百四十八話 幻想生物みーつけた!
木漏れ日の色が黄金から橙色へと変わり、時間が夕方へと移ったことに気づく。
ゆったりと森を進んだ先――やはりどうみても兎には見えない、森兎が跳ねる場所へと到着した。
「うぅん……やはりどこからどう見ても幻想生物……」
『げんそうせいぶつ????』
「えぇ、まぁ……空では、森兎のような外見の生き物を、そのように表現する場合もありまして」
『おぉ~~!!!!』
ついつい零した言葉に反応する精霊のみなさんに、軽く説明をする。
感激を宿した興味深そうな歓声に、たしかに幻想生物自体には私も心ひかれるものがあるのだと思い直す。
改めて、森兎へと視線を向け、じっくりと観察する。
長耳の大きめのハムスターに近い、ぽってりとした丸い姿。
ぴょんぴょんと跳ねるたびに、背中に生えているニワトリのトサカに似た緑の葉のような部分と、長い二本のふわりとした尻尾も跳ねている。
あぁ――これぞまさしく、幻想生物。
いつぞやの初見で感じた驚きは、すでに一周回って幻想生物としての認識による興味深さ……すなわち、ロマンにかわっていた。
好奇心を宿した微笑みのまま、可愛らしく跳ねる姿をしばし眺める。
と、ふいに食堂のほうからぴゅーっと空中を滑るように移動してくる小柄な姿が見えた。
「おや? あのお姿は……食堂にいらした、緑の中級精霊さんでは?」
『うん! みどりのちゅうくらいのひと~!』
「やはりそうでしたか」
零した疑問の声に答えてくれた小さな土の精霊さんへ、なるほどとうなずきを返す。
遠くに見えていたその姿は、すぐに近くなり――ぴょんっと跳ねた一匹の森兎を、くるんっと蔓がとらえた。
なんとも手慣れた様子に、思わず蔓につかまった森兎のこれからを想像しかけ、慌てて頭を横に振って考えを消す。
もう一度緑の中級精霊さんへと視線を向けると、森兎を見つめていた視線が、ちょうどこちらを向いた。
『あっ! こんにちは!』
「こんにちは。食堂ではいつもありがとうございます」
『こんにちは~!!!!』
視線が重なった後、ぱっと笑顔をうかべて可愛らしい声音があいさつを紡ぐのに、返事をする。
小さな四色の精霊さんたちもあいさつを返す様子に笑顔を輝かせた緑の中級精霊さんは、次いでコテンと小首を可愛らしくかしげた。
どうしたのだろうかとこちらも小首をかしげると、小さな口が開き、
『もりうさぎ、いりますか?』
そうたずねる声が、素朴にこの場に響いた。
その言葉が示す意味を察し、思わず一瞬固まったのち、急いで首を横に振る。
「いえいえいえ! 観察していただけですので、どうぞお気になさらず!」
――あやうく、私も調理をする側になるところだった。
内心盛大に焦りながら、笑顔でやんわりとお断りの言葉を返すと、緑の中級精霊さんはコクリとうなずいてくれる。
『そうですか! それでは、またお食事にいらしてくださいね~!』
「えぇ、必ず」
楽しげに弾む声でやりとりをして、すぐに食堂のほうへと去っていく小さな背中を見送り、ほっと安堵の息を吐く。
美味しいお料理は、今後も美味しく楽しませて頂くつもりだとは言え、料理の裏側は……のぞき見ないほうが、いいこともあるかもしれない。
そろり、と森兎たちから視線を外し、軽やかに地面を蹴って枝を伝いさらに森の奥へと移動する。
後ろを振り返り、森兎たちが跳ねる姿が見えなくなってから、地面へと降り立った。
ふぅ、とさきほどの衝撃を吐息で流して気を取り直し――せっかく興味が湧いたのだから、他の幻想生物でも探してみようかと思いつく。
そうと決まれば、まずは精霊のみなさんにたずねてみよう。
「みなさん。みなさんは、森兎以外の魔物ではない動物は、ご存知ですか?」
『しってるよ~~!!!!』
「おや! その動物は、このエルフの里の周辺に生息していますか?」
『うんっ!!!! いる~!!!!』
「それは素晴らしい。ぜひとも探しに行きましょう!」
『お~!!!!』
わくわくと肩と頭の上で歓声を上げ、ぽよぽよ跳ねる精霊のみなさんに、改めて問いかける。
「その動物は、なんというお名前なのでしょう?」
『むおんどりだよ~! とりなの!』
「むおんどり……ほほう。どこにいるのか、場所は分かりますか?」
『どこにでもいるよ!』
『あっち~!』
『あっちにもいるよ!』
小さな風の精霊さんの答えにつづき、水、土、光の精霊さんが答えてくれる言葉に、うなずきを返す。
「なるほど、行動範囲が広い、あるいは数が多いのでしょうね。では、まずは一番近い場所からあたってみましょうか」
『はぁ~い!!!!』
元気な返事に微笑み、土の精霊さんが示してくれた一番近い、食堂裏を目指して歩みを進めていく。
やがて、樹々の奥に食堂の建物が見えたあたりで、立ち止まる。
巨樹の上の枝を下から見上げ、ぐるりと見回してみると……たしかにぽつぽつと、小さな姿が枝に止まっていた。
『むおんどりだよ! しーどりあ!』
「なるほど、アレが……むおんどり」
ぽよっと頭の上で跳ねた風の精霊さんが、たしかにあの生き物がむおんどりなのだと教えてくれる言葉に、静かに言葉を返す。
風が吹き抜け、木の葉をゆらすが、頭上の生き物たちは羽ばたくでもなく、鳴くでもなく、ただ静かに枝の上に鎮座している。
さしずめ、無音鳥、といったところか。
風の精霊さんが鳥だと言っていたところから、推測してみる。
ところで――アレは本当に、鳥、という認識で間違いないのだろうか?
ぱちり、と緑の瞳をまたたき、再度枝の上に鎮座する幻想生物を見つめる。
小さな姿は、枝の上にふさわしいとは、思う。
ただ……やはりと言うべきか、案の定と言うべきか、その姿は鳥と呼ぶには少々難しいほど、異なるものに見えた。
「鳥……?」
『とり~~!!!!』
思わず零した疑念の声に、四色の精霊さんたちが確定の言葉を告げる。
しかし、まだ信じがたい。
「とり……?」
『とり!!!!』
つい再度零した声にも、精霊のみなさんは律儀にたしかにアレが鳥なのだと、教えてくれた。
ぱちり、ともう一度緑の瞳をまたたいて、無音鳥を見上げる。
つぶらな瞳と、視線が合ったような、気がした。
くちばしはあるが、翼とおぼしき場所には何もなく。
ふわふわとした黒い毛並みの小さな身体を、ネコ科動物のような二本の足が枝の上に留めている。
ゆらゆらと枝の下でゆれる鳥の尾羽のような尻尾は銀色で、夕陽に照らされて煌いていた。
さいわいにも、総合的には可愛らしい姿だとは、思う。尾羽が綺麗だなぁ、とも。
とは言えやはり、鳥と言ってしまうのはどうにも、違和感がぬぐえない。
つまるところ、結局は一つの表現が一番、しっくりくる。
「えぇ、まぁ――立派な幻想生物ですね!」
『げんそうせいぶつ~~!!!!』
色々な認識を諦めた果てでそう出した結論に、精霊のみなさんの楽しげな声が重なった。
――やはり【シードリアテイル】は、ずいぶんと奥深いらしい。
光の精霊さんが教えてくれた場所へと移り、そこでも無音鳥を見てみたものの……やはり、さきほど見た姿が間違っていたわけではなく。
鳥のような猫のような姿をした、見事な幻想生物だった!