百五十八話 番外編二 Festina lente(ゆっくり急げ)
※現実世界でのお話です。
※飯テロ注意報、発令回です!
さて、【シードリアテイル】の大地でもそうだが、新たなフィールドへと旅立つのであれば、この現実世界でも色々と準備はしておいたほうが良いだろう。
お気に入りの音楽が美しく流れ、昼の十二時になったことを告げる。
ゆったりと腰かけていたソファから立ち上がり、自動で開く扉を抜けて昼食時に使う部屋へ移り、大きめのテーブルの端で光る空間展開型タブレットをつつく。
今日は魚介類のリゾットを注文して、クッションタイプのソファに身体をあずけると、ふぅと吐息が零れた。
食事が届くまでの十分ていどは、まったり語り板でも眺めていようか。
空中に展開した文字列を視線でなぞり、気になる内容を確認していく。
どうやらやはり、他の初発組である【シードリアテイル】サービス初日から遊んでいるプレイヤーのみなさんも、後発組が増えていると認識しているらしい。
[後発組さんにお役立ち情報!]
[後発組用質問版]
そのように刻まれた語り板のタイトルの文字を見て、ふむと思考にひたる。
思考する時の癖で、そっと口元にそえた片手をそのままに、語り板の状況から現状を察していく。
後発組のかたに向けた質問版が立つくらいならば……もしかすると、私の予想以上に後発組の数自体が多いのかもしれない。
エルフの里だけでも、たしかにかなりの数の後発組のかたがたを見かけたのだ。
他の種族のはじまりの地でもあの数がいると考えると、予想以上の数の多さは、さもありなんと言ったところだろう。
軽やかな音楽に、一度思考を中断して空中展開した文字を消す。
何はともあれ――腹が減っては戦は出来ぬ。
ひとまずは食事をはじめよう。
テーブルの端にある転送装置の中から、昼食のリゾットを取り出して手元に引きよせ、手洗い用洗浄器で手を清めてからスプーンを握る。
まろやかなリゾット特有の香りと、チーズの香りがふわりと嗅覚をくすぐり、思わず笑みが零れた。
ほかほかと湯気の立つただなかにスプーンを入れ、リゾットの表面でこんがりときつね色にあぶられたチーズを、一度内側へ。
それをスプーンでひとすくいして、ふーふーと吹いた息で熱を飛ばしてから、口へと入れる。
とたんに味わい深い旨味が口の中に広がって、自然と頬がゆるんだ。
小さめに切られた貝やエビの身を噛むと、魚介の美味しさがさらに加わり、この魚介類のリゾットならではの贅沢さをしみじみと味わう。
たまに粗熱をとってなお熱さを宿すリゾットに、ほふほふと口の中に風を送りながら、二口目、三口目と食べ進めていくと、完食はあっという間。
綺麗に食べ終えた真白の皿とスプーンを、この食事を提供してくれている店のルールにのっとり、そのまま転送装置で送り返して食事を終える。
隣のいつも過ごしている自室へと足早に戻り、食後の一杯にとこちらの部屋に置いてある冷蔵庫からお茶を取り出す。
いわゆる、麦茶と呼ばれているらしい澄んだ茶色のお茶をコップに注ぎ入れ、香ばしい風味でのどをうるおしつつ、ソファへ腰かけてさきほど見ていた語り板を再度空中に展開する。
視線操作で色々なタイトルの語り板を行き来した結果、どうやら本当に私が予想した以上に、【シードリアテイル】は今、後続組が現れたことでとても盛り上がってきているようだ。
必然的に、パルの街は初発組と早めにはじめた後発組とで、まさに盛り上がりを見せる舞台そのものになっていると察しがつく。
――やはりこの辺りで、パルの街へと向かうのは良いタイミングなのではないだろうか?
文字通りの素晴らしいタイミングに、ついつい笑みが深まる。
であれば、素敵な頃合いで次の街へ行くという個人的一大イベントを、ぜひとも最大限に楽しみたいところ!
当然、そのためにはじっくりとゲームを楽しむための、準備を忘れてはいけない!
「まずは……必要な準備のメモから、かな」
空間展開したメモに、ゲーム内と現実世界とで分けた、必要そうな準備内容をあれこれと書きつけていく。
次いで、現実でできる準備をさっそく開始。
手早く、これまでの一週間のように問題なく、安全かつ快適にゲームを遊んですごせるようにと、飲み物や軽い食べ物、日用品の補充をおこなう。
一昔前ならば、実際に店へと買いに出て行かなければならなかったが、今となっては様々な技術の発展のおかげで、家にいながらほとんどの製品を転送装置にて受け取ることができる。
こちらの部屋には、食事用の部屋にある物よりも大きな転送装置がドドンと置いてあるため、空中に展開したショップ画面から選び買った品は、この大きな転送装置に届く。
後はただ、それらを取り出して所定の位置に入れたり置いたりしてしまえば――現実世界での準備は完了だ。
……とは言え、どのような準備が必要かと考えてメモをするのにも、買う物を選ぶのにも、それなりの時間をかけてしまった。
チラリと空中展開している電子時計の数字を見ると、すでに今まで昼食後にログインしていた時間から、数時間経っている。
必要なこととは言え、じっくりと準備をした結果、ずいぶんと遅れてログインすることになってしまったようだ。
小さな精霊さんたちが、さみしくて泣いていなければいいのだけれど……。
ふぅ、と零れた心配の吐息をしまい込み、ログインの準備に取りかかる。
さぁ――心躍る体験が待っている明日に向けて、ゲーム内でも準備のつづきを進めよう!
※明日は、
・七日目のつづきのお話
を投稿します。
引き続き、お楽しみください!