百四十四話 透明は凍り虹色は舞う
※一瞬ですが、戦闘描写あり!
前方で複数、かすかに煌いた銀色の燐光。
あの場所にノンバタフライがいると、瞬時に確信した。
位置を見極め、見事役割を果たしてくれた〈持続遠見〉を消して〈瞬間加速 一〉に切り替え、狙いを定めた前方の地点へと枝を蹴って、一息に距離を詰める。
煌きをすぐ近くの眼前に捉えた刹那、〈オリジナル:吹雪き舞う凍結の細氷〉を発動!
ビュオウと吹雪いた煌く細氷が、周囲一帯を凍結させる。
淡い煌きが地面に落ちるのを目視しつつ――左前方と右前方でも煌いていたのを、見逃してはいない。
すぐさま同様に距離を詰め、この周囲で飛んでいたのだろうノンバタフライを、凍結して倒すことに無事成功する。
リンゴーンと鳴る鐘の音に、レベルが二十九へと上がったことをサッと開いた灰色の石盤で確認し、手早く消したのち。
地面で淡い銀の煌めきを帯び、薄く黒に縁どられた小さな二枚の蝶の翅と、銀と黒の小さな魔石がぱらぱらと落ちているのを拾い上げて、カバンに収納していく。
さいわいにも、素材の翅は十五枚あり、これで無事に依頼は達成だ。
一気に見つけることができ、かつ逃げられる前に倒すことができたことに、心底から安堵の吐息を零す。
これができていなければ、またじっくりと探す羽目になっていたことだろう。
隠密行動による魔物探しが、楽しくなかったとは言わないが……少々根気が必要だと、今回ばかりは思い知った。
「みなさん。依頼分の素材収集はできましたから、かくれんぼは終わりにしましょう」
『はぁ~い!!!』
闇で隠し包んでくれていた〈ノクス〉を消し、小さな三色の精霊さんたちに声をかけると、ぱっとそばで三色の光が輝く。
ふよふよと楽しそうに舞う精霊のみなさんを眺め、癒されながら緊張をほぐしてほっと吐息を零した。
集中して周囲を探り彼方を視察する狩人向けの訓練も、素材収集の依頼も終わり、では次は何をしようかと、帰路へ一歩足を進めた瞬間、視界の左端で何かが光る。
なんだろうかと、下草がしげるその先へと視線を投げ、自然と緑の瞳が見開くのを感じた。
見えたのは――虹色の、燐光。
キラキラと闇夜を横切る、淡く煌く虹色に、目を奪われる。
それは、美しい光を放つ、蝶だった。
「あの蝶は……」
『まものがいなくなったから、こわくなくなったの!』
『しーどりあがたおしたから、あんぜんになった!』
『こわくないって、みんなよろこんでる!』
「おや、なるほど。そのような結果をもたらすことができていたのですね」
ノンバタフライを倒すことで、あの虹色の蝶が安全になり、安心して喜んでいる。
零れた呟きに、そう教えてくれた精霊さんたちへとうなずきを返し、煌く虹色を静かに追う。
ガサリと下草に失敬して踏み入ったその先は……まさに、蝶たちの楽園だった。
「これは……」
綺麗だと、声にする前に心を奪われる。
少し拓けた巨樹と巨樹の間の空間で、闇を照らす星々よりも鮮やかに、淡い虹色の蝶たちがひらひらと飛び回る光景は――まさに、幻想的の一言。
夜闇を虹色が煌くたびに、緑の瞳が煌くような感動が胸に灯る。
『わぁ~! きれい~!!』
『すご~い!!』
『きらきらだ~!!』
私が紡げなかった言葉を、小さな三色の精霊さんたちが楽しげに声に出したのを聴きながらも、眼前の光景から視線を外すことができない。
あの透明な蝶の魔物を倒すことで、この美しい虹色の蝶たちが生息する場所への脅威がとりのぞかれたのであれば、難易度の高い訓練兼依頼をこなしたかいもあったというものだ。
ようやく戻ってきた明瞭な思考で、密やかに今回の秘密の指示を出してくれた、シエランシアさんへと感謝する。
……このようなきっかけがなければ、きっと今目にしているこの上なく幻想的な光景を、見ることなど叶わなかっただろうから。
「あぁ……本当に美しいですね」
『うんっ!!! うつくしい~~!!!』
今度こそ音にした感動の言葉に、精霊のみなさんの同意が重なる。
なおも美しい乱舞を眺めつづけていると、ひらひらとその虹色の翅を閃かせ、私のすぐそばへと一匹の蝶が飛んできた。
驚きに緑の瞳をまたたきながらも、半ば無意識にその蝶へと片手を伸ばす。
伸ばした手の指先へ、そっと止まった虹色の蝶が、ふわりと翅を動かした瞬間――しゃららら……と、美しい効果音が鳴った。
この音はたしか、夜明けのお花様や星の石から……祝福を授かった時に、聞いた音。
見開いた緑の瞳に、眼前で輝く文字が映る。
[《祝福:幸運の導き》]
――あぁ、これは間違いようもなく、祝福だ。
「なんと……」
思わず、驚愕のままに声が零れる。
またそっと、指先から飛び立ち乱舞に加わっていった蝶を見送り、灰色の石盤を開く。
祝福の名前を見つけ、説明文を視線でなぞった。
[ニジイロアゲハから授けられた、幸運へと虹色の光が導く祝福。この祝福は、永続的に必要に応じて発動する]
そう書かれた内容に、まずは美しい虹色の蝶の名前を知る。
次いで、幸運へと虹色の光が導く祝福という、いささか抽象的な祝福に小首をかしげた。
「幸運へ導く、ですか」
つい呟きながら、片手を口元にそえる。
おそらく、私にとって何か幸運となる物事へと、虹色の光が導いてくれるということなのだろう。
こればかりは、実際に祝福が発動する機会がおとずれた時、確認してみるしかない。
とは言え、祝福を授けてくださったニジイロアゲハ様の存在そのものが、すでに私にとって幸運の象徴のようなものだ。
眼前の美しい光景を前にすれば、その幸運の象徴による祝福が幸運へと導いてくれるという説明文もまた、説得力しかないというもの。
つまるところ、これはとても素敵な――ロマンあふれる祝福なのだと、そう理解する。
ふわりとうかんだ微笑みが、虹色に煌く乱舞を見て、また少し深まった。
ニジイロアゲハ様がつくりだす、闇夜に映える幻想的な光景は……まだ終わらない。