百五十三話 準備開始と納得の金額
刹那に切り替わり、明るさを森へともたらした夜明けの時間の中、戻ってきてくれた小さな光の精霊さんを加え、ほくほくとした気持ちで神殿への帰路につく。
――これからのことは、改めてお祈りをしながら考えよう。
戻ってきた壮麗な神殿へと入り、お勤めをはじめている神官のみなさんとあいさつを交わして、精霊神様のお祈り部屋へ。
白亜の小部屋の中、長椅子に腰かけて眼前の小さな神像へと両手を組む。
《祈り》を発動し、もはや日課になりつつある精霊のみなさんや魔法についての感謝の念を捧げ、ついにレベルが三十になったことをご報告する。
ゆったりとお祈りをしつつも、頭をよぎるのはやはり今日で、サービス開始からちょうど一週間がたったこと。
それに、スキルや魔法の習得のしやすさや熟練度の上がりやすさは残っているものの、レベルアップの加護の効果はなくなったという点では……ここがちょうど良い、区切りなのではないだろうか?
様々な景色、様々な体験、そして多くのスキルや魔法を手に入れて、このエルフの里をずいぶんと楽しんだ。それもう、充分と語れるほどに。
ならば次は――新しい街を楽しむ頃合いだろう!
《祈り》を終え、一つうなずく。
そばで輝く五色の精霊さんたちへと、笑顔で紡いだ。
「みなさん。そろそろ、パルの街へ行くための準備をはじめようと思うのですが、いかがでしょうか?」
『ぱるのまち~! じゅんびする!』
『わぁ~! さんせ~い!』
『じゅんび、いっぱいしよ~!』
『まちにいくの? わくわく!』
『じゅんび、いいとおもう~!』
それぞれの色をまたたかせ、賛成の意を示してくれたみなさんに、そうこなくてはと笑みを深める。
「みなさんなら、そうおっしゃってくださると信じていましたとも! では、今日これからの時間は、準備の時間といたしましょう!」
『はぁ~~い!!!!!』
そろって輝く五色の愛らしい精霊のみなさんをふわりと撫で、さっそく行動開始!
まずは残り三柱の神々へのお祈りをおこない、その後広間の巨大な精霊神様の神像近くへと戻る。
そばにたたずむロランレフさんへ、街に行くことをお伝えしておこう。
ちょうどゆったりと交わった翠の瞳に、穏やかな微笑みを返して口を開く。
「ロランレフさん。少しお伝えしたいことがあるのですが……」
『はい、ロストシード様』
静々と胸元で組まれた両の手に、改めてなんとも神官さんらしい真摯な傾聴の仕方だと感服する。
自然と上がる口角を穏やかにとどめながら、本題を言葉にした。
「実は、空の時間の明日に、次の街へ行くことにしまして。ロランレフさんや神官のみなさんには、とてもお世話になりましたから、ご挨拶をと」
『――さようでございましたか』
わずかに見開かれた翠の瞳は、すぐにあたたかな色を宿して優しげに注がれ、いつも穏やかなその微笑みさえ、より慈しみに満ちたものへと変化する。
どこか嬉しげな声音でそう返してくれたロランレフさんは、一度しっかりとうなずいたのち、再び口を開いた。
『お言葉、光栄に存じます。私も他の神官も、この神殿で日々祈り、里で冒険を楽しむロストシード様と、共に在ることができた時間を……本当に嬉しく思っております』
「そう言っていただけて、私もとても嬉しいです!」
穏やかに紡がれた言葉に喜びを返し、そう言えばロランレフさんならばと、ふいに思い出した感謝を伝えたいかたへ、伝言をお願いできないかうかがってみる。
「その、あいさつに行くには少々時間がかかりすぎて、今日中には難しいと思うので……かの水の上級精霊さんへ、便利な精霊魔法を教えてくださったお礼を私が言っていたと、お伝えいただくことは可能でしょうか……?」
地底湖ダンジョンで出逢った、水の上級精霊さんへお礼と旅立ちを伝えに行くことは、さすがにダンジョンの広さの関係で難しいと思う。
反面、元々かの精霊さんと交流があると以前お話ししてくれていた、ロランレフさんならば、伝言をお願いすることもできるかもしれない。
そう考えながらも、若干おそるおそるになった願い出に、ロランレフさんはやわらかに笑みを零した。
『ふふ、どうぞ遠慮なさらずに。たしかにこの件、うけたまわりました』
「ありがとうございます、ロランレフさん!」
優しく快諾してもらえたことに、心底からの感謝を紡ぐ。
ゆるりと細められた翠の瞳は、やはりあたたかな光をたたえていた。
お互いにふわりと微笑みを交し合うと、再びロランレフさんが言葉を紡ぐ。
『お次の街の神殿は、石畳の大通りをまっすぐ行った先の右手に、同じ様式のものが建っております。見つけることはそう難しくないと思いますので、ぜひそちらでも祈りをおつづけになってください』
「はい! 必ず、そういたしますね」
『ぜひとも』
お祈りがいかに大切かは、私もよく分かっている。
ロランレフさんが教えてくださった、パルの街の神殿の場所を脳内にメモしながら、街と呼ばれる新しいフィールドに思いをはせ――ふと、この大地ではじめて買い物をした時のことを思い出した。
「あれはなんだったのでしょう……」
『あれ、と申しますと?』
「あっ、ええっと」
つい零れてしまった言葉に、丁寧に反応を返してくれたロランレフさんへ、少々慌てて説明を紡ぐ。
「えっと、実ははじめてこの里でお買い物をした時に、どうして私たちシードリアのカバンの中には、充分すぎるほどのお金が入っているのかと、当時疑問に思ったことを思い出しまして」
『おや、それはそれは』
説明をきいたとたん、何やらロランレフさんがにっこにこの笑顔になった。
当然ながら不穏さなどはなく、むしろ心底喜ばしいと思っているように見えるその笑顔に、思わず小首をかしげる。
はて……何かロランレフさんを喜ばせるような言葉があっただろうか?
ぱちぱちと緑の瞳をまたたいていると、一つやわらかにうなずいたロランレフさんの翠の瞳が、そっと天井を見上げた。
いや、おそらくその先の――天空の彼方に。
『それはきっと、創世の女神様の慈愛ゆえ。――目醒めたシードリアの皆様がたが、この大地の上ででき得る限り、自由な生き方を選択できるようにとの思し召しかと』
「なんと……あれは、そのような……!」
天を仰ぎ見て語られた言葉に、驚愕と納得が心に満ちていく。
たしかに、あれほどの大金であれば、おおよそ試してみたいと思うことの多くは叶うことだろう。
あぁ、ようやく気付くことができた。
……私が思っていたより、遥かに多くの慈愛と恩恵を、かの創世の女神様はシードリアに与えてくださっていたのだ、と。
そしておそらく、この里のノンプレイヤーキャラクターのみなさんも、また。
『……僭越ながら、私共からもこの言葉を、ロストシード様へ。――御身の新たな旅路に、祝福を』
深い慈愛をもって、私たちを見守り、助言をして導いてくれていたのだと。
神々しささえ感じる、ロランレフさんの姿と祝福の言葉に、そう強く感じながら。
心を込めて、一礼を返した。