百五十話 身近で奥深い星の魔法
ありがたい祝福を授けてくださった、夜明けのお花様へ感謝を告げた後、しばし花園の美しさを眺めてすごす。
精霊魔法〈ラ・ルンフィ・ルン〉により、小さな光の精霊さんたちがご自身の光で周囲を照らす中、まったりと咲きほこる花々を愛でる時間はとても楽しい。
ふとこの穏やかな心地のまま、大老アストリオン様の竪琴の音色やお声を聴くことができれば……それはどれほど素敵な時間になるだろうか、と思考がよぎる。
――思い立ったが吉日と、かつての人々は言ったらしい。
ならば、私もそれにならうとしよう!
ぱっと視線を巡らせ、小さな四色の精霊さんたちに声をかける。
「みなさん! もうそろそろ夜のお時間になると思いますので、素敵な花々の観賞の後は、大老アストリオン様のもとで音楽を楽しみませんか?」
『おんがく、たのしむ~!』
『わぁ~! たのしむ!』
『おんがくすき~!』
『ぼくもすき~!』
「ふふっ! 満場一致、ですね。まいりましょう!」
『しゅっぱ~~つ!!!!』
全員の意見が一致したところで、さっそくと花々に一礼をし、小洞窟の帰路を行く。
小さな洞窟から出た頃には、しっかりと宵の口から夜の時間へと移っていた。
この時間ならば、アストリオン様はきっといつもの場所で竪琴を磨いていらっしゃるはず。
意気揚々と枝の上を移動し、大老様がたの家々の奥、巨樹が静かに並び立つ場所で地面に降り立つ。
少し歩くと、すぐに白が混ざる緑の長髪をさらりとゆらし、ちょうど巨樹の根本に腰かけたアストリオン様が見えた。
ナイスタイミング、だ!
ふっとこちらへと向けられた深い藍色の瞳に、微笑みを返す。
近寄り優雅に一礼をしたのち、あいさつを紡いだ。
「こんばんは、アストリオン様。よい夜ですね」
『うむ。よい夜だな、ロストシード』
深く澄み渡る美声での返事に、思わずうっとりとした心地になりながら、アストリオン様が背をあずける巨樹の、その対面にある樹の根本に腰かける。
……腰かけてから、ここへおとずれた理由も告げずに、勝手に音楽を楽しむ体勢をとってしまったと気づいた。
うっかりしていたと、慌てて言葉を加える。
「ええっと! 今夜も楽の音や、お話をご一緒できればと思いまして……!」
『おんがく、たのしみにきたの~!』
『たのしむ~~!!!』
私の言葉につづいた小さな風の精霊さんと、水と土と闇の精霊さんの歓声に、ゆるりとアストリオン様の口元がゆるんだ。
『……よかろう。今夜も楽しむといい』
「ありがとうございます!」
『わぁ~~い!!!!』
思わず満面の笑みで感謝を紡ぐと、アストリオン様はなめらかな所作で竪琴の調律をはじめる。
やがて静かに、一音一音消えるその時まで美しい音色が、周囲へと溶け込むように響きだす。
穏やかな音楽に聞き惚れる時間は――やはり至福だった。
しばらくそうして楽の音に耳をかたむけていると、綺麗に終わりを飾った音が流れ消え、沈黙が降りる。
自然と閉じていた緑の瞳を開くと、かすかにあたたかさを宿す藍色の瞳と視線が合った。
にこりと笑み、素敵な音楽への称賛をおくる。
「何度聴いても、本当に素晴らしく心をゆさぶる、とても素敵な楽の音です。いつも聴かせてくださり、ありがとうございます」
『ありがと~~!!!!』
四色の精霊さんたちも重ねた感謝に、アストリオン様は少しだけやわらかに瞳を細めて、うなずいてくださった。
『楽しめたならば、よい。――この夜は、星魔法についてもう少し語ろう』
「はい! よろしくお願いいたします!」
『うむ』
返事と共に告げられた本日の話題に、緑の瞳を煌かせる勢いで応える。
鷹揚に返された短い言葉の後、これまた聞き惚れる美声で、アストリオン様は星魔法についての新しい知識を授けてくれた。
驚きに緑の瞳を見張りながら、驚愕と共に身近な新発見を口にする。
「ま、まさか、この魔法のカバンにかかっている空間の魔法が、星魔法だったとは!」
『……驚くのも、無理はない』
「えぇ! これは予想外でした!」
跳ねる私の声に、アストリオン様はさもありなん、といった風にうなずいた。
どうやらこの【シードリアテイル】では、いわゆる空間魔法に該当する魔法は、星魔法の分類であるらしく。
あまりにも最初から身近に星魔法があったことは――まさに驚きの事実、と言う他ない。
とは言え、カバンなどにかかっている空間魔法などはそのままで十分便利であるため、自身が使えるようになる必要性自体は薄い、とのこと。
たしかに、現存する星魔法の使い手が魔法をかけたこのカバンがあれば、事足りるのは間違いないだろう。
……それはそれとして、空間魔法のような魔法はロマンそのものなので、いつか習得はしてみたいものだ。
「それに、空間を移動するような魔法も、星魔法に分類されるとは……!」
『……空間移動は、我もかつては重宝していた魔法ゆえ、時期がおとずれた時には、ロストシードも習得するといいだろう』
「分かりました!」
アストリオン様がオススメしてくださるのであれば、空間移動の星魔法はなるべくはやく習得できるようにはげもう! そうしよう!
好奇心と高揚感に満ちた心をそのままに、やはりと言葉を紡ぐ。
「やはり星魔法は、本当に奥深く学びがいのある魔法ですね!」
『――いかにも』
ふ、と褒めるような微笑みをうかべ、アストリオン様が私を見る。
それに凛と微笑みを整え、しっかりとうなずきを返した。
アストリオン様の後継者として――今後も星魔法の研鑽を重ねることを、言外に誓う。
深々と上品な一礼をおこない、アストリオン様のそばを離れて神殿の宿部屋へと戻る。
夜が過ぎ行くのははやく、そろそろログアウトをする時間になる頃だ。
楽しい時間はあっという間に流れていくのだと分かってはいても、ついに六日目も最後だと思うと、名残惜しい。
もう少しだけ、この心躍る世界に浸っていたいと思い、座り心地も手触りも好いソファーに腰かけ、何とはなしにエルフのシードリアが集う世迷言板を開き――。
[あの!! おれ、すごいもの見たんですが!!]
[おっと? どうしました?]
[何かありましたか?]
[すごいもの、ですか?]
[何でしょう?]
[おれたちに、精霊と仲良くなるコツを教えてくれた、あの人が!]
[今度は何をやらかし、失敬。何事を?]
[あの人が、何かしていたのですか?]
[頭に新しい精霊ふやしてました!!]
――そこまで流し見て、そっと、世迷言板を石盤ごと消して閉じる。
世の中には、きっとつづきを見ないほうが良い世迷言板も、あるものなのだろうと思う。
……できることならば、そのような世迷言板とは出会わずに過ごしていたかったが。
「さて……本日も空へと帰るお時間になりました。みなさん、またのちほど冒険のつづきをいたしましょう」
『はぁ~い! いいこでまってるよ!』
『しーどりあ、またね!』
『ぼうけんのつづき、たのしみ~!』
『またね、しーどりあ~!』
「はい。また、です」
気を取り直して名残惜しくも微笑ましいやりとりを交わし、各種魔法を消して精霊魔法を展開してくれていた精霊さんたちを見送ってから、ベッドへと横になる。
胸元で煌く四色の光を撫でてから、瞳を閉じ、そっとログアウトを呟いた。
ぐっと感覚が遠ざかり――やがて、現実の感覚が戻ってくる。
これで【シードリアテイル】のサービス開始日から、六日目となる日も終わりを告げた。
一週間の区切りとなる明日の七日目は……そろそろ、次の段階への準備を進めてもいいかもしれない。
※明日は、主人公とは別のプレイヤー視点の、
・幕間のお話
を投稿します。