百四十九話 感謝を伝えに花園へ
小さな四色の精霊さんたちに導かれ、無音鳥を探して幾星霜……とまではいかないものの、それなりに森の中を巡った頃には、夕陽も落ち宵の口の時間がおとずれた。
陰った森の中、頭の上に小さな風の精霊さんと共に乗っていた光の精霊さんが、ふわりと眼前に降りてくる。
『しーどりあ、またね!』
「おや。そう言えば、光の精霊さんは夜の時間はお戻りになるのでしたね。えぇ、またのちほどお会いいたしましょう」
『うん! こうた~い!』
明るい声音と共に小さな白光の姿が消え、かわりにぽわりと黒色の光が輝いた。
『きたよ~! しーどりあ~!』
「はい。いらっしゃいませ、闇の精霊さん」
くるりと一回転してあいさつをしてくれた小さな闇の精霊さんに、微笑みを深めて言葉を返す。
光の精霊さん同様に、ふよふよと頭の上に乗った闇の精霊さんへ、三色の精霊さんたちも嬉しげな様子だ。
『やみのこいらっしゃい!』
『わ~い! あそぼ~!』
『あそぼ~!』
『しーどりあと、みんなと、あそぶ~!』
『わぁ~~い!!!』
きゃっきゃと肩と頭の上で楽しげに交わされる会話に、いっそう頬がゆるんでしまうのも、仕方がないというもの。
にこにこと笑顔を広げながら、さて夜になったのならばと今後の方針を四色の精霊さんたちへ紡ぐ。
「この後は、授かった光の精霊さんたちの新しい精霊魔法のお試しも兼ねて、夜明けのお花様の花園へ行こうと思います。アースビーとの戦いでは、かの祝福に本当に助けていただきましたから、せめて感謝の言葉をお伝えしたいのです」
『おためしとおれい~!』
『おはなのところ~!』
『よあけのはな、よろこぶね~!』
『わ~! たのしみ~!』
水、風、土、そして闇の小さな精霊さんたちそれぞれの言葉にうなずきを返し、笑顔のまま護りの崖にあいた小洞窟を目指して、軽やかに枝の上を渡る。
時折感覚をにぶらせないよう、身体魔法〈瞬間加速 一〉を発動していっそう素早く進んで行けば、小洞窟の入り口へとたどり着くのはあっという間だった。
それとなく隠された入り口にするりと身を滑り込ませ、少し進んだところで足を止める。
「――それでは! 新しい精霊魔法のお披露目です!」
『わぁ~~い!!!!』
パチパチと打ち鳴らされる拍手のかわりに、それぞれの色を明滅させる四色のみなさんに微笑み、そっと精霊魔法を紡ぐ。
「〈ラ・ルンフィ・ルン〉」
瞬間、ぱっと周囲に幾体もの小さな光の精霊さんたちが現れ、その身の白光をさらに明るく輝かせた。
ほんのりと光る蔦だけが照らしていた洞窟内が、一気に照らされて岩肌が煌く。
「これは素晴らしい明かりですね!!」
『あかるい~~!!!!』
思わず上げた歓声に、四色の精霊さんたちの声が重なる。
予想通り光の魔法〈ルーメン〉に勝るとも劣らない明るさに、さすがは光の名を持つ魔法だと感動が湧き、同時にこれからも活躍間違いなしの精霊魔法だと確信した。
周囲でふわりとただよう光の精霊さんたちへと、肩と頭の上から離れて思い思いに身をよせる四色の精霊さんたちの輝きもまた、白光に照らされて美しい。
自然と零れた感嘆の吐息を連れて、ゆったりと小さな洞窟内を進んで行く。
地底湖ダンジョンとは違い、そう長くはない一本道の小洞窟で歩を進めると、すぐに目的地へとたどり着いた。
「やはり、この場所は洞窟内でもとても華やかですね」
『おはな~~!!!!』
ぴゅーっと足下に美しく咲く花々へとたわむれに行く精霊さんたちに笑みを零し、改めて広い空間を見回す。
光る蔦が這う壁からの明かりと、今は小さな光の精霊さんたちの輝きに照らされ、以前おとずれた時とはまた違った鮮やかな色が、花園には満ちている。
その華やかさに微笑みを深め、中央の小高い場所でつぼみを丸く閉じたままの夜明けのお花様へと静かに歩みよった。
一緒について来てくれている光の精霊さんたちが照らし出す夜明けのお花様は、つぼみになっている白い花弁をより美しく、その白さを際立たせている。
花弁が開かれた時の鮮やかさを思い出し、今が夜明けの時間ではないことを心底残念に思った。
とは言え、それはそれとしてここへ来た目的は果たしたい。
いまだ花弁を閉ざす夜明けのお花様へ、優雅に一礼をおこない言葉を紡ぐ。
「ご無沙汰しております、夜明けのお花様。本日は改めて以前授けてくださった、祝福のお礼にまいりました」
以前、美味しいポーションをつくるためにと挑んだ、ハチミツ狩りの一件。
ハチミツがたっぷり入った巣を守るアースビーとの戦闘で、夜明けのお花様から授かった《祝福:不変の慈愛》は、常時解毒状態という破格の効能を余すことなく発揮し、私の身を護ってくれた。
正直なところ、祝福がなければ撤退もあり得た状況だったので、夜明けのお花様にはこの深い感謝をしっかりとお伝えしたい。
気持ちを込めて、深々と腰を折る。
「とある戦闘の折、かの祝福には本当に助けていただきました。――改めまして、素敵な祝福をありがとうございます」
『ありがと~~!!!!』
静々と紡いだ感謝に、いつの間にそばに来ていたのか、四色の精霊さんたちからも感謝が響く。
上げた顔のすぐそばで輝くみなさんに、自然と微笑みがうかんだ。
もう一度緑の瞳を注いだ夜明けのお花様には、特に変化はなかったけれど。
『やくにたって、よかったっていってるよ~!』
そう言っているのだと教えてくれた土の精霊さんの言葉に、思わず笑みを咲かせた。
――本当に、素敵なお花様だ。