百五十七話 この飾りに夢を託して
「名案……ですか?」
『そう! 名案よ!』
唐突に響いたリリー師匠の嬉しげな声音に、小首をかしげる。
軽やかに作業机の近くへと走ってきたリリー師匠は、『これと、これと、あっ、これも!』と呟きながら、箱に入っていた装飾品の素材を幾つかの蔓籠に手早く入れていく。
思わず、何事だろうとその様子を眺めてしまった。
幾つかの蔓籠をいっぱいにした素材たちに、緑の瞳をまたたかせていると、その蔓籠をリリー師匠がよいしょと私の目の前に置く。
……これは、まさか。
『はい! ロストシード! これ、旅立ちのお祝いにもっていって!』
――やはり、そうきましたか。
もう一度、アード先生とのやりとりを思い出し、今度はリリー師匠からの餞別なのだと実感する。
これはさすがに、受け取らないという選択肢はないだろう。
「何から何まで……本当にありがとうございます、リリー師匠」
『いいのいいの! 師匠として、弟子にこれくらいは、ね?』
「とても嬉しいです……!」
『えへへ~!』
眩い笑顔でお茶目に紡ぐリリー師匠の、細やかな気遣いに頬がゆるむ。
ありがたく幾つもの蔓籠をカバンに収納し、ついでにつくったばかりの装飾品の出来に合格をもらって、こちらもカバンへと入れる。
靴につける足飾りのような装飾品も、つくりとしては問題なかったようなので、またのちほど神殿で風の魔法を付与するとしよう。
にこにこのリリー師匠と共に、あたたかな気持ちで作業部屋からお店のほうへと戻ると、解放されている入り口や窓からは、すっかり昼から移り変わった夕方の光が射していた。
橙色の沈みゆく陽光に照らされ、リリー師匠の美しい作品たちが机の上で煌く。
眩さに緑の瞳を細めながら、惹かれるように改めてじっくりと装飾品を眺めてまわる。
蔦模様の腕輪、水流の指輪、風模様の髪飾り、弾ける水滴の首飾り……どれも今の私の技量では模倣することができない、あまりにも繊細な美の形。
こうして見てみると、改めてリリー師匠は凄い細工師なのだと実感する。
やがてマントやローブに留め飾る装飾品が並ぶ机の前で、自然と足が止まった。
夕陽にひときわ煌めく、羽の形に似た流麗な風模様のブローチを、そっと手に取る。
中央に飾られた銀色の風の魔石が示す通り、このブローチは風の魔法の威力を上げてくれるものなのだろう。
水の魔法の威力を確実に高めてくれている、贈り物の髪飾りをそっと撫で、私が作品を眺めている間ずっと静かに商品の整理をしていた、リリー師匠のもとへ歩みよる。
ぱっと顔を上げたリリー師匠は、実に愛らしく微笑んだ。
『きにいるものは見つかった?』
「はい。ぜひともこちらを、買わせていただきたく」
『まぁ! ありがとう!!』
「こちらこそ、いつもありがとうございます」
華やいだその笑顔に感謝の言葉を返すと、リリー師匠はにっこりと笑みを重ねる。
お支払いをしようとカバンから銅貨を取り出すと、リリー師匠からも銅貨が差し出され、思わず小首をかしげた。
キラリと煌いた蒼い瞳に、ぱちりと緑の瞳をまたたく。
『ロストシードがつくった飾りのお代よ! とってもきにいってくれた子がいたの!』
「――なるほど! それはとてもありがたいです」
『うんうん! きっとまた買ってくれるから、パルの街でも売るのをわすれないでね!』
「はい、心得ました」
……まさか本当に売れるとは思っていなかったのだが、それはそれとしてこちらも素直に嬉しく思うのは事実だ。
買ってくださったかたに出逢えた時には、可能であればこの感謝を伝えよう。
互いに銅貨を渡し合い、お支払いを完了する。
私よりも嬉しげな笑顔のリリー師匠は、ふいに小さな手を伸ばして私の手から銀色のブローチをそっと取ると、緑のマントの胸元へと背伸びをして飾ってくれた。
『うんっ! とってもにあってるわ!!』
満足気に咲いた笑みが眩しくて、思わず緑の瞳を細めながら言葉も無くうなずきを返す。
リリー師匠の可愛らしい横顔を照らす、かげりゆく夕陽に……今のこの夕暮れ時はなぜか、これからの別れを強調するような雰囲気があると感じた。
――実際は、パルの街へ行った後も、ワープポルタを使えば一瞬でこの里に帰ってくることができるだろうに。
これはきっと、束の間の感傷のようなものに違いない。
けれどもこの不思議な感覚に、戸惑うように緑の瞳がゆれたのだろう。
眼前のリリー師匠が、ぱちりと蒼い瞳を一度またたいた後、ふわりと花のように笑った。
『ねぇ、ロストシード』
「はい、リリー師匠」
優しい声音に、穏やかな声を返す。
敬愛する小さな師匠に、あまり心配をかけたくはない。
それに、生まれたばかりの設定だとしても、本当はこの里のノンプレイヤーキャラクターのみなさんが思っているほど、私たちシードリアは幼くないのだ。
……たまには、ゆれた心をそっとなだめて、幼子が背伸びをするように、静かに隠しても良いだろう。
だからあえて、リリー師匠には何でもないように微笑んで見せた。
小さくくすりと笑い、リリー師匠はまた嬉しげな笑顔を広げる。
『あなたはこれから、たくさん、い~~っぱい! あなたの作品をつくっていくでしょう?』
「えぇ。これからもたくさん、飾り物をつくっていきます」
『うんうん! それなら、師匠としてロストシードに、この言葉をおくります!』
「拝聴します」
穏やかなやりとりに、真剣さが混ざり、すっと背筋を伸ばす。
こっほん、と意図的な咳払いをしたリリー師匠は、丁寧に小さな左手を右胸へと当て、真剣な表情の中でキラリと蒼い瞳を煌かせ。
『あなたの思い、あなたの夢――それをたくしてもいいっておもえるような、あなただけの作品を、いっ~ぱいつくるのよ!!』
そう、特別な言葉を響かせた。
それは間違いようもなく、たしかに素敵な師匠から旅立つ弟子へと贈られた、大切な言葉。
ふわりと、自然と微笑みがうかんだ。
眼前で煌く蒼い瞳に応じるように、キラリと緑の瞳を煌かせて、凛と言葉を紡ぐ。
自慢の師匠の、その弟子としての言葉を。
「――はい! リリー師匠!」
満面の笑みが、二つ咲く。
無意識で伸ばした右手の指先が触れた、左手に飾る腕輪や指輪の冷たさを撫でる。
この飾りたちに、思いと、夢を託そう。
私の――この大地を謳歌するという、思いと夢を。
そっと、けれどたしかに、大切な言葉を胸に刻み込む。
互いに微笑み合う時間はそう長くはなく、リリー師匠の見送りをうけ、お店から外へと歩み出る。
さきほどこの心に一抹のさみしさを灯した橙色の夕陽は、燦々と土の地面を照らしていた。
「……そろそろ、一度空へ帰るお時間になりますね」
『しーどりあ、おそらにかえる?』
「えぇ」
右肩でぽよっと跳ねた小さな水の精霊さんの問いかけに、穏やかに答える。
この夕方の時間が宵の口の時間へと移ると、現実世界ではちょうど昼食の時間になるだろう。
ゆったりとした歩みで神殿へと戻ると、そのまま宿部屋へ。
いつも通り各種魔法を解除し、多色と水の精霊さんたちをお見送りして、小さな四色の精霊さんたちに向き直る。
「みなさん、また一度空へ帰りますので、戻ってくるまでしばしまったりお過ごしくださいね」
『はぁ~~い!!!! またね~~!!!!』
「えぇ、また戻ってまいります」
なでなでと四色の光を撫で、寝心地の好いベッドへと横になり、名残惜しさを感じながらもそっと、ログアウトを呟いた。
――現実世界の感覚が戻ってくると、ゆっくりと深呼吸を一つ。
さぁ、こちらでの準備も進めるとしよう!
※明日は、主人公の現実世界側での、
・番外編のお話
を投稿します。
お楽しみに!