百四十三話 貴重な訓練と魔物探し
『いやぁ、悪かった。君があまりにもとんでもないことをしでかしていたものだから、ついな』
「い、いえ……お気になさらず」
すっきりとした笑顔で謝罪を紡ぐシエランシアさんに、少し熱い頬のまま首を横に振る。
気恥ずかしさをまぎらわすために、コホンと咳払いを一つ。
話を本題に戻そう。
「ええっと……そう、今回の標的である、ノンバタフライという魔物について、少し情報を教えていただけませんか? 書庫で読んだ魔物図鑑には、載っていなかった魔物なのです」
『ふむ……』
私の問いに、軽く握った片手を口元にそえたシエランシアさんは、わずかに思案した後、空色の瞳をこちらへと戻した。
『見えず、気配が薄く、かすかな燐光だけが目印になる。属性は風と闇。ハーブスライム以下の、魔物とは思えないほどの弱さ。しかし逃げ足ははやく、すぐに見失う。――まぁ、端的に言えば厄介だ』
「なるほど……ありがとうございます」
厄介、と空色の瞳を細めるシエランシアさんに、うなずきながら情報提供への感謝を伝える。
目印となるかすかな燐光と、風と闇の属性を脳内にメモしつつ、つまりは見つけ次第すぐに倒さなければならないのだろうと結論を出す。
いずれにせよ、たしかに今回は難題なのだと感じ、思わずフッと不敵な笑みがうかんだ。
はずしていた視線を正面に戻すと、実にイイ笑顔が緑の瞳に映る。
『今回はさすがに、ロストシードにとっても貴重な訓練になると、わたくしは確信している』
言葉通り、確信を宿したシエランシアさんの声音に、不敵な笑みのまま凛と返事を響かせた。
「はい。――最善をつくして、訓練と依頼の達成にあたります」
同じような笑みをうかべなおしたシエランシアさんに見送られて、さっそくと身体を反転させ、森の中を目指す。
神殿の前を通りすぎ、大老様がたの家々の奥、いつも大老アストリオン様が竪琴を磨いている場所のその先へと足を進める。
アースベアー……もとい、キングアースベアーと以前遭遇した場所は、たしかこの辺りからさらに森の中央へと入り込んだ地点だったはず。
ノンバタフライが近くにいる可能性を考え、刺激してこちらが見つける前に逃げられないよう、今回はなるべくアースベアーとの戦闘は回避しながら進むことにしよう。
一度足を止め、肩と頭に乗る小さな三色の精霊さんたちへと声をかける。
「みなさん。この先は隠密行動をしていきますね」
『おんみつこうどう???』
「えぇ。そうですね……私たちが、かくれんぼをする側になるのです」
『おぉ~!!! かくれんぼ~~!!!』
わくわくとした歓声が小さく上がり、次いで三色の光がその輝きをひそめたのに、微笑む。
精霊のみなさんはしっかりと、かくれんぼの準備をしてくれているらしい。
では私も、と魔法名を宣言する。
「〈ノクス〉」
静かに紡いだ魔法名により、頭上から闇色の幕が降りて、周囲を夜のように覆う。
持続型の補助系初級闇魔法〈ノクス〉――以前、ホーンウルフとの戦闘の際、目くらましに使った魔法。
本来の用途は、おそらく今回のような隠密行動用だと思うので、ひとまずかけておく。
トンっと軽く地面を蹴り、軽やかに枝の上へ。
さて……問題はここからだ。
「無事、見つけることができるといいのですが……」
小さく、ひそやかな願いを込めて呟きを零す。
今回の訓練兼素材収集依頼は、指南役であるシエランシアさんからの秘密の指示によりおこなうもの。
……さすがに、一筋縄では終わらないだろう。
そっと表情を引きしめ、まずはと周囲を見回す。
少しずつ枝の上を移動して、《存在感知》に引っかかるものがないか、引っかかるものがあればそれが何か、一つ一つ確認していく方法で、魔物探しを進めよう。
手はじめに、何かしらの存在を感知するまで、この周囲を移動してみる。
なるべく音が立たないよう、優雅に上品に枝を蹴り、森の奥へと進んで行く。
最初に感知したのは、樹の洞で眠るアースベアー。
その周囲にノンバタフライがいる可能性に、ぐるりと視線を飛ばす。
ついでに両脚にまとう風の付与魔法を消し、かわりに種族特性で最初から習得していた、遠くを見ることができる身体魔法〈遠見〉を数回発動して、さらにじっくり確認。
しかし、残念ながらやはりと言うべきか……かすかな燐光の[り]の字も見つからない。
そっと零れるため息に、いやいやまだこれからだと、気を引きしめる。
探索はまだ、はじまったばかりなのだから!
宵の口から、夜の時間、そして深夜へと移り行く空と周囲の暗さを感じながら、訓練を兼ねた魔物探しをつづけていく。
さいわいにも、〈ノクス〉の隠密性能のおかげか、それともアースベアーたちが眠っているからかは分からないが、戦闘自体は無事回避し、探索に集中できていた。
――枝の上で身をひそめ、《存在感知》で探りつつ、〈遠見〉で彼方を眺める。
幾度か繰り返すうちに、たしかにこれは弓使いなどの訓練だろうなぁと、納得と共に小さく口元に苦笑がうかんだ。
とは言え、間違いなく貴重な訓練でもあると思い直し、不敵な笑みに切り替える。
短時間しか発動しない〈遠見〉を再度発動させ、前方を見やった――瞬間、しゃらんと美しい効果音が鳴った。
驚きに危うく開きかけた口を結び、眼前を見やると、[〈持続遠見〉]と書かれた文字が光りうかんでいる。
身体へととけ消えて行く文字を見送り、灰色の石盤を開く。
[持続型の補助系下級身体魔法。持続的に遠き地を見る力を瞳に宿す。魔法名の宣言および無詠唱で発動可能]
そう書かれていた説明文に、思わず口元がゆるんだ。
遠見が持続発動可能になった、という解釈で間違いがないのであれば――ずいぶんと便利な魔法に昇華したものだと、嬉しくなる。
さっそく《存在感知》が示した前方へと枝を渡ったのち、〈持続発動〉を発動させて、遠くへと視線を飛ばす。
ぐるりと彼方を見やり、ちょうど森のさらに奥へと視線を移した時、ふいに〈恩恵:シルフィ・リュース〉が発動し、風の精霊さんたちが……小さな風がゆれる音を、届けてくれた。
視線の先で、銀色の燐光がキラリと、かすかに複数煌く。
ついに――見つけた!!