百五十二話 七日目と加護の終わり
※戦闘描写あり!
心地好いまどろみを払い、朝の空気に目を覚ます。
【シードリアテイル】のサービス開始から、今日で七日目。
一週間の区切りとなる今日の目標は――レベルを三十まで上げること!
ノンバタフライとの戦闘時に二十九だったレベルは、おそらくそう時間をかけることなく三十になるだろう。
その後のことは……またその時に、決めるとしようか。
日課の朝の散歩を楽しみ、朝食をとり、いざ――今日も【シードリアテイル】へログイン!
『おかえりしーどりあ~~!!!!』
「ふふっ、ただいま戻りました、みなさん!」
胸元から響いた喜びのおかえりに、嬉しさで笑みを零しながらただいまを返す。
ぽかぽかとあたたかささえ感じる、小さな四色の精霊さんたちを両の掌に乗せてベッドから起き上がると、窓の外では深夜の闇色が森をおおっている様子が見えた。
夜の戦闘は、もう慣れたもの。
この夜の間にレベル三十へと到達するべく、さっそく行動を開始するとしよう!
小さな多色の精霊さんたちと、小さな水の精霊さんたちにそれぞれの精霊魔法をお願いし、両脚には風の付与魔法、身体には癒しから守護へと転じる水と風の付与魔法をかける。
今日はまず戦闘をおこなうため、精霊魔法〈ラ・フィ・フリュー〉と〈アルフィ・アルス〉の二つを展開する精霊さんたちに《隠蔽 三》でかくれんぼをしてもらい、残り一つの隠蔽は戦闘時のためにとっておく。
これで、準備は完了だ。
向かいの姿見の鏡に映った美しいエルフの表情は、実に生き生きとしている。
好奇心に満ちた微笑みを、フッと不敵な笑みに変え、四色の精霊さんたちへと紡ぐ。
「みなさん! 本日は、目指せレベル三十、です!」
『お~~!!!!』
上がった歓声と共に、四色のみなさんそれぞれが肩と頭の上に降り立ち、ぽよっと跳ねた。
『いっぱいたたかう~!』
『ぼくたちもおてつだいする!』
『れべるあげる~!』
『おてつだいがんばる~!』
なんとも頼もしい言葉に、ますます口角が上がる。
あの地底湖ダンジョンでの冒険の中で、私たちシードリアと精霊のみなさんが共に強くなっていくことを知ったためか、自然と精霊のみなさんの意気込みが伝わってきた。
「とても頼もしいです。ご協力、どうぞよろしくお願いいたします」
『まかせて~~!!!!』
やる気と自信たっぷりな様子に笑みを深め、出入り口の扉へと一歩を踏み出す。
「それではさっそく――夜戦を楽しみにまいりましょう!」
『はぁ~~い!!!!』
元気な返事に不敵な笑みを返し、宿部屋から神殿の広間へと降りる。
四柱の神々へのお祈りはのちほどとし、神殿を出て大老様がたの家々のほうへ。
途中でお見かけした大老アストリオン様へ丁寧にあいさつをしてから、さらに森の奥へと踏み入る。
《存在感知》が反応し、振り向くと遠くから広い縄張りの端に足を入れた私めがけて、五匹のホーンウルフが疾走してくる姿が見えた。
実はお目当ての魔物はこの先にいる存在であり、ウルフたちではなかったのだが……どうやら今夜の初戦は、ホーンウルフが飾ってくれるらしい。
サッと気を引きしめ、レベル差にもひるまずに襲ってくるホーンウルフの群れを迎え撃つ。
おそれず引きつけ、灰色の姿が目前まで迫ったところで、お気に入りの魔法〈オリジナル:吹雪き舞う凍結の細氷〉を冷ややかに周囲へ吹雪かせ、五匹共を氷漬けにして一掃。
ぶわりと巻き上がる灰色の風に、一撃でもって戦闘が終了した高揚を口元に乗せる。
不敵な笑みをうかべながら角と魔石をカバンへと回収し、もう少し先を目指す。
『しーどりあ、うるふはたおさないの?』
「えぇ。今回の夜戦では、おもにアースベアーを狙おうかと」
『べあー!』
『おぉ~!!!』
小さな水の精霊さんの問いかけに、本日のお相手を告げる。
本日の夜戦における本命は、おそらくこの里の中の普通個体ではもっとも経験値を有する、アースベアーだ。
このような夜の時間には、ちょうど巨樹の洞で眠っているはずなので、不意打ちと言う意味では大変失敬をすることになるが……相手取るには、魔法使いとしてはこの時間が適切と言えるだろう。
「眠っているアースベアーを、奇襲します。策を講じている、というほどのものではありませんが……戦場において、自らの場を有利にすることは、鉄則のようなものですからね」
『なるほど~~!!!!』
そわそわと、徐々にわくわく感を高めていく四色の精霊さんたちを順に指先で撫で、軽やかに枝の上へと移動する。
戦闘は……後発組のシードリアのかたがたが増えていることを考慮して、目撃された場合でもなるべくネタバレになることがないように、可能な限り短期戦で決着をつけよう。
あとは数を重ねていけば、自然とレベルは上がるはずだ。
移動した枝の上から、巨樹の根本で眠りにつくアースベアーを見下ろし、深呼吸を一つ。
さぁ――戦闘開始だ!
「〈ラ・アルフィ・アプ〉」
静々と、初手の精霊魔法を詠唱。
ぱっと姿を現した小さな水の精霊さんたちが、眼下で眠るアースベアーの茶色の身体へと、容赦のない水飛沫の攻撃を降り注がせた。
『グルア!?』
明らかな驚愕の鳴き声に内心で失敬と呟きつつも、あまりにも鋭く注いだ水飛沫に、同じ水の精霊さんたちが展開する精霊魔法〈アルフィ・アルス〉の効果の高さを実感する。
水属性の属性魔法と精霊魔法の、安定性と効能を少し向上させるのだと書かれていた説明文を思い出し、ありがたさを感じながら油断なく次の魔法を放つ。
よろよろと起き上がったアースベアーが、その赫い炯眼でこちらを見上げた瞬間――水にぬれた身体へと、紫の雷光が奔った。
闇色の森の一角で、パッと火花のような光が輝き……遅れて、茶色のつむじ風となってアースベアーがかき消える。
〈オリジナル:迅速なる雷光の一閃〉の威力は、やはり素晴らしい。
満足気な笑みが口元にうかぶのをそのままに、移動と戦闘をつづけて行く。
五匹ほど倒したあたりで、のそりと立ち上がった巨体を眼下に見る。
夜闇にとけこむような黒々とした長い爪に、いつかの日の脅威を思い出した。
ギラリと枝の上に立つこちらを睨み上げたのは、アースベアーの上位種、キングアースベアー。
苦戦をしいられた、因縁めいた強敵の登場に、刹那、心が躍った。
出会ってしまったのであれば、することは一つ。
すなわち――再戦だ!
『グルルル……』
低く低く、うなり声を上げるキングアースベアーへ、瞬時に先手を叩き込む。
ビュオウと吹雪いた細氷が、茶色の巨体をあっという間に凍結させ、かすかにキィィンと冷ややかな音を立てる。
が、しかし……氷像には、すぐにひびが入った。
〈オリジナル:吹雪き舞う凍結の細氷〉自体の凍結だけでは、どうやらキングアースベアーを氷像のまま固めておくことは、できないらしい。
――では、より冷たく、固めてしまうとしよう。
フッとうかんだ笑みと共に、〈オリジナル:降り注ぐ鋭き針の雨〉を発動し、水の精霊魔法より幾分か弱い針の雨を、キングアースベアーの頭上から降り注がせる。
ひびをなぞった雨は、予想通り再び、そしてより強固に凍結を引き起こした。
そう――これでいい。
不敵な笑みを深め、二つ同時に魔法を使えるようにと両脚にまとっていた〈オリジナル:敏速を与えし風の付与〉を消す。
氷像となって動くことができない茶色の巨体へ、手飾りが煌く右手を向け、二つの魔法を発動する。
「〈ラ・フィ・ラピスリュタ〉!」
凛、と響かせた精霊魔法の詠唱と共に、〈オリジナル:風をまとう石杭の刺突〉を発動し、瞬時に二段階目へ移行。
現れた小さな土と風の精霊さんの力で生み出された、鋭い石が風圧で射出されて宙を飛ぶ。
そのすぐ後ろで、二段階目に移行した硬い岩の杭が五本、同じように氷漬けのキングアースベアーへと飛来して――パキィン!! と涼やかな音を響かせながら、巨体を見事貫いた。
刹那、ぶわりと起こった旋風が、樹々の葉をゆらす。
リンゴーンと、勝利とレベルアップを示す鐘の音が鳴り、思わず拳を振り上げた。
「目標達成! です!!」
『わぁ~~い!!!!』
鮮やかな勝利と完璧なタイミングでのレベルアップに、素晴らしい再戦だったとついつい心が躍る。
なにせ、あの黒曜石のような爪を振るう隙も与えずに、完封して勝つことができたのだ!
以前の苦戦を思えば、これは素直に喜んでも良いだろう。
四色の精霊さんたちの歓声にも胸を弾ませながら、どこか厳かな心持ちで灰色の石盤を開く。
現れた基礎情報のページには、たしかに[レベル三十]と刻まれていた。
これにて、本日の目標は無事に達成だ!
そして同時に、長らくお世話になっていたレベルアップの恩恵――創世の女神様がこのエルフの里にかけてくれている加護の、その効果が一つ、終わりを告げた。