! かくれんぼ~!』
『みんなかくれるのじょうず~!』
『しーどりあ、かくすのじょうず~!』
「おや、ありがとうございます。みなさんも本当にかくれんぼがお上手ですね」
これまでと同じやり取りが微笑ましく、心地好い。
それに、確かに姿は消えているように見えるが、確かに他の精霊のみなさんもそばにいる感覚が不思議とあった。
当然〈ラ・フィ・フリュー〉の発動は問題なく持続しており、視界の左上にある魔力ゲージは少しずつ減り、そして自然回復により完全回復している。
――と、その時だった。
チリン、という可愛らしい鈴の音に似た、はじめて聴く効果音が鳴る。
パッと空中に刻まれたのは[《自然自己回復:魔力》の回復力向上]という文字。
……はて?
思わず首をかしげる。
効果音の音が違ったということは、このスキル自体を習得したわけではなく、書かれている通りに回復力が向上したということだろう。
しかし、そもそも私はこのスキル自体に見覚えがない。
スキルの内容自体には、心当たりはあった。
なにせ魔法を習得するたびに減っていた魔力が、定期的に自然回復していく様子を魔力ゲージで確認していたのだから。そもそも先ほどの〈ラ・フィ・フリュー〉が発動しているかの確認時にもしっかりと見ている。
ここで、ある可能性に思い至った。
つまるところ――最初から習得しているスキルや魔法がある可能性、だ。
「……どこに」
呟いた声に、驚きとかすかな焦りが乗る。
焦りは、スキルや魔法を習得する上で、根本的な部分を見落としていた可能性があることに、事が起こるまでまったく気づけなかったがゆえのものだ。
それはすなわち――ロマンを見落としていたということに他ならない!
ぐっと、自身でも表情が引きしまったのを感じる。
他者にとってはどうであれ、私にとってはこの素晴らしいゲーム世界でロマンと私自身が定義したものを見落とすわけにはいかない。
とは言え、いったいどこに記載があるというのだろう?
ひとまずとステータスボードの中を探してみるが、魔法やスキルが記載されているページには、当然今まで習得してきたものしか刻まれていない。
で、あれば。
――今こそ、イメージの出番だ。
「スキル《瞬間記憶》を習得する前から、すでに私が習得していたスキルや魔法ならば……エルフという種族にとって重要なものである可能性が高いでしょうか……」
口元に手をそえ、考えをまとめつつイメージをしていく。
はじめから習得しているスキルや魔法、エルフのスキルや魔法、エルフだけの特別なスキルや魔法……。それらの表記を示すように、強くイメージする。
すると、ぱっとページが切り替わり、ロストシードの名前を筆頭にエルフの種族名や一のままであるレベル、生命力と魔力のゲージなどが示された基礎情報のページが現れた。
じっとそのページを見つめるが、特に変わったところはない――そう、思った時。
じわり、と。ページの下部に、一文字ずつ文字がにじみ現れた。
「なん、ですと……」
愕然とした声音が零れ落ちる。
じわりとにじみ現れたその文字が、してやったり、と笑っているかのように見えるのは、全力で気のせいだと思いたい。いや、間違いなく文字自体にはその様な意思はないはずだ。あるとすれば、ゲームの制作陣のほうだろう。
はぁ、と感心と呆れを半々に宿したため息が零れる。
「なるほど……いわゆる隠し要素、ですか」
痛覚だけは心身の安全のため省かれているこのゲーム世界で、痛むはずのないこめかみを指で押す。そういう気分なのだから、仕方がない。
隠れていた姿を現すように、新しく基礎情報に追加された文字は[種族特性]。
淡く明滅するその文字に意識を向けると、ぱっと再びページが切り替わる。
スキルや魔法のページと同じく、タイトルのように大きく[種族特性]と一段目に刻まれたそのページには、間違いなく見たことのないスキルと魔法が数個並んでいた。
その中の一つ、先ほど鈴の音のような効果音と共に、効果の向上を知らされた[《自然自己回復:魔力》]の文字が光っている。
確認をするよう意識すると、説明文が現れた。
「ええっと、なになに……[自然に時間経過で、自己の魔力を一定量ずつ定期的に回復する。使用頻度が高いほど、一度に回復する量が多くなり、定期的な回復の速度も速くなる。
※エルフは種族特性により、生まれながらに中の下の回復力を有している。現在の回復力は中の中。常時発動型スキル]……」
思わず、たっぷりとためてから。
「分かりやすくて大変よろしい!!」
と、拳を握って小部屋に声を響かせた。
もちろん、大変よろしいのは、分かりやすい説明文への賛辞だ。
特に注釈として書かれている、エルフの種族特性としての説明文は心底ありがたいと思う。
ただし隠し要素――この種族特性の場合、隠しわざと言うのだろうが、これらを隠されていた仕打ち自体には見事にしてやられているので、静かに心の中で白旗を振っておく。
もっとも、これはこれでがぜん隠し要素を探そうという好奇心が生まれたことは事実であり、制作陣はさすが、プレイヤーの心理をよく心得ているのだろう。
それにしても、だ。
「よくもまぁ、これほどの隠しわざ――もとい、実は初期装備していたスキルや魔法があったもので……」
居並ぶスキルや魔法たちを眺め、素直にその魅力に喜びたいが、しかしやはり若干複雑、という心境になる。
種族特性と表記されるだけはあり、ページの中に刻まれているスキルや魔法たちはどれも、エルフが持つにふさわしいものがそろっていた。
[《精霊言語》]などはその最たる例で、[精霊の言葉を聴きとり、語ることができる。常時発動型スキル]と書かれた説明文にはうなずきを返すしかない。
他にも面白そうなものがあったが、これらはまた使用時に詳しく確認するとしよう。
意識を切り替え、小部屋の中で習得した魔法の一覧を眺める。
実に豊富な収穫に、嬉しさで頬がゆるんだ。
ちなみに、火属性の魔法に関しては、エルフの得意分野からは外れるため、ロマンの都合上習得を除外することにした。今後、必須となるような場面がない以上は、おそらく意図的に習得はしないだろう。
同じく得意分野から外れている光と闇の魔法と、身体魔法に関しては一時保留とする。
こちらに関しては単純に、そもそも精霊神様以外の神々の像への祈りが必要と思われるため、後日に試そうと思う。
隠しわざが存在したことで、他の隠し要素を探す楽しみもでき、そろそろ新しい行動を楽しみたい気分だ。
変わらず私の周囲をふよふよと飛びながら見守ってくれていた、三色の精霊のみなさんに声をかける。
「みなさん、そろそろもう一度お祈りをして、この部屋から出ようと思います」
『は~い!』
『おいのり~!』
『おそと~!』
楽しげに響いた声音に微笑み、今一度精霊神様の像へ感謝の気持ちを込めて《祈り》を行う。
今回は何かを強くイメージするのではなく、魔法をたくさん覚えることができた感謝を思い浮かべた。
《祈り》のスキルを使うからといって、必ずしもスキルや魔法を授かるわけではないというのは確かなようで、その後の変化は特にはなく。
ただ、たしかな満足感とありがたさを胸に、《隠蔽 一》で隠してある多色の下級精霊のみなさんと、姿を現したままの三色の下級精霊さんたちと共に、静かに小部屋を後にした。