百四十話 華やかなる後発組
レベル差という素晴らしい学びに心躍らせながら昼食を終え、再び【シードリアテイル】へとログインする。
『しーどりあ~~!!!』
「はい、みなさん。ただいま戻りましたよ」
『おかえり~~!!!』
昼の眩い木漏れ日が降り注ぐ中、胸元にぴたっとくっつく小さな三色の精霊さんたちに、微笑みながらあいさつを返す。
座っていた巨樹の根本から優雅に立ち上がり、少しだけ増えたログイン後の準備を開始。
〈フィ〉と〈ラ・フィ・フリュー〉、それに〈アルフィ・アルス〉で、小さな多色と水の精霊さんたちをお呼びし、それぞれの精霊魔法の持続発動をお願いする。
両脚には〈オリジナル:敏速を与えし風の付与〉を、この身には〈オリジナル:見えざる癒しと転ずる守護の水風〉をまとい、二つの精霊魔法と風の付与を《隠蔽 三》で隠せば、準備は完了だ。
「――さて。明るい時間に、クインさんの書庫でいろいろと情報収集をいたしましょう」
『はぁ~~い!!!』
元気よく返事をして肩と頭の上に乗る三色のみなさんに笑みを返して、さっそくと神殿裏から表の土道へと戻る。
クインさんの書庫、あるいはクインさんご自身におたずねできるのなら、少なからず気になっている地底湖ダンジョンや中級魔法の謎の答えも、何かしらは分かるだろう。
湧き上がる高揚のまま、軽やかな足取りで土道を進んで行く。
陽光を浴びながら足を進めていると、ふと前方に見える里の入り口から少し離れた、目醒めの地とも呼べる拓けた場所に、淡い金光が輝くのが見えた。
何事だろうかと視線を注いでいると、やがてぱっと弾けた金光の中から、シードリアと思しき可憐な少女が現れ、思わず緑の瞳を見張る。
――シードリアの、目醒めの瞬間だ!
誕生とも呼べる瞬間をはじめて目にした衝撃に、反射的に動かしていた足を止める。
遠くでふわっとピンク色に近い金色の長髪を手で払った、目醒めたばかりのシードリアのかたは、すぐにその身体の向きを真横へと変え、片手を腰に当て――。
「わたくし!! 降臨!!!」
そう、甘やかで明るい声音を、それなりの距離があってもはっきりと届くほどのにぎやかさで響かせた。
思わず、にっこりと笑顔になってしまったのは、どうか許していただきたい。
なんて素敵で――魅力的な目醒めだろう!
きっと今、私の緑の瞳は煌いているに違いない。
【シードリアテイル】サービス開始初日でさえ、ここまで鮮やかな目醒め方をしていたシードリアはいなかった。
「――素敵な誕生ですね。ぜひとも、この大地を楽しんでいただきたいものです」
『たのしんでほしいね~!』
『あたらしい、しーどりあだ~!』
『あたらしいこ、たのしんで~!』
「えぇ」
するっと口から零れた高揚と願いを宿した言葉に、精霊のみなさんが同意の言葉を返してくれることが嬉しい。
にこにこと、ついつい笑顔のまま遠くの前方を見つめていると、目醒めたばかりのシードリアのかたが視線を向けた先の、樹の陰からももう一人、シードリアのかたが歩みよる様子が見えた。
「おや? あのかたは、先日の……」
背をピシリと伸ばし、長い白金の髪をゆらして、さっそうとかっこよく歩くその姿は……たしかに先日、夜明けの時間の森で軽くごあいさつを交わした、男装の麗人さんで間違いないだろう。
このような偶然もあるものかと、ぱちぱちと緑の瞳をまたたいていると、ピンクがかった金髪をゆらすシードリアのかたに、男装の麗人さんが軽く手をあげるのが見えた。
「やぁ。約束の時間より、少し遅かったじゃないか」
「こっほん! 誤差ですわよ! 誤差!!」
からかうような声音に、ややおおげさな咳払いの後、そう返事が響く。
お嬢様のようなシードリアのかたのごまかしに、男装の麗人さんはひょいと肩をすくめている。
「ハイハイ。おおかた、その姿を決めるのに思ったよりも時間がかかった、といったところかな?」
「と~ぜんですわ!! 見てくださいまし! この素晴らしいわたくしの姿を!!」
やれやれといった風の男装の麗人さんに対し、自信満々で声を跳ねさせるお嬢様のようなシードリアのかたの言葉が、なんとも微笑ましい。
「うん、まぁ……美しいのは認めよう」
「二言は!?」
「ないよ。まさか、この僕が美に対して、二言を語るとでも?」
「あり得ませんわね!! だって、あなたですもの!!」
「まぁね」
距離があってもなお、そよ風と共に聞こえてくる親しげな会話に、こちらまで楽しくなって、微笑みが深まった。
「ご友人ですかねぇ」
『おともだち~???』
「えぇ。おそらくは、ですけれども」
『おぉ~~!!!』
のほほんと精霊さんたちと言葉を交わしつつ、止めていた足を踏み出す。
――後発組の方々が、シードリアとしてすでにこの大地を謳歌しているようで、初日組としてはとても嬉しく思う。
【シードリアテイル】は、きっといつはじめても、私たちプレイヤーの心を楽しさで満たしてくれる素晴らしいゲームに違いない。
「お二方の旅路が、楽しさで満ちますように」
小さく小さく、祈りの言葉を紡ぐ。
お嬢様のような少女と男装の麗人さんが楽しげにつづける前方のやりとりを、こっそり微笑ましくちらりと見守りながら、クインさんのもとへと歩みを進めた。