十四話 ロマンと必要性と付与の魔法
一に魔法を出現させ、二でそれを操作する。
――この手の魔法操作が可能ならば、もう一つ習得してみたい魔法があった。
「氷……水の派生属性の、氷の魔法と風の魔法を合わせた魔法を使うことができれば、より多彩な魔法戦闘ができるのでは……!」
あくまで現段階ではただの空想だが、氷の魔法を戦闘に組み込むことができた場合、戦い方も便利な面がでてくる可能性もさることながら、見目もさぞ美しいことだろう。
戦闘時に水の魔法と氷の魔法が合わさり、より鮮やかに敵を凍らせるようなことができるかもしれない上、土の魔法も風の魔法も、属性として相性が悪いわけではない。
精霊神様は四つの属性とその派生属性をつかさどっており、それはつまりこの部屋でならば派生属性の魔法も習得できる可能性があるということだ。
何より……これはとても重要なことなのだが、何より――氷の魔法は、純粋にかっこいいと思う!
美しく、かっこよく、そして便利な使い方ができるかもしれない属性の魔法ならば、ぜひとも習得してみなければ。
すぐさま魔法の形の想像をはじめる。
想い描くは空中にうかべた氷柱に風の魔法で回転をかけ、より攻撃性を高めて複数の敵に飛来させる魔法。
針の雨のように、敵の上空から氷柱を落とすだけでも様になるが、ここはあえての二段階魔法に仕上げたい。
何故なら――魔法とはすなわち、ロマンの体現だから、だ。
凍える冷風をまとい、三本の氷柱が素早く回旋しながら先端を前方に向けた状態で、私のそばの空中に現れる。そこに留まっていたのは一瞬のことで、まばたきの次には前方へと飛来して消えた。
効果音と共に空中に現れる、[〈オリジナル:風まとう氷柱の刺突〉]の文字。
確認した説明文にはしっかりと、二段階の魔法操作が可能な小範囲型のオリジナル攻撃系複合下級風兼氷魔法、と刻まれていた。
まぎれもないロマンの体現に、どうしても口角が上がる。
「よし! 習得出来ました!」
『わ~い!』
『すご~い!』
『おめでと~!』
「ありがとうございます!」
嬉しさと共に三色の精霊のみなさんに報告をすると、すぐさま一緒に喜んでくれることがありがたい。
この場に鏡があったのならば、きっとその中に映る今の私はずいぶんしまりのない、満面の笑みをうかべていることだろう。
にこにことゆるむ表情をそのままに、問題なく派生属性の魔法を習得できた喜びをかみしめる。
ただ二段階魔法操作というものが、実際にどれほど融通がきくものなのかは、やはり実戦で試してみるまでは未知数だ。
もっとも、それを実践で試すのも魔法というロマンの醍醐味と言えるだろう。
後のお楽しみが積み重なって行く感覚に、また笑みが深まった。
楽しさと高揚感で満たされた心地のまま一呼吸つき、伸びをする。
この小部屋に入ってから、すでに一時間ほどは経過しただろうか。
本来祈りを捧げるための部屋を占領していいのか、という疑念はある。とは言え、魔法の習得が一区切りした後に、もう一度感謝を込めて祈ってから部屋を出ようと、すでに決意していた。
属性や引き続き精霊のみなさんと親しむ重要性も考え、毎日精霊神様の像には祈りを捧げることも考慮しているので、今はこの場を最大限有効活用することをお許しいただきたく……。
その様なことを考えつつ、色々な魔法を習得できた満足感に、少しばかり浸っていた時。
「あ」
『あ?』
『あ!』
『あ~?』
唐突な閃きに言葉が零れ、それに三色の精霊のみなさんが不思議そうに声を連ねる。
三者三様の反応に、眉を下げながら説明を紡ぐ。
「すみません、攻撃系の魔法に気を取られて、他の系統の魔法のことを忘れていまして……」
『そうなの~?』
『まほういっぱいあるよ~!』
『ほかのまほうもみた~い!』
精霊のみなさんの言葉にうなずきながら、すっかり失念していた二つの重要な効果の魔法を思い出す。
すなわち――防御系と、回復系の魔法である。
戦闘体験のあるゲームにおいて、攻撃系と同じく基本的なこの二つの魔法も習得しておくことは、とても大切なことだ。
何といっても、戦闘体験の幅が広がる。それは、魔法戦闘を楽しむ上では重要な要素だ。
慌てて、ひとまずはと身体の周りで高速に回転する風の膜や、大地からそびえ現れる土壁、小さな幾つもの水滴が煌き傷を癒す、といったイメージをして魔法を習得していく。
さいわい、これらは上手く習得できた。
〈オリジナル:身を包みし旋風の守護〉は、持続型のオリジナル防御系下級風魔法。
〈オリジナル:大地よりいずる土の盾〉は、単発型のオリジナル防御系下級土魔法。
そして〈オリジナル:癒しを与えし水の雫〉は、単発型のオリジナル回復系下級水魔法だ。
三つの魔法を確認したのち、他に戦闘面で役に立つ魔法がないかと思案する。
ふと、変わらずそばで褒めてくれている三色の精霊のみなさんの内、属性の性質ゆらいなのか、ひときわ動きの俊敏な風の下級精霊さんに目がとまった。
戦闘面で大切な何かを、まだ見落としているような感覚の後――はっと閃く。
「移動速度!!」
『はやいのすきー!』
『うごくの? どうするの~?』
『しーどりあ、はやいのすき~?』
「そうなのです! 戦闘中に、いざという時素早く動けるような魔法も習得したいのですよ。私も速く動くことが好きでして」
思わず小部屋に響かせた言葉と交わした会話に、精霊のみなさんがそわそわと楽しそうに動きはじめる。
なんとなく分かってきたことだが、精霊のみなさんのこの動きは、私が何か行動を起こすことを楽しみにする、その気持ちの表れのようだ。
実際にご期待に応えられるかは未知数だが、挑戦することを迷いはしない。
再び、集中してイメージをしていく。
想像するのは、脚に風をまとわせ、動く時にその動作を補佐、あるいは強化してくれるような魔法。
何度かイメージを繰り返し、ようやく両脚に銀色のそよ風をまとうような魔法が発現し、しゃらんと美しい効果音が鳴る。
確認のために眼前の空中を見やると、そこには二つの文字が並んでいた。
[〈オリジナル:敏速を与えし風の付与〉]と[《付与属性魔法操作》]だ。
「おっと、ここで付与魔法が習得できるとは」
『わ~! すご~い!』
『むずかしいのできた~!』
『ふよまほうだ~!』
驚きに零した言葉へ、三色の精霊のみなさんの歓声が重なる。
付与魔法は、リリー師匠に教えていただく細工技術と同じくらい、習得したいと思っていた技術だ。
さっそく、説明文を確認していく。
「魔法のほうは、付与型のオリジナル補助系下級風魔法……この付与型を総じて付与魔法と称するのでしょうね。
[《付与属性魔法操作》]のほうは……[魔法操作の一つで、属性魔法を人や物に付与する。一時付与と持続付与とを能動的に切り替えて付与することができるが、持続付与には魔法を持続するための魔力の供給が必要。能動型スキル]ですか……」
どうやら付与魔法には、一時付与と持続付与という概念があるらしい。
オリジナル魔法を例にして考えてみる。
おそらく、一時付与とは戦闘中の短い時間だけの付与にあたるのではないだろうか。
そして持続付与になると、今現在も持続型の精霊魔法として発動し続けている〈ラ・フィ・フリュー〉のように、発動者の魔力を少しずつ消費しながら、半永続的に付与し続けることができる。
おそらくは、この認識からそう外れてはいないだろう。
しかし、これは人に魔法を付与した場合の解釈だ。
「……としますと、物にかける付与魔法で持続付与を行うためには、物を装備している人の魔力が消費されていく……? いえ、それですと、エルフのようなはじめから総魔力量が多い種族はともかく、さすがに大半の種族の方には魔力消費量が問題になる気が……?」
うぅん、と小さくうなり、口元に手をそえて考え込む。
物への持続付与により、持続的に魔法をかけた発動者の魔力が消費される、ということはおそらくありえない。
なにせ、付与魔法をかける定番の物は、武器だ。
当然武器などは店頭で売りに出されているわけで、発動者からはるか離れた場所でも魔法が発動し続けているのには、さすがに何か仕掛けがあるのではないだろうか?
そこまで真剣に考えたのち、はたとあるものの存在に気づいた。
「魔石……でしょうか?」
ぽつり、とした呟きが、真実味を帯びた――ように感じる。
装飾品や武器に使用される、魔力の塊である魔石ならば、内包する魔力量によって持続的な付与魔法の継続発動が可能なのでは……!
霧が晴れたような気分と高揚感に、きっとこの緑の瞳は輝いていることだろう。
とは言え、これらはあくまで予想に過ぎない。
正解はのちほど、リリー師匠にたずねてみるとしよう。